第三章 冒頭
天領、水守宿。
多くの商人で賑わうその町の雑踏を、役人が歩いている。
人々から頭一つ大柄な体躯に護衛は無く、黙々と一人、歩を進める。
——否、二人。
その男は、役人に半歩合わせるよう……視線すら動かさず周囲を観察する。
露店の串焼きの匂い、城に賊が討ち入った噂、赤羽織の男の噂。
華やいだ街並み。
そして男の視線は人混みの先を歩く、銀白髪の浪人を捉える。
誰に気づかれる事なく、鍔に指を掛ける。
——玄之丞は思わず足を止める。
左手で握られた刀の鞘に力が籠る。
動悸がする。冷汗が止まらない。
……思わず胸元の勾玉に手をやる。
役人はそっと腕で隠すように制す。
「不要に御座います、大頭。あのような小物の血で賜った名刀を汚すのは御公儀の妨げになりましょう。」
「……。」
男はしばし役人を見つめる。
「……此度はそなたに免じよう。」
役人は悟られぬよう静かに深く息を吐いた。
男は小さく呟く。
「あの無頼、大した拾い物をしたようだ。」
役人は聞こえていないかのように視線を空へと向けた。
烏鳴、梅屋へ辿り着く玄之丞。
まつりが出迎える。
「おっさんおっさん、今呼びに行こうと……どうした?」
まつりが顔を覗き込む。
その時初めて、玄之丞は自分の憔悴に気づいた。
「……ああ。」
胸を抑える手をゆっくりと降ろすと、小さな手が重なり、優しく引く。
玄之丞は小さく、頬を緩めた。
「……。」
ふと、玄之丞の視線に気付いたまつりは手を放し、胸の前でべっこう飴を二つに分ける。
「はい。」
玄之丞は小さく瞳を閉じ、首を振るがまつりは聞かない。
「美味しいよ、ほら。」
「……。」
手渡されたべっこう飴を見詰める。
「こないだでっけーおじさんがくれたんだ。」
まつりは嬉しそうに笑う。
玄之丞は少し顔を上げ、呟く。
「……熊……。」




