58 そっくりな人
雨月が「かぼちゃプリンを食べてみたい」というので、スーパーへ買い物に来た。
「春人が作らなくても、売っているかぼちゃプリンでいいんだぞ?」
「いや、せっかくだから作りたい。そんなに難しいレシピじゃないし」
「手間をかけさせるな」
「その手間が楽しいんだからいいんだよ」
そう言って隣の雨月を見たら、斜め前方を見て驚いた顔をしている。雨月の視線の先をたどると、僕と同年代の男性がいた。ごく普通の男性で、体に妖もついていない。
「どうしたの?」
「以前の主の若い頃に瓜二つだ。あまりに似ていて驚いた」
「なんていう名前の主だったの?」
「青島孝右衛門だが。なぜそれを聞く」
今もまだ雨月が呆然としているから、よほどそっくりなんだろう。
僕は唐突に、雨月にあの男性と話をさせてやりたいと思った。きっと雨月は昔の主を思い出して懐かしく思うだろう。雨月を喜ばせたい……と、僕は思った。
「ちょっとあの人に声をかけてくるよ」
「おい、そんなことをしなくていい」
僕は雨月の言葉を無視してその男性に駆け寄った。普段の僕なら知らない人に声をかけるなんて、絶対にしないことだ。だけど雨月を喜ばせられることも、滅多にないことだから。
「あの、すみません」
「はい?」
「突然すみません、もしかして青島さんですか?」
「はい。そうですが、ええと……どこかでお会いしたことがありましたか?」
ここで僕は突然我に返った。まさか本当に青島姓だとは思っていなかった。だからその場合の会話を想定していなかった。我ながらアホかと思う。
「いえ、僕ではないんです。僕の連れが、あなたが青島孝右衛門さんにそっくりだと言っただけなんです。すみません、突然変なことを言いました。失礼しました!」
「あっ、待って!」
「はい……」
「その人はどこに?」
「あそこにいる二人連れの、背の高い方です。本当に青島孝右衛門に似ているというだけの話です。いきなりすみませんでした!」
謝る僕の言葉を聞いているだろうに、男性がジッと雨月を見ている。そして僕を置いて、青島さんが雨月の方へと近寄っていく。思いつきで声をかけた僕は、彼の後ろをついて歩くことになった。大変に間抜けな状況だ。
青島さんはまっすぐ雨月に近寄ると、ためらうことなく声をかけた。
「こんにちは。青島秀輝と申します。私にそっくりな青島孝右衛門を知っているのはあなたですか?」
「ああ、そうだ。だが俺が知っている青島孝右衛門はずいぶん昔の人だ。うちの春人が勘違いをして声をかけたのだ。申し訳ない」
「いえ、勘違いではないんです。青島孝右衛門は私の先祖で、江戸時代の人です。何かの資料で、孝右衛門の肖像画か何かをご覧になったのでしょうか。私は孝右衛門にとてもよく似ていると言われているんです」
僕は驚いてしまって、黙り込んだ。この会話はどこへ着地するのか。
そんな僕の困惑を察したのか、青島さんが雨月に名刺を渡した。
「僕はこれから用事があるのでこれで失礼しますが、あなたとまた話がしたいです。ええと、お名前を伺っても?」
「俺は雨月。名刺は持っていない」
「雨月さん……。わかりました。せっかくのご縁なので、近いうちに場を改めて雨月さんとお話ができたら嬉しいです。ぜひご連絡をください。お待ちしています。では失礼します」
青島さんは去った。雨月が僕を見てため息をついた。
「春人……。お前らしくもない。なんでわざわざあの男に声をかけたんだ」
「たまには雨月を喜ばせたいと思ったんだけど、自分でもよくわからない。かえって雨月に面倒をかけることになっちゃったね。ごめん」
雨月は無言だ。この無言は、機嫌が悪いときの無言な気がする。千歳が気の毒そうな顔で僕を見ている。
そのあとは三人ともほとんどしゃべることなく買い物をして、帰宅してもしゃべることなくかぼちゃプリンを作った。
部屋の空気がどんよりとしているのは、僕の勘違いじゃないと思う。さっきから僕に張りついている朧が、雨月からこぼれた気持ちを食べては毛の色を少し濃くしている。
「かぼちゃプリンが蒸し上がったけど、どうする? 冷やしてから食べる?」
「俺は冷やしてから食べたい」
「オラもそうします」
「わかった」
雨月が僕のすぐ近くに来た。
「春人、お前はどうしたいんだ。青島秀輝に会いたいのか?」
「きっかけをつくったのは僕だけど、青島さんは雨月と話をしたがっているんだから、雨月に決めてほしい」
雨月は腕組みをしてしばらく無表情に僕を見ている。僕は何も言わずに返事を待った。
やがてやっと雨月が口を開いた。
「青島に会おう。春人と離れるわけにはいかないから、一緒に来てもらおう」
「わかった。一緒に行くよ」
連絡をするならあまり遅い時間にならないうちにと、僕のスマホを雨月に差し出した。雨月が青島さんの名刺を見ながら電話をかけて、明日青島さんと僕たちが会うことになった。
すると千歳がモジモジしながら僕に話しかけてきた。
「どう考えてもオラはお邪魔ですよね?」
「それを言ったら僕だってお邪魔だよ。でも千歳を置いて行きたくない。カフェは少し遠いから斧に戻っちゃうよ。三人で行こうよ。僕と千歳は静かにしていればいいさ」
「オラは春人さんが行くところにはついて行きたいですけども……」
「いいからお前も一緒に来い」
「へい、兄貴」
青島孝右衛門と青島秀輝について検索したけれど、ヒットしなかった。
でも、江戸時代の先祖に自分似の人がいると知っているんだから、由緒正しい家柄なんだろう。
雨月が貰った名刺に彼の会社名が書いてあるだろうけど、雨月に見せてくれと言いにくい。そして僕が言いにくいと思っているのを読み取っているはずの雨月が「名刺を見るか?」とは言わない。もう、子供の喧嘩みたいになってきている。
まあいい。自分の昔の主の話ができたら、雨月が楽しめるかもしれないし。
夜、目を閉じて横になっている雨月を見て、(僕が青島さんに声をかけたのがそもそも失敗だったな)と反省した。雨月が喜ぶかと思ったんだ。それだけなんだよ。
夕食後に食べたかぼちゃプリンは、妙に苦かった。
翌日、指定された気軽な感じのカフェへ向かった。店に着くと青島さんがすでに着席していた。
僕らが注文した飲み物が来ないうちから、青島さんは「それで、何を見て僕の先祖の顔を知ったんですか?」と切り出した。
「申し訳ないが、何で見たのかは覚えていない」
「そうですか。青島孝右衛門は、長州藩の江戸屋敷で『御国記録方』を務めていました。その頃に自分の肖像画を市中の絵師に描かせたようで、我が家には孝右衛門の肖像画があるんです。僕にそっくりです」
「そうか」
「青島孝右衛門には、肉親以上に頼りにした近習がいたらしいんですよ」
「ほう」
雨月の答えは短く、表情も愛想がない。場を取り繕おうとして僕が口を開きかけたけど、その前に青島さんが言葉を続けた。
「代々記録方を務めていた我が家には、江戸屋敷に収めた記録の他にも膨大な書き物が保存されていて、戦時中はその資料を山口県の本家に疎開させていました。今それは、東京の家に保存されています」
「なるほど」
「その中に、その近習の肖像画があるんです。近習の名は、雨月迅雷丸宗親。その顔があなたにそっくりなんです。昨日あなたを見て、とても驚きました。同じ顔で同じ名前。これ、奇跡だと思いませんか? いやあ、こんなことってあるんですねえ。物語みたいだ」
青島さんは興奮した感じに一気にしゃべった。でも雨月は小指の先ほども表情を変えず、こう言った。
「それは俺だからな。肖像画が俺にそっくりなのは当然だ」
「え?」
青島さんは(何を言っているんだ?)という顔だ。
千歳は困った顔で僕らを見ていて、朧は僕らの足元を忙しく動き回り、せっせと僕らからこぼれおちた気持ちを拾い食いしている。
「ええと、意味が……。肖像画が描かれたのは江戸時代ですよ?」
「肖像画を描いた絵師は狩野景章。孝右衛門は殿様の覚えがめでたかったから、孝右衛門の五十の賀を寿ぎ、殿様がその姿を絵師に描かせたのだ。孝右衛門はその絵を気に入って、今度は自分で同じ絵師を雇って俺を描かせた」
「ちょ、ちょっと待って」
雨月は混乱している青島さんをじっくりと眺めた。
「見れば見るほど孝右衛門にそっくりだ。久しぶりに孝右衛門のことを思い出して楽しかった。ではこれで失礼する。春人、帰るぞ」
「あっ、うん」
僕は青島さんにぺこりと頭を下げ、代金をテーブルに置いて、慌てて雨月の後を追った。続いて千歳、朧も。土曜の昼下がりの歩道を、雨月は大股に歩いて行く。
「春人さん、兄貴が怒ってます」
「怒ってるよね。なんでかな」
「オラにはわからねえです」
どうしよう。完全に失敗した。僕は雨月を喜ばせようとしたはずなのに。
雨月がくるりと後ろを振り返って、「怒ってなどいない! さっさと帰るぞ!」と言う。
絶対に怒っているでしょうが。
僕は先生に叱られた生徒みたいに「はい」と答えて足を速めた。
6月27日(土)のできごと。




