第二章 一幕
眩い日差しへ向けて、泡を落とし、絞ったばかりの手拭をぱんと広げる。
洗い上がりの香りが、鼻先を心地よく掠めていく。
てきぱきと手際よく、順に干していく。
炊事場へ眼を向けると、丁度よく鍋が沸く。
いそいそと中へ。
切っておいた野菜を鍋に移し、塩を振る。
鍋をかき混ぜ、小皿に取る。そっと口先へ運び、一口。
そして微笑む。
米も炊けた。魚の焼け具合も丁度いい。
火から鍋をずらし、寝間へと進む。
酒と鉄臭い血の匂いを籠らせたまま、だらしの無い格好で寝る銀白髪の男。
耳元でそっと……囁く。
「起きようか、玄之丞。」
「……!」
玄之丞はばっと飛び起きると視線だけ周囲を見渡す。
目の前には銀二が笑顔で立っていた。
卓を挟んで二人。
銀二と玄之丞は箸を動かす。
銀二がそっと玄之丞の盃に酒を注ぐ。
続けて自分の盃も酒で満たす。
玄之丞が一瞬、銀二を見る。
「……はは、ちょっと忙しかったからね。」
銀二は静かに客間を眺める。
「……。」
玄之丞は盃を煽ると、懐から小袋を取り出し銀二に向けて置いた。
「おや、硝之介さんからかな?心配性だね、君も。」
銀二は小袋から丸薬を取り出すと、口に放り込み、酒で飲みこんだ。
その盃に、酒を注ぐ玄之丞へ笑顔で向き合う。
「いつもありがとうね。」
——同じ頃。天領水守宿。
人々が足早に行き交う中を、役人が歩く。派手な威圧も、十手もない。しかしその羽織に刻まれた紋を見た者は皆、首を垂れる。
その向かいから、優美な着物姿の男が歩いてくる。白羽織に金刺繍を施した召物を見た悪党は皆、物陰に身を隠す。
両者が、ただ、すれ違っただけ。
視線も合わせず、言葉も交わさず。
ただ、それだけで、周囲の人々は喉を鳴らした。
そして、その二人を静かに見下ろす者が居た。白い法衣を崩して纏うその者は、静かに笑みを浮かべる。
鈴の音がしゃりんと鳴ると、その者の姿は無かった。
——時は下り、水守宿。
薄暗い路地に構える、梅屋の看板。
暖簾を潜った先に、女は背筋良く座っていた。質素だが動きやすい格好。
その向かいには、朱手拭を額に巻いた、薬屋。
「その話、持ち込む宛はいくらでもあったろう。何故ここに?」
薬屋はすり鉢で何かを擦りながら、目線だけを女に向ける。
女は少し黙り、そっと喉に手を当てた。
「……あの男に、頼みたいのです。」
薬屋は手を止めずに呟く。
「斬裂屋……か。」
女は頷く。そして。
「そなた……貴方の噂も風に聞いておりまする。どうか聞き入れては頂けませぬか。」
女は喉から手を放し、声色を戻す。
「花火屋……硝之介殿。」
硝之介は女を見詰める。
くたびれた草履。泥だらけの裾。
瘦せこけた頬。
硝之介は目を閉じ。
「……相分かった。少しだけ待て。」
そして暖簾へと視線を向けた。
——程なくして、玄之丞と銀二が訪れる。




