第二章 六幕
芝が躓き、体勢を崩した瞬間。その姿がぶれた。
刹那、眼の前に杖を振りかざした老人が現れ、咄嗟に玄之丞は、打刀で受ける。
けたたましく金属音が鳴り響く。
玄之丞の脇差が空を突き、振り下ろされた打刀もまた、芝の残像を裂く。
「……!」
玄之丞の視線の先には、まっすぐその刀身の上に立つ……芝の姿。
「ほっほ、掠りでもしたら……大事でしたな。」
微笑んだ表情を崩さず、芝は刀身を踏むように蹴り、宙返りで距離を取る。
玄之丞は態勢を戻しつつ距離を詰め、地に着く寸前の芝へ向け、逆袈裟に切り上げる。
芝はこれを空中で身をよじり躱すと、着地とともに左手で杖を胸元に翳す。
そして、ゆっくりと、柄のように右手を添えた。
「……草か。」
玄之丞は構え直し、間合いを測る。
「……はて。何のことかのう?」
芝は駆け出し、杖を右手に持ち替えて振りかぶった。
——その頃、社では頭領が殲樹莫を手に取っていた。
刀を持つ手が震える。全身を冷汗が伝う。
そこに、乱雑に戸を蹴破り、榊が入ってきた。
「余計な事しなや、ただでさえ出来過ぎた模倣が暴れくさっとるっちゅうに……。」
頭領はゆっくりと振り向く。
「……ああ、この阿呆もうあかんわ。」
波打つ顔中の血管、裂けんばかりの笑み、見開き血走った眼、——引き抜かれた殲樹莫。
鞘が朽ちる。
榊は殲樹莫を振り被る頭領に向け、袖を翻す。
刀を掲げたまま、頭領の動きが止まる。
「ワシ、言うたやんけ……なあ?」
榊の、氷のような眼が頭領を上から下まで冷たく見詰める。
そして右手を横薙ぎに振ると、頭領の刀を握る両手が地面に転がり落ち、遅れて頭領も地面をのたうち回る。
「ぐああ!手が!俺の手があ……!」
血飛沫を避けるように、榊は殲樹莫を拾い上げる。と、そのまま頭領に突き刺し、引き抜いた。
頭領は驚きと恐怖と痛みに眼を見開き、自らの刺し傷を茫然と眺める。
異臭が立ち込め、どろどろと、頭領は刺し傷から腐り始めた。
「ひいい、お頭!来るな……来ねえでくれお頭!」
頭領が部下に触れると、部下もまた腐り落ちていく。
そして、彼らが倒れ伏した地面の草木もまた、枯れていく。
「ほれ見い。」
榊は刀を振って血を落とす。
「こんな物騒なもん、葦原にあったらあかんのや。」
その場を後にしようとした時——。
「……気が合いますのう。」
背後から、聞き慣れた声がした。
榊の足が止まる。
振り返れば、そこには杖を突いた老人が微笑んで立っていた。
息こそ乱れていないが、額には薄く汗を浮かべている。
「ほっほ……随分と派手にやりましたな。」
榊の頬に強張った笑みが張り付く。
芝の杖を見詰め……。
「模倣が。」
榊は静かに言い放つ。
細めた芝の瞳の奥が、ほんの僅かに止まるのを榊は見逃さなかった。
「はて……何のことかのう。」
老人は笑い、振り返った。
銀白髪の剣士が、息を荒く二刀を構えていた。
「……石見やんな。」
榊の声が冷たく響く。
一瞬。
風が止まった。
玄之丞は目を細める。
芝はゆっくりと振り返る。
榊は、再び口元だけで笑った。
「……言うてな。」
榊は殲樹莫を地面に突き立てる。
草木がゆっくりと枯れ広がり、腐敗し始める。
芝は片手で杖を突いたまま、もう片手を懐に差し入れる。
玄之丞が間合いを詰める。
榊は袖の中に手を隠し、翻す。
芝は無数の打根を杖で逸らす。
反対の手では鎧通しで玄之丞の二刀を捌く。
榊の白羽織が袖を翻す度に滝のように打根が射出される。そして今度は剝き出した掌を上下左右に開く。
芝の笑みが少し、強張る。
「これはこれは……随分と器用な真似をなさるのう。」
弾かれたり外れた打根は再び芝へ向かい飛び交う。
その合間を縫って、玄之丞が二刀を浴びせるように振り下ろす。
芝の視線が玄之丞へ向いた瞬間。
地に突き立った殲樹莫が浮き、吸い込まれるように榊の手へ戻る。
「……!」
榊が柄を握る。だが——。
「ほっほっほ……いや、見事見事。」
その声は、すぐ目の前から聞こえた。
「……な。」
榊の手にあるはずの殲樹莫が、無い。
その柄は芝が、手にしていた。
「頼んますわ旦那あ!」
「……!」
榊の叫びに玄之丞は視線を向け、眼を見開く。
——二刀と鍔ぜり合う老人の姿が……朧の様に消える。芝の甚平だけが、ひらひらと鎧通しの上に落ちる。
玄之丞は駆け出す。
平子は脱兎の如く跳ねる。
榊は平子へ向け、腕を大きく交差させる。
空中で躱すように身を捻り、大地と木々を蹴り、姿を消した。




