第三章 七幕
「美しい……何という美しさだ……。」
商人達が道を開ける。
男は両手を空に広げ、陶酔した表情で前へ出る。
「危険です、お下がりを。」
商人の一人が膝を着き進言する。
男は全く意に介さず、ゆっくりと進んでいく。
「素晴らしい……そう危険……この恐怖すら美しい。」
やがて立ち止まった男の瞳は、ただ真っ直ぐに妖を見詰める。
「嗚呼、烏鳴より商人の知らせを受け今日まで。」
男は静かに瞳を伏せる。
「どれだけ待ち焦がれた事か……どれだけ恋焦がれた事か。」
妖の瞳が痩せこけた新兵衛へと向く。
そしてゆっくりと男を睨みつける。
「あん時、新兵衛ばはめたん……。」
妖は首を引き、小さく震える。
「お前かっ!」
その口を大きく開き、妖は吠えた。
商人達は身を震わせ、全身の毛が逆立つのを覚えた。
「緒方様、お下がりを!」
「気高い顔、まるで燃え盛る炎のような毛並み……。」
緒方興成は空に掲げた両の手をゆっくりと広げる。
「大輪の蓮の花が開いたかのような、その優美な九つの尾……何たる芸術。」
そして瞳を見開き、口元を高く上げる。
「我が物となれ、白面金毛……玉——。」
「せからしかっ!」
狐の妖は肢を小さく曲げると、軽やかに跳んだ。
「お前は新兵衛ば侮辱した……万死不足以辞其咎。」
空中で静止した狐の妖は自身の周囲の空間を歪める。
何処からともなく生えてくる、夥しい程の刀、槍。
それらが目にもとまらぬ速度で、地を埋め尽くす骸骨を貫いていく。
「……続くぞ、玄之丞。」
硝之介の呟きに小さく頷き、玄之丞もまた、二刀を振るう。
飛び交う刀は竜巻のように渦を巻き、巨大な妖へとぶつかる。
玄之丞は目を細め、商人たちの後ろを見詰めた。
狐の妖の眼もゆっくりと商人達を捉える。
武装した商人、呪符を持つ商人、緒方興成、そして、歩いてくる用心棒……。
「……いつおったとか!?」
瞳を閉じたまま用心棒は、細い体をゆらゆらと、静かに前に歩み出る。
腰に履いた太刀の鞘を上げ、ゆっくりと柄を握る。
ぞくり、と背筋を寒気が走り、硝之介は玄之丞へ視線を向ける。
「……玄之丞……か?」
胸元の勾玉へ眼を向けると、それは暗く光を放っていた。
みりみりと、柄を握る手に力が籠る。
そして、玄之丞は商人も、骸骨も、二刀で弾き飛ばしながら走り出す。
狐の妖は巨大な妖を刃の竜巻で刻みながらも、その用心棒を注視する。
用心棒はゆっくりと太刀を抜く。
鞘から覗くその刀身は、漆のような黒に染まり、寒気がする妖気を漏らす。
新兵衛は震えながら呟く。
「……どれだけの血を吸わせればあんな色に……。」
緒方は瞳を閉じ、空に向かって囁く。
「どうだね……美しいだろう?私は美しく危険な物が大好きなんだ……。」
そして瞳を開き、狐の妖を見据える。
「でもね……刀だけ、じゃないんだよね。この銀柳眞もまた……美しい。」
「……見るな!」
走りながら、玄之丞が叫ぶ。
妖刀を引き抜き、銀柳眞の瞳がゆっくりと……開く——。
お玉の悲鳴が鳴り響いた……。




