54 あんころ餅と悪しきもの
「雨月、千歳、今日は道の駅に行きたいんだけど、いいかな」
「春人が行きたい場所に行けばいい。俺たちに気を使うな」
「そうですよ、春人さん。オラ、道の駅が大好きです。どこの道の駅に行くか、決まっているんですか?」
「道の駅『雪どけの里』に行きたいんだ。特産品を使ったスイーツが充実していることで有名なんだよ」
スイーツと聞いて雨月がほんのり微笑んだ。
今朝は毎回利用しているレンタカー店の店員さんに「いつもありがとうございます」と言われて、ちょっと照れ臭くなりつつ鍵を受け取った。僕が希望したのは、白い軽自動車だ。取り回しが楽で気に入っているから毎回同じ車種を希望している。
二時間ほど高速道路を走って『雪どけの里』に到着した。途中のサービスエリアに入りたいのはグッと我慢した。『雪どけの里』に、空腹で向かい合いたい甘味がある。僕は意志が弱いから、サービスエリアに入ったら最後、絶対に牛肉の串焼きか肉まんを買って食べてしまうんだよね。
道の駅『雪どけの里』は、駐車場と店の間にたくさんのパラソルつきのテーブルと椅子が並んでいた。店へ入る前に、客たちが食べているものを目にして誘惑されるシステムだ。付喪神の千歳もまんまと誘惑されたらしい。
「春人さん、サツマイモのソフトクリームが旨そうです」
「美味しそうだよね。買い物の前に食べようか。おなかが空いていると、ついつい買い過ぎる」
売店で僕は地産の材料だけを使った生クリーム大福、雨月は地卵を使ったプリン、千歳はタルタルソースがけの唐揚げを買った。ソフトクリームはどうした。
その他に一個ずつおにぎりと野草茶も楽しんだ。
「春人、ここのプリンは味が濃くて旨いぞ」
「そうなの? 二個ずつ、いや、三個ずつ買って帰ろうか」
「うむ。俺が買おう。家で食べるのが楽しみだ」
そんな会話をしていた雨月が、僕の後ろを見て目を見開き、薄く口を開けている。雨月がこんなに驚いた顔をするのは初めて見た。
「どうしたの? 僕の後ろに何かいるの?」
「振り返るな! 春人の後ろを、人の姿をした悪しきものが歩いている。お前が目をつけられたら厄介だ」
「わかったけど、悪しきものってなに? 怖いな……」
雨月の隣に座っている千歳は、膝の上に抱いていた朧をそっと足元に下ろした。そして両足で朧を挟み、朧が勝手に動き回らないようにした。
雨月が「もういなくなったぞ」と言うまでベンチで時間を潰し、それから買い物をした。帰り道の運転中に、雨月が「悪しきもの」について説明してくれた。
「悪しきものにもいろいろあるが、今日いたのは生霊だ。客の誰かに執着してついてきたのだろう」
「オラは初めて見ました。まるっきり普通の人間みたいでした。でも、動き方が人間とはちっとばかり違っていましたよ。こう、微妙にフラフラしてるって感じでした」
人間そっくりで微妙にフラフラか。僕が目をつけられなくてよかったけど、チラッとだけ見たかった気もする。
「生霊なんて本当にいるんだ? 学校で源氏物語を読まされたときに生霊が出てきたなって程度にしか知らないよ」
「稀だがな。よほど相手に想いを寄せているのだろう」
「人間の想いの強さって、恐いものなんだねえ」
「情が深いことを人間はいいことのように言うが、深すぎる情は悪しきものと紙一重だ」
雨月はそこで口を閉じてしまったけど、そんな人を見てきた人の口調だった。
「あのう、春人さん。オラ、あんこと餅を買ってきたんですけど、家に着いたらあんころ餅を作ってもいいですか?」
「僕が作ろうか?」
「いえ、餅がまだ柔らかいうちにオラが作ってみたいんです。いいですか?」
「もちろんいいよ」
後部座席から「これです」と差し出された平たくて丸いお餅はビニール袋に入っていて、指でつつくとじんわり指の形に沈んで戻る。それだけで食欲が刺激される。
帰宅してから千歳がお湯でお餅をさっと茹でて、大皿に盛りつけた。そこにあんこをどっさりとのせている。
「きな粉もかけていいですか」
「千歳がかけたいならかければいいよ。僕もきな粉が好きだよ」
「では……」
買い置きしてあったきな粉を、千歳がたっぷりあんころ餅にふりかけた。
「ああ、うんまそうです!」
「旨そうだな」
「春人さん、最初にどうぞ」
「いいの? では遠慮なく。うわ、美味しい! 柔らかい! 千歳、美味しいよ。みんなで食べようよ」
雨月と千歳も小皿にあんころ餅を取り、千歳はひと口で、雨月は半分を口に入れた。
「昔、餅は贅沢な食べ物だったが、今は好きなときに食べられる。いい時代だな」
「このあんころ餅を、昔の主に食べさせてやりたいって思ったりする?」
一瞬の間を置いて、雨月が「思うことは頻繁にある」と答えた。
「こんな旨いものをろくに食べないうちにあの世へ旅立った、幼い主に食べさせたい」
「えっ。そんな主がいたの?」
「いた。可愛い主だった。春人が旨い料理を作ってくれるたびに、食べさせてやりたいと思う」
「兄貴にはそんなつらい昔があったんですね」
雨月があんころ餅を食べながら、市之助という主の話をしてくれた。わずか八歳で亡くなったその主が可哀想で、雨月の気持ちを思うと切なくて、僕は途中から泣いた。
そんな僕を雨月が優しい顔で眺めて微笑む。
「そんなに泣くな。市之助はだいぶ前にあの世に旅立った。今頃は生まれ変わって楽しくこの世で暮らしているかもしれない」
「生まれ変わりなんてあるの?」
「俺はあると思っている。一度だけそんな経験をした。ただ、生まれ変わった本人は前世の記憶を持っていなかった。見た目は亡くなった主に瓜二つだったが、俺を覚えていなかった。その話はまた今度だな。春人が泣きすぎて腫れた顔で出勤することになる」
すでにだいぶ泣いてますけど?
「春人さん、もう泣き止んでください。そんで、これからオラも少しずつ料理をさせてもらっていいですか?」
「いいよ。ありがたいよ」
「今日はあんころ餅でしたけど、次は納豆餅を作りたいです。あと、からみ餅も作りたいです」
「お前はどれだけ餅が好きなんだ?」
雨月がそう言うと千歳は驚いた顔をして、「兄貴! 餅ほど旨いものはないですよ!」と力説している。
「いいよ。好きなだけお餅料理を作ってよ。僕もお餅が好きだよ」
「薫も餅が好きだったな。薫が餅を食べたいと言うと、楓がもち米を三合だけ蒸して、朔が『量が少しだから』と言って一升瓶で突いて薫に食べさせていた。薫は砂糖醤油で食べることが多かった。そしていつも『食べ過ぎた』と言っては朔に笑われていた」
あれ? 母さんが餅好き? そうだったかな。母さんが生きていた頃、お正月以外にお餅が食卓に並んだことがあったかな。
「僕さ、母さんのことをたいして覚えていないんだ。それが結構悲しいよ」
「覚えていないということは幸せだったということだ。人間は悲しかったことと苦しかったことのほうをよく覚えているものだ。だから覚えていないことを後悔しなくていい。お前は、薫に関しては幸せに暮らしていたのだろう」
「ぷぎぎっ」
朧がまるで僕を慰めるかのように、頭を僕の脛に擦りつけてくる。
「雨月がそう言うなら、そうだったんだね」
「そうだ。思い悩むな。健やかに生きろ。そのほうが長生きするぞ。俺が知っている長生きした人間は、みんなよく笑っていた」
「そうか。わかった。悔やまないようにするよ」
「そうしてくれ。お前には長生きをしてほしい」
千歳がお皿を洗い、雨月がお風呂を沸かしてくれた。
炭酸の入浴剤を入れたお湯に浸かりながら、母さんを思い出した。穏やかに笑う人だった。雨月と暮らすようになってから、母さんのことをよく思い出すようになった。
6月13日(土)のできごと。
幼くして旅立った市之介の話は、43話「雨月の主たち」にあります。




