第二章 五幕
山中の、滝を眺める社。
本殿へと続く山道に足を踏み入れ、榊は足を止める。
「木を隠すなら森の中……言うてな。」
榊の口元に笑みが浮かぶ。
暁衆は頷くと、山中に散った。
「こんなところに……。」
頭領は周囲を見渡す。
「城にある思うてたやろ。」
榊は祠に腰を降ろす。胸元から金の煙管を取り出し煙をふかす。
「さて……おどれがこそこそ欲しがっとるのは……。」
榊の眼がひと際冷たさを増す。
「……これかいな。」
榊と頭領の間に、暁衆が刀を置く。
「……お、おお……。」
頭領がそのぼろぼろの呪符が巻き付けてある鞘に手を伸ばす。
「……あかんで。」
榊は氷のように冷たい眼で頭領を睨みつけた。
しかし頭領は一瞬止まるも、柄に手を掛ける。
呪符が破れ、その刀——殲樹莫は刀身を覗かせる。
山の木が腐り、湖では魚が浮き、何人かの兵が苦しそうに胸を抑える……。
「早よ戻さんかい阿呆。」
榊はそっと呟く。
周囲を見渡した頭領は漸く刀を鞘に納める。
「……なんでおんねん。」
榊はゆっくりと視線を向ける。
そこにいたのは玄之丞。
そして目を丸くした姫だった。
「あれは……何、この嫌な感じ。」
姫は思わず胸元を抑えた。
玄之丞は目を細める。
榊はゆっくりと立ち上がり、口元だけ緩め呟く。
「あかん、旦那の相手はワシでもしんどいわ。」
眼だけは玄之丞から逸らさない。
重心を落とし、刀の柄へと手をやる榊。玄之丞の眉が微かに動いた。
「……別に舐めてる訳やないで。」
じりじりと、お互いに間合いを測り合う。
「わかっとるやろ?ワシの持ち味は初見殺しや……旦那に仕掛けるほど阿呆やない。」
榊は刀を抜いた。
玄之丞の目が、僅かに細くなる。
「……お前……。」
榊は手元の刀へと一瞬、視線を向け、再び玄之丞を見据える。
ゆっくりと……少しだけ刀身を掲げる。
そして口元にだけ、苦い笑みを溢す。
「まあ……色々あったんや。」
「……。」
刀身が陽の光を返し、星のような輝きを放つ——。
次の瞬間、玄之丞が踏み込む。
袈裟懸けに振り下ろされる切先を、榊は峰に手を添え、受ける。
「おっと、ずるいで旦那!」
榊は受けた刃を、上半身で半円を描くように逸らすと、その勢いのまま蹴りを放つ。
玄之丞は潜るように蹴りを躱し、交差させた大小を開くように胴を狙う。
その切先が開かれる寸前、榊の刀が切上げられた。
「……退け。」
「……今回は……堪忍やで。」
「……!」
不意に、玄之丞の目線が榊から外れた。
榊は目を細め、玄之丞の視線を追うように、一歩退いた——。
「……んな阿呆な……!」
湖の上を無音で走って来たそれは、最後に小さく水飛沫を上げ、陸へと飛び乗る。
ほんの小さく肩を上下させながら、杖を付いた老人が、音も立てずに地に立つ。
玄之丞の口から言葉が漏れた。
「ち、やはりか……。」
榊は一瞬、玄之丞に目を向けると、氷のように冷たい瞳で老人——平子芝へと向き直る。
「ほっほ、何とか……間に合いましたな。」
芝は何食わぬ顔で——歩き出す。
よろよろと、歩を進める。
切裂屋……白羽織……その後ろ……。
その微笑んだ瞳の奥で周囲を見渡しながら……ゆっくりと。
「人が悪いで旦那……あないなん聞いてへん……。」
榊は、頬を伝う汗が落ちるその刹那、大きく後方へ飛び退いた。
「……!」
けたたましく金属音が鳴り響く。




