第三章 四幕
犬鳴を抜け、水守宿を越える。
高瀬へ入る、その手前で——玄之丞は立ち止まった。
煙管に火を入れ、深く煙を吐く。
煙を落とし、ゆっくりと歩を進める。
身なりの整った人々が行き交う大通り。
街並みに眼を向けず、玄之丞は足早に進む。
「おいお前、鉄喰いってしってるか?」
「随分と悪食な通り名だな、ええ?そいつがどうした……。」
脇目もふらず、玄之丞は進む。
「旦那、水守から原酒入ってるよ、一杯どう?」
胸元から煙管を取り出す。
「ちょっとお兄さん、寄っていかない?別嬪揃いだよ。」
歯を噛み締め、煙を吐き出す。
そこを曲がると、花屋がある。
玄之丞は足を止め、瞳を閉じる。
——小夜……と呼んでください。
そして、足早に通り過ぎた。
男が振り返り、大きく手を振る。
「おお、梅屋殿!お早いお付きで……ささ、こちらに。」
玄之丞は空を見詰めた。
男に促され、路地に身を隠す。
「あの細身の……あいつが新兵衛です。」
おとこは指を差す。
視線を向ける先には、ひ弱で冴えない男。
そしてその新兵衛の腕を引く女。
玄之丞は目を細め、鍔に指を掛ける。
陽の光を返し、胸元の勾玉が淡く光る。
依頼人は玄之丞を見て、喉を鳴らす。
「……やはり、新兵衛といる女は……。」
「……ああ。」
新兵衛の穏やかな顔は、急激に痩せて頬がこけていた。
「あ、梅屋の旦那!」
依頼人は飛び出す玄之丞を追う。
しかし、玄之丞はすぐさま立ち止まった。
新兵衛と女の前に立ち塞がったのは、何処から見ても商人には見えない男達。
「お兄さん……ちょっと退いてもらえやしないでしょうか。」
「ちょっとその別嬪さんに用があってね……。」
新兵衛は柄に手を掛ける。
「何だお前ら。お玉さんに狼藉はさせん。」
お玉はその背を見詰め、両袖で口元を隠している。
黄金色の髪が風に揺れる。
「ああ……新兵衛……無理すんな……。」
呟きながら依頼人がふと目をやると、玄之丞の指は鍔に掛かったままだった。
新兵衛は周囲を見渡し、抜いた。
男達は広がり、新兵衛を取り囲む。
「なあ、お兄さん……。覚悟決めてんだろうな。」
「煩い!この人には指一本触れさせない!お玉さん……。」
新兵衛は男達から目を離さずに叫ぶ。
「……先に行け!」
——先に行け!
刹那、新兵衛の視界が遮られる。
同時に影は先頭の男を膝から崩し、新兵衛の刀をそっと取り上げる。
依頼人は目を丸くしながら、新兵衛の前に立つ男と玄之丞の居た場所を交互に見る。
「こらー!何をやっておる!」
「あいつ!刀抜いてやがる!」
岡っ引きが駆けてくる。
「おい、何者だこいつ……。」
「……引くぞ、あの方に報告を。」
男達が引くのを待ち、玄之丞は新兵衛の刀を捨てて走り出した。
道の脇で、傘を被った女が箱に板を乗せ、薬を売っている。
「あの野郎どこ行った!」
その眼の前を岡っ引きが走り去る。
女は煙管をふかし、灰を落とす。
ゆっくりと箱を開けて声を掛ける。
「……旦那。」
「……。」
玄之丞はゆっくりと這い出すと、周りを見渡す。
そして女を見詰める。
「もう、行ったみたい。」
女は目を伏せる。
玄之丞は女を見詰める。
「……。」
女の瞳が開き、玄之丞を見詰める。
「……。」
「……。」
女の肩が震える。朱手拭を取り出し、紅を落とす。
玄之丞はため息をつき、煙管に火を入れる。
煙管を口元に運びながら、通りに眼を向ける。
背後から聞きなれた声がする。
「完璧だった筈だが……。」
玄之丞は振り返らずに煙をふかす。
「行くぞ。」
玄之丞は歩き出す。
硝之介も並んで歩き出す。




