第三章 一幕
まつりに手を引かれ暖簾を潜ると、懐かしい客が銀二と一献交わしていた。
「お、戻ったね。お待ちだよ。」
銀二が盃を持ち上げ、玄之丞を呼び込む。
「久しいな坊、息災か。」
客が立ち上がる。
玄之丞は見上げ、顔を顰める。
「立つな。」
まつりも苦笑いをする。
玄之丞は瞳を閉じて呟く。
「……屋根が抜ける。」
角が当たり、みしみしと天井が悲鳴を上げている。
客——温羅は大口を開いて笑いながら腰掛ける。
「先に銀の字と一杯やっておった。坊も座れ、共に楽しもうぞ。」
玄之丞は小さくため息をつき、煙管に火を掛けた。
「だっはっは、商いも順調みたいよのう。」
銀二は肩を竦める。
「はは、お陰様で。まつりもすっかり稼ぎ頭ですよ。」
銀二の視線は座敷で寝転ぶまつりへ向く。
「はち……しお……おりの……さ……け……?」
まつりは酒樽を見詰め、首を傾げる。
「……ああ。」
玄之丞が盃を煽る。
温羅は焼き魚をつまみ上げると串ごと口に放り込み、嚙み砕く。それを酒と共に、心地よい音で飲み込んだ。
そして、手の中の盃を見詰める。
「……初めて坊が現れた時は……この世の終わり、みたいな有様だったのう。」
玄之丞は瞳を閉じ、漬物を口に運ぶ。
その姿をちらり、と見て温羅は笑う。
「ぼろ雑巾が折れた刀差して揺れとったわ!幽鬼かってびびったわい!だっはっは。」
言いながら温羅は、柄杓を持って酒樽を開けるまつりをつまみ上げ、膝の上に乗せる。
頬を膨らませるまつりに、温羅は自分の角を指差す。
「こんぐらい立派になったらまた持って来るでのう。だっはっは。」
銀二が二人の盃を酒で満たす。
不意に温羅が周囲を見渡す。
「おお、そういえば爆ぜ丸は来ぬのか?」
「硝之介のオジキはたまにしか来ないよ。」
膝の上でまつりは焼き魚を齧る。
「彼は基本的に離れにいるからね。」
銀二も盃を口に運ぶ。
「左様か左様か。爆ぜ丸にも後で持って行こうかの。首の数だけ積んできたからのう!」
玄之丞と銀二の眼が開く。
「……。」
そして温羅の方へ顔を向けた。
「冗談じゃのう、だっはっは。」
まつりは首を傾げる。
銀二は壁にもたれ、寝息を立てる。
まつりがそっと、かいまきを掛ける。
その姿を眺めながら、温羅は呟く。
「お前と行かせて、正解じゃった。のう。」
玄之丞は煙管をふかす。その眼は遠くを見ていた。
温羅も盃を口に運び、遠くを見詰める。
「鵺もあれで、楽しんでおった。」
灰を落とし、玄之丞も盃を口に運ぶ。
温羅は玄之丞の刀へ眼をやる。
そして微笑むと、ゆっくりと腰を上げた。
体を倒したまま歩き出す。
「じーさん、帰るのか?」
まつりが近寄ると温羅は指先で頭を撫で、玄之丞へと振り返る。
「悔いなく生きよ、のう。人の子。」
玄之丞は振り返らずに見送った。
「……ああ。」




