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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第一章 雨月迅雷丸宗親

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8/50

8 命日と妖

 今日も帰りは庁舎の前で雨月うげつと合流した。本日の雨月はちゃんと普通の人間らしい速度で走ってきた。そして僕の顔を見るなり「話は聞いていた。榊原さかきばらは鋭いな」と無表情に言う。


「防犯カメラの映像を何度も再生して、雨月の走る速さをわざわざ計算するなんてねぇ。道路や歩道の幅も、録画を見てから調べたんだろうね。土木課に行けば簡単に資料を見られるとはいえ、普通はそこまでやらないよ」

「俺は榊原に会ってもいいぞ。庁舎内の事態を俺が察した理由を説明してやろう」

「どう説明するの?」


 雨月はニヤリと笑って答えない。


「明日の帰りになら、会って話をしてもいいと榊原に伝えておけ」

「明日だね。わかった」

「話は変わるが、今日はお前に頼みごとがある。こんな頼みごとをするのは少々気が引けるが……」

「僕にできることならやるよ。遠慮なく言ってよ」

甘藷かんしょを混ぜた飯を炊いてくれないか。幸之助の好物だ。今日は幸之助の命日だからな」


 僕の心に何かが、トンッと音を立てて刺さった。

 雨月は何十年も前に亡くなった主の命日を覚えていて、好物を食卓に並べてしのぼうとしている。それに比べて僕は、実のじいちゃんのことさえ何も知らない。

 さくじいちゃんの誕生日も、好物も、ばあちゃんとどうやって出会って母さんが生まれたのかも、何もかも。知ろうとしたことさえない。僕が知っているのは、じいちゃんの命日が二月二十日ってことだけだ。それも他人から知らされた。


 本当の意味で人間らしい情があるのは、僕より雨月だ。雨月うげつ迅雷丸じんらいまる宗親むねちかという刀だ。じいちゃん、いろいろと……本当にごめんなさい。

 

「サツマイモを買って帰ろう。他に幸之助さんの好物があるならそれも作りたい」

「幸之助の好物はいろいろあるが、この時期だとたけのこの木の芽和えだ。油揚げに卵を入れて煮たものも好きだった」

「どっちも作るよ」


 帰り道にあるスーパーで、サツマイモと水煮のたけのこと山椒の芽を買った。油揚げと卵はうちにある。

 僕が料理をしている間、雨月は僕の洗濯物を畳んでくれている。働き者の付喪神だ。

 まずは炊飯器にサツマイモと米、出汁をセットして、切った筍を出汁と味醂みりんと薄口醤油で煮込む。その間に信田煮しのだにを作ろう。湯飲み茶碗に油揚げを広げ入れて、卵を落とした。


「幸之助さんは油揚げの中に卵以外の具を入れてた?」

「いや、幸之助が好んでいたのは卵だけのものだ。卵が簡単に手に入るようになっても、幸之助はいつまでも卵をご馳走扱いしていた」

「幸之助さんて、いつの生まれなの?」

「大正七年の生まれだ。その年に第一次大戦が終わったな。幸之助の母親は、これで夫が戦争から帰ってくると言って、生まれたばかりの幸之助を抱いて嬉し泣きしていた」


 受験用の知識でしか知らない世界だ。僕のひいじいちゃんが生まれた頃の話を、僕は初めて聞く。

 代々の統神家を見ていた雨月がいなければ、僕の先祖の歴史は誰にも知られないまま忘れられていただろう。幸之助さんが生まれた当時、雨月は幸之助さんの祖父のしもべだったそうだ。


 話を聞きながら木の芽をできるだけ細かいみじん切りにした。今度小さいすり鉢を買おう。木の芽は西京味噌、味醂、薄口醤油と混ぜて筍に絡める和え衣にする。爽やかな山椒の香りが部屋中に漂った。

 

 信田煮は僕も好きだ。母さんはかんぴょうで油揚げの口を縛っていたけど、僕は太めのパスタを折って爪楊枝つまようじ代わりに袋を閉じる。そのまま食べられるのが嬉しい。

 主菜はジャガイモと厚切りベーコンの炒め物にした。お味噌汁はキャベツと玉ねぎ。

 野菜はどんどん消費しないと傷んで捨てることになる。それでは「食費を節約しつつ美味しいものを食べたい」という自炊の目的が台無しで、僕はそれを一人暮らしを始めたばかりの頃に学んだ。


 出来上がった料理をテーブルに並べた。雨月が「陰膳を作る」と言って、お皿にサツマイモごはんとおかずを少しずつ盛り付けた。雨月はテーブルの上に並んだ料理をしみじみと眺めてから手を合わせた。手を合わせている時間がいつもよりずっと長い。

 

 雨月は淳之介さんや幸之助さんと、どんな歳月を過ごしたんだろう。

 主を守ってあやかしを斬ったりしていたんだろうね。雨月が統神家の人間と過ごした歳月は何年になるのか。雨月は僕が死んだら、命日を覚えていてくれるだろうか。


「そんなことを考えるのはやめろ」


 低く威圧感のある声。


「ごめん。不謹慎だったね」

「そうではない。悪いことを想像するな。口にもするな。言霊ことだまというのはある意味本当だ」

「そうなの? その辺はあまり詳しくないんだ。でも、もうこんなことは考えないようにするよ」


 万事に合理的な考え方をする父さんに育てられ、僕は霊とか魂とか妖などは信じてこなかったし苦手だ。その僕が、今では日本刀の付喪神と暮らしている。

 会話が弾まないまま夕食を食べ終えると、雨月が「すまなかった」と謝った。


「俺の願いを聞いて幸之助の好物を作ってくれたのに、お前を叱りつけるような口調だった」

「心配してくれたんだから、謝らなくていいよ」

「今夜は俺がお前の背中を流してやろう。幸之助の背中もよく流してやったものだ」

「そうなの? 誰かに背中を流してもらうなんて、いつ以来かな。母さんと一緒にお風呂に入っていた頃だから、七歳くらいが最後かも」

「ならばみっちりと背中の垢を落としてやろう」

「いや、今の時代、皮膚を過度にこするのは推奨されてないから」

「幸之助は力を入れて擦るのを好んでいたのだがな」


 雨月は上半身だけ裸になって、僕の背中を洗ってくれている。鏡に映る雨月の体は、惚れ惚れするほど引き締まっていてかっこいい。

 僕が痛がるせいで、雨月はそこそこ優しく背中を洗ってくれた。洗い終わって泡を流した後で、雨月がまた思い出話をしてくれた。


さく統神とうがみの力を受け継がなかったから、幸之助が旅立ってからは俺と会話ができなかった。俺は刀のまま床の間に置かれて、朔が朝な夕なに話しかけてくれた。集落の近くでいのししが出たとか、今年はナスの出来がいいとか」

「ふうん」

「淳之介、幸之助とはきっちりした主従関係だったが、朔とは家族のようだった。話しかけられても返事ができないのは、もどかしかった」

「じいちゃんの話の聞き役をしてくれていたんだね。ありがとう」


 返事がない。鏡越しに見ると、雨月が耳を澄ませている。そして無言で浴室を飛び出していった。またしても妖か?

 僕もバスタオルを腰に撒いて雨月の後を追ったら、雨月は右手に刀を持って室内に立っていた。今回は僕の目にも「何か」が見えた。部屋の中に妖だ! 猫ぐらいの大きさで、ぼんやりと黒いものが部屋の中央に浮かんでいる。

 僕に背中を向けていた雨月が、少しだけ顔をこちらに向けた。


「離れていろ」

「はいっ」


 部屋の隅でうずくまっていると、雨月が刀を真横に一閃した。黒いモヤモヤしたものが、キィッ! と短く鳴いて消えた。

 なにあれ。妖って声を出すんだ? 斬られたら痛みを感じるのかな。

 急に妖が生々しく感じられて、恐怖に包まれた。心臓がドクンドクンと勝手に暴れる。思わず胸に手を当てて顔をしかめた。


春人はると!」

「大丈夫。驚いて心臓がバクバクしただけ。それより今の妖は、悲鳴をあげたね」

「聞こえたのか……。早すぎる。お前と再会して、まだ五日なのに」

「妖の姿が、僕にもぼんやりと見えた」

「姿も見えたか。小者こものの妖だ。春人、風邪を引く。もう一度風呂に入って温まってこい」

「入るけど、あの妖はどこから入ってきたの? 窓は閉まってるのに」


 雨月が換気扇を指さした。


「この部屋の壁や窓には俺の気を込めてあるのだが。そこは外と通じているからな。そこには神札しんさつを貼った方がよさそうだ。明日、帰りに授かってこよう」

「神札って、神社のおふだ?」

「そうだ」

「僕も一緒に行くよ」


 雨月は「お前は俺と一緒に行かねばならんのだ」と少し笑って、僕の肩をつかんで回れ右をさせ、「温まるまで湯に浸かれ」と僕を浴室に押し込んだ。

 その夜、雨月は横にならず、黒漆くろうるしさやに収めた刀を抱えて朝まで椅子に座っていた。

 

ーーーーーーーーー

以下は自分の覚え書きなので、読者さんは覚えなくても大丈夫。


淳之介(能力有り)➡孝太郎(第一次大戦に参加した人 無し)➡幸之助(曽祖父 有り)➡朔(祖父 無し)➡薫(母 無し)➡春人(有り)


4月1日(水)


今夜24時から『手札が多めのビクトリア』が放送開始です。

ぜひご視聴くださいませ。

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