60 スーパー銭湯へ
雨月の気持ちが、少しはわかった気がする。
血の契りで強制的に主従関係を結ばされたとしても、雨月はその時々の主を大切に思ってきたんだ。
だから「嘘をつかれているんじゃないか」と思っても、主の言葉を信じたいと思う。
僕に対して少し怒りをぶつけたのも、「もっと俺の主らしくあってほしい」ってことなんだろうな。
そんなことを考えながら書類をチェックして、来庁者さんに返す。
昼休憩になってスマホを確認したら、着信とショートメッセージが残っていた。どちらも青島さんからだ。
『青島です。昨日はありがとうございました。また雨月さんにお会いしたいです。ご連絡をお待ちしています』
そう言われても、もう雨月は青島さんに会いたくないだろう。だから断りの返事を送った。
『昨日は突然帰ってしまい、失礼しました。雨月は忙しいので無理だそうです。申し訳ありません』
これで納得してもらうしかないなあ。
仕事帰り、年金課の先輩の言葉につられて僕たちはスーパー銭湯に向かった。
「都の湯がリニューアルオープンしたよ。さっそく行ってきたけど、ジェットバスの勢いが強くて最高だった」
「そうなんですか。僕も行こうかなあ」
「行っておいでよ。日替わりのお湯もよかった。僕のときはワイン風呂だった」
仕事を終えてから雨月たちと合流すると、雨月は顔を合わせるなり「このまま風呂に行くのか?」と言う。先輩とのやり取りを聞いていたのだ。
「僕はお風呂の後には清潔な服を着たいんだよ。だから明日にしようか」
「下着の替えくらい買えばいいだろう。俺が買ってやろうか?」
「いや、それはいい。そうだね、下着とシャツを買うよ。ん? でも雨月たちはどうするの? 脱衣所で服を脱げるの? 服も自分の一部なんだよね?」
「春人は心配性だな。大丈夫だ。風呂に行こう」
着替えを買ってスーパー銭湯を目指しながら、着替える瞬間をどうするんだろうと心配になる。
雨月と千草が部屋で服を脱ぎ着するとき、一瞬で服が消えるし一瞬で服を着た状態になる。銭湯の脱衣場でそれをするわけにいかないだろうに。
けれど心配には及ばなかった。二人は脱衣所でごく自然に服を脱いでカゴに入れ、ロッカーに入れて扉を閉める瞬間にカゴから服が消えた。僕がじっと見ていても見間違いかと思うほど一瞬のことだった。周囲の人たちはロッカーの扉と雨月たちの体に遮られて、服が消えるところは見えなかったと思う。
レンタルのタオルを手に浴室へ入ると、爽やかな香りがした。今日は薬草風呂だ。薬草風呂が大好きな僕は、この香りだけで心が浮き立つ。
朧は当然のように僕たちと一緒に入ってきて、「ぷごっ! ぷごっ!」と鼻息荒くタイルの床を歩き回っている。
久々に入った大きな浴槽は気持ちがよかった。雨月と千歳は背の高さとくっきり浮き上がっている筋肉で、周囲の人に注目されている。石鹸で体を洗っている千歳に、隣のおじさんが話しかけている。
「兄ちゃん、いい体してるねえ。格闘家かなにかかい?」
「いえ、オラは……木こりです」
「ああ、林業の人かい。あれは体が資本だもんなあ」
「はい」
その後も千歳だけが話しかけられている。雨月だって絵に描いたみたいな素晴らしい肉体なのに、遠巻きにチラチラ見られているだけで誰も話しかけてこない。その人たちの気持ちはわかる。雨月には近づきがたい雰囲気があるんだよね。僕だって雨月のことを知らなければ、絶対に話しかけないだろう。無表情だし、お湯に浸かっているときは目を閉じている。俺に話しかけるなオーラがバリバリだ。
「春人さん、電気風呂が気持ちよかったです」
「電気風呂は苦手なんだよ」
「オラは気に入りました」
すると雨月が目を開けて、「よかったのか。俺は電気風呂を知らない。試してみよう」と言って電気風呂のコーナーへ移動した。
斧も刀も電気が通るもんなあと見ていたら、雨月がうっとりした顔をしている。電気風呂を気に入ったらしい。
お風呂を楽しんだ後はサウナへと移動した。低温サウナと高温サウナがある。どっちにする? と思いながら雨月を見たら「高温にしよう」と言って入っていく。
「ではオラも高温で」
千歳と朧が入っていくから、僕も続いた。堂々たる体格の二人が入ると、サウナにいた人たちが全員、雨月たちをチラリと見た。笑いそうになったのが朧だ。
朧は「ぷぎぃっ! ぷぎぃっ!」と興奮した感じに鳴きながら、ハイテンションでサウナの中を走り回っている。走りつつ他の人たちの気持ちを拾い食いして、満足げだ。その上、いろんな人の脚にぶつかったり、膝の上を走り回ったりしているんだけど、誰も気づかない。
他の人たちがどんどん入れ替わる中、雨月と千歳は動かない。この暑さが平気らしく、汗もかいていない。
「僕は先に出るよ。もう無理」
「そうか。では俺も出よう」
「オラも出ます」
汗を流したあとは併設の食事処へ。僕は冷やし中華、雨月は天ざる蕎麦、千歳はカツ丼。料理を食べながら千歳に話しかけた。
「三人で来るとスーパー銭湯がいつもより楽しいよ」
「一人で来ていたんですか?」
「一人だと年に数回来るくらいかな。僕は自分の部屋が一番好きなんだ。仕事が終わったら早く帰ってのんびりしたい派」
「オラはスーパー銭湯を知りませんでした。こんな楽しみもこの世にあったんですねえ」
「大きな風呂はせいせいするな。春人、ここへまた来よう」
「いいよ」
今までの僕は、週五で働いて土日は部屋でのんびりして、たまに友人と居酒屋で話をするという繰り返しだった。だけど雨月たちと暮らすようになってからは、友人と全然会っていない。雨月と千歳を同席させた場合、どういう関係か説明するのが面倒で誘われても断っていた。
久しぶりに、僕の方から彼らに連絡を取ってみようかな。雨月たちは百メートルくらいなら離れていられるわけだし。
「離れていたら何かあっても駆け付けるのに手間取る。俺を同席させても問題ないだろう」
「雨月のことをなんて説明すればいいのかわかんないよ」
「親戚と言えばいい。俺たちに気を使うな」
「オラのことも親戚でお願いします」
親戚か……。美形の大男が二人とも親戚と言って、大学時代の友人は怪しまずに受け入れてくれるかな。
「適当に話を合わせることくらい、できるぞ」
「オラは兄貴に話を合わせますんで」
「そう? でも、友人たちがいるときに妖が僕に近寄ってきたらどうするの?」
「刀が見えなければいいのだろう? 上手くごまかす。心配するな」
「そんなことができるんだね。わかった。じゃあ、君たちを連れて会ってみるよ」
僕はその場で、大学時代の友人たちにメッセージを送った。すぐに既読がついて、返事も書き込まれた。
『やっと会えるのか。誘っても断られてばかりだから心配していたんだぞ』
『会おうよ。今度の土曜日でどう?』
『俺も行ける。春人に会えるのは久しぶりだから楽しみ』
こうして僕は今度の土曜日に、雨月と千歳を連れて大学時代の友人たちと会うことになった。雨月と暮らすようになってからは初めてだ。
6月29日(月)のできごと。




