55 黒鉄福次からの招待
透子さんの僕である椿さんが、黒鉄福治さんからの手紙を届けてくれた。昼食会の招待状だ。
「百鬼伏の居場所を捜して知らせてくださったお礼とのことです。透子様が黒鉄様に橋渡しを頼まれたのです。皆さまお揃いでぜひ参加してほしいとのことでした」
「わかりました。透子さんの口利きでしたら参加します。あのう、前から聞きたかったんですが、お使い役は椿さんと決まっているんですか?」
そう質問すると、椿さんは笑顔になった。
「葵のほうが少しだけ戦闘力が高いのです。それと、お庭の植物の管理に時間を取られているので、結果的に私が外回りの役目を担当しています」
「葵さんの戦闘力とは?」
「植物を使った戦法ですね。と言いましても、雨月さんや千歳さんには遠く及びません」
椿さんはそう言って微笑むと帰った。
「葵さんの戦い方って、どんなのだろうね。雨月は知っているの?」
「いや、知らん。植物をどの程度操れるのかまでは聞いたことがない」
「春人さん、オラも行くんでしょうか」
「そりゃそうだよ。千歳も僕の大切な僕だもの。あっ。雨月と千歳の服装も考えなきゃだね」
「手間をかけさせるな。面倒だろうに」
「そうでもないよ。僕は雨月にかっこいい服を着てもらうのが結構楽しみなんだ。千歳もスーツにしようか」
「はい!」
僕がするのはメンズ用のファッション雑誌で服を選ぶだけ。昼食で場所は料亭。ネットで調べたらダークスーツが無難らしい。少し考えて雨月にはチャコールグレーのスーツに白シャツ、紺色のネクタイ。千歳にはネイビーのスーツに白シャツ、濃紺ストライプのネクタイに決めた。二人の付喪神は、僕が決めた服装にすぐ変身した。
問題は僕だ。手持ちのスーツでいいだろうか。一回の食事のために新調したくない。その分のお金で雨月たちに美味しいものを食べさせたい。
僕がそう考えたらすぐに雨月がクックックと笑った。
「春人は俺たちが大好きだな」
「だって実際そのほうがお金の使い甲斐があるもの」
千歳が「春人さんが優しい! 大好きですぅ!」と言いつつ抱きついてきた。雨月が「相変わらず千歳は大げさだ」と渋い顔をしている。
「大げさじゃないですぅ」
「はいはい、ありがとう。もうわかったから寄りかかるのは終わりにしてよ、重いって」
僕が笑いながら千歳を押しのけようとしたけどびくともしない。すぐに雨月が「いい加減にしろ」と言って千歳の襟首を引っ張るようにして引き剥がした。千歳は笑いながら「あ~れ~」と手足をバタバタさせて、昔のコントみたいだ。
一週間の勤務を終えて昼食会の土曜日になった。指定された料亭は、透子さんのお宅から徒歩で行ける場所にあった。
待ち合わせしたコーヒーショップで、榊原さんは僕たちと顔を合わせるなり「うわあ」と言う。
「なんですか」
「雨月さんと千歳さんがスーツを着ると、私と統神君が著しく見劣りしてしまいますね」
「それはもう、二人がこの姿になった瞬間からわかっていますから。体格と顔が違うから仕方ないんですって。ここに来る間にたくさんの人に見られましたけど、僕の影が薄いこと薄いこと」
「でしょうね」
榊原さんが苦笑している。ま、いいさ。僕の付喪神たちがかっこいいってことに満足するよ。
店を出て指示された料亭へ行き、部屋に案内された。畳の部屋に和室用のテーブルとイスが並んでいる。
黒鉄福次さんがすでに着席していた。歳の頃は七十代後半、もしかしたら八十歳を超えているかも。
だけどものすごくエネルギッシュな印象だ。激動の昭和を生き抜いてきた業界人って感じ。日焼けした肌はツヤツヤしている。ゴルフ焼けだろうか。
部屋に入った雨月の足が止まった。どうかした? と雨月を見ると、「いや、なんでもない」と小声で返してきた。
「黒鉄福次です。こちらがお世話になっておきながらお呼びだてして申し訳ありませんでしたな。ささ、座ってください。本日は百鬼伏を見つけてくれたお礼の会です。玄葉庵の料理をお楽しみください」
「お招きに預かり、ありがとうございます。榊原です。彼は統神君で、そちらの二人は付喪神の雨月さんと千歳さんです」
榊原さんが挨拶と紹介をしてくれて昼食会が始まった。料理と器が見るからに高級だ。
黒鉄さんは如才なく全員に話を振ってくれたが、雨月と千歳は最低限の返事だけだ。雨月は外では口数は少ないのが通常だし、千歳は不慣れな雰囲気に緊張しているらしく、こちらも今日は口数が少ない。会話はほぼ黒鉄さんと榊原さんの間で交わされている。
料理はとても美味しいし美しい。器が豪華だ。
お刺身の盛り合わせに入っているマグロは口の中でとろけてうま味だけが残る。ヒラメとイカは今まで食べた中で一番甘い。触角が立派な伊勢海老は豆乳ソースのグラタン仕立てになっている。焼き魚の身が美味しいのはもちろんだけど、皮がパリパリで濃厚な脂のうま味を楽しめる。
雨月に「美味しいね」と言おうとして雨月を見たら、あまり箸が進んでいない上に表情が硬い。なんだ、どうした。
こんなとき、僕の心は隅々まで読み取られているのに、雨月の思考は全く読み取れないのがもどかしい。
好みのお酒を聞かれて僕はノンアルビールを頼み、榊原さんは日本酒を頼んだ。うちの付喪神たちはお茶を希望した。
お酒が入って少ししてから、黒鉄さんが「実は本日、統神さんにお願いしたいことがありましてね」と神妙な顔で切り出した。
僕にお願いと聞いて、嫌な予感しかない。
財界の大物である黒鉄さんが欲しいもので僕が持っているもの。そんなの、ひとつしか思いつかない。
「統神さんは区役所にお勤めですね。仕事には満足していますか」
「はい。やりがいのある仕事だと思っています」
そう答えると、黒鉄さんは「ふむ」と言ってからグッと身を乗り出し、僕の目を覗き込んだ。彼の全身で圧をかけられているようで、僕は背中にじんわりと汗をかき始めた。黒鉄さんは僕の目を見据えたまま、予想していたとおりの言葉を投げかけた。
「統神さん、区役所を辞めて私の秘書になりませんか。待遇に関しては、ご満足いただけると思いますよ」
「いえ、申し訳ありませんが、区役所を辞めるつもりはありません。それに黒鉄さんほどのお立場の方の秘書なんて、僕に務まるとは思えませんし」
相手の思惑はわかっているけれど、こっちから道を作ってやる義理はない。
僕が黒鉄さんの意図に気づかないふりをしていたら、黒鉄さんは手の内を少しずつ出してくる。
「なに、秘書と言っても難しいことはない。統神さんは私と一緒に行動してくれればいいだけです。屋敷の中に、統神さんのための部屋を用意します。雨月君と千歳君も一緒に移ればいい。三人でも問題ない広さの部屋を用意しましょう。食事や衣服の心配もいりません。あなたはただ、私と一緒に行動してくれればいいだけなんです。どうでしょう、悪い話じゃないと思いますが」
僕は心の中で雨月に話しかけた。
『雨月、椿さんにこの話を伝えてほしい。このまま席を立って帰ってもいいけど、間に入っている透子さんに迷惑をかけたくないんだ』
『椿にはもう知らせてある。透子は春人の好きにしていいと言っているそうだ』
さすがは僕の僕だ。透子さんに迷惑がかからないなら、僕は僕の思うように動く。
「黒鉄さん、僕に何を望んでいらっしゃるのでしょう。どうぞはっきり言葉にしていただけませんか」
「若い方はせっかちですな。なに、たいしたことではありません。私が持っている百鬼伏、あれの主になっていただきたいのです」
そうだろうと思った。黒鉄さんは僕の付喪神使いの力が欲しいのだ。僕を秘書にすれば、自然と雨月、千歳、人の姿をした百鬼伏もついてくることになる。
黒鉄さんが後ろの襖に向かって「宇藤」と声をかけた。すぐに襖が開き、四十歳ぐらいのメガネをかけた男性が両手に日本刀を掲げ持つようにして入ってきた。
6月20日(土)のできごと。




