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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
<6> 見えてくるもうひとつの世界

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50/62

50 翔とモリネ

 春人が高熱でうんうん唸っていた頃、翔はベッドの上でしょんぼりしていた。

 はああ、とため息をつく翔を、人の姿になっている小鈴が慰めた。


「翔様、春人様がお熱ならば仕方ありませんよ」

「わかってる。でも、少しだけでもいいから、朧(おぼろ)に会いたかったなぁ」

「来週の土日なら会えるかもしれませんね。今日は私と悪さをしない妖(あやかし)を探しに行きましょうか」

「悪さをしない妖? 朧(おぼろ)みたいなのが、この辺りにもいるの?」

「いえ、あそこまで愛嬌のある妖はいないでしょうが、大きな公園まで行けば、害のない妖が見つかるかもしれませんよ」

「行く!」


 翔がガバッと起き上がって靴下を履く。小鈴は「家を出てから人の姿になりますね」と言って簪(かんざし)に戻った。翔は簪(かんざし)を拾い上げ、斜めにかけたボディバッグに入れる。趣味の絵を描いている最中の母には、「本屋さんに行ってくる」と告げて家を出た。


 母は「近所の本屋さんよね? 行ってらっしゃい」と送り出してくれた。嘘をついたのは申し訳ないが、十歳の翔が徒歩十五分ほどで行ける書店は繁華街にあるものの、ここだけはいつでも一人で出かけることが許されている。


 住宅街の人がいないところでバッグから簪(かんざし)を取り出すと、すぐに小鈴が現れた。色褪せたジーンズに黒いTシャツの小鈴はニコニコしている。翔と二人のお出かけが嬉しいのだ。

 小鈴は「さあ、妖を探しに参りましょう」と歩き出した。

 以前の小鈴は外出時に翔と手をつなごうとしたが、翔が恥ずかしがるので今は並んで歩く。代々木公園の南口から中へ入り、小鈴は大きな木を中心に枝を見上げている。


「悪さをしない妖、いそう?」

「どうですかね。この辺りは江戸時代にはお武家様の下屋敷があったんです。その頃はモリネをよく見かけたのですが」

「江戸時代……そんな昔の話だったのか。モリネってどんな妖なの?」

「モリネは木に住む妖です。これといって何もしません。木の精気をちょっと吸い、お礼に木を病気から守るぐらいですかね。ああ、いましたよ、一匹だけ」


 そう言うと小鈴は身軽な動作で高い枝まで上り、ヒョイと何かをつかんで飛び下りてきた。


「これがモリネです」

「これ、妖なの? 毒キノコみたいな形だね」

「毒はありません。手を出してください」


 翔の手のひらに小鈴が、ぷっくりと肉付きのいいキノコそっくりな妖を置く。頭は薄紫で軸は乳白色。どこから見ても絵本や漫画に出てくる毒キノコだ。翔がモリネを指でつつくと、プルプルと少しだけ動く。


 翔は心の中で(可愛い。でもやっぱり朧(おぼろ)のほうが可愛い)と思ったが、小鈴に気を使って「可愛い」とだけ答えた。

 二人で額を寄せるようにしてモリネを覗き込んでいた時だ。


「あれ? 榊原じゃん。何してんの?」

「加藤君……」


 加藤と呼ばれた少年は、小鈴と翔を見てニヤニヤしている。加藤の後ろには彼の仲間がいた。加藤はクラスのリーダー格で、翔が「近所の家に近づくと、僕だけが聞こえる声がするんだ」と漏らしたときに、繰り返しからかった子だ。それだけでなく、どうでもいいことをあげつらっては、翔を馬鹿にして仲間外れにしてきた。


 翔は(小鈴のことで何か言われたら嫌だ)と怯えた。加藤はその怯えを見逃さない。獲物を見つけた動物のような表情になり、翔に近づいてくる。加藤の背後にいる仲間たちもニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべていた。


「榊原、その人は?」

「親戚のお姉さんだよ」

「へえ。お前、最近はもう何も聞こえなくなったの? いろんな人の声が聞こえてたんだろう?」


 加藤はここで打つ手を間違えた。(何も知らないであろう親戚のお姉さんに、こいつが変なことを言ってると教えてやろう)と思ったのだ。小鈴はすぐに事情を把握して、翔をかばうように前に出た。


「翔君のお友達? いつも仲良くしてくれてありがとう。同じクラスに意地悪を繰り返す子がいるらしいんだけど、あなたはその子の名前を知ってる? 翔君は教えてくれないの」


 加藤の表情が強張った。

 

「僕は知りません」

「そう。見つけたらただじゃおかないと思ってたけど、君じゃないのね。ざあんねん」


 小鈴は笑顔だが、目が全く笑っていない。加藤は自分の目を覗き込む小鈴から一歩下がって仲間を振り返った。


「行こうぜ」


 加藤とその仲間たちは若干警戒するような目で小鈴を見ながら立ち去った。その後ろ姿を見た翔が目を見開き、小鈴を見た。加藤の背中には、三匹の小さな妖が貼りついている。驚く翔に、小鈴が悪い顔で微笑んだ。


「性根が悪いと、子供にだって妖が集まるんです」

「加藤君はどうなっちゃうの?」

「精気を吸われますね。少しずつ弱りますけど、あの程度の数じゃ、死ぬことはありません。ただ疲れやすくなって怒りっぽくなって、あっちこっちでもめ事を起こすくらいです」

「なんだか可哀想だね」

「可哀想ではありません。人は皆、自分の行いを背負って生きていくんです」


 翔の手の中でひんやりとしたモリネが、もにゅもにゅと動いた。翔が「お前は木の枝に戻りたい?」と話しかけた。モリネには顔がないから、意思の疎通が難しい。


「僕の家に来る? 僕の家には鉢植えの観葉植物がたくさんあるから、そこを住処(すみか)にすればいいよ」


 モリネがスリッとキノコ型の頭を翔の手のひらにこすりつけた。


「翔様を気に入ったようですね。連れて帰りましょう。まあ、モリネは何の役にも立たないんですけど」

「役に立つよ。この子が可愛いから僕が幸せになる」

「それは大切なことですね」

「うん!」


 帰りながら加藤の、弱い者虐めをしたくてウズウズしているような顔を思い出した。学校では逃げ場がないから、加藤たちのグループに囲まれる休み時間が恐ろしかった。それが原因で家から出ないようになったのだが。

 

(でも今は小鈴がいる。春人さんもいる。僕はひとりぼっちじゃないし、学校だけが世界の全てじゃないことを知っている)


 翔がそう思うと同時に小鈴が「そのとおりです」と言う。モリネは手の中でおとなしくしている。

 家に着くと、小鈴は玄関前で簪(かんざし)に戻った。母が「おかえり。早かったわね」と絵を描きながら声をかけてくれた。


「お母さん、僕でも世話ができそうな観葉植物ってある?」

「たいていの植物は難しくないわよ。その中でも丈夫なのは……ポトスかな」

「ポトスか。木がいいんだけど」

「じゃあ、こっちのウンベラータかな。ゴムの木の仲間なの。日光と水が好きな、生命力の強い植物」

「これを僕の部屋で育ててもいい?」

「いいわよ。翔が植物に興味を持ってくれて嬉しいわ」


 母が育てているウンベラータはひと抱えもある大鉢に植えられている。母が小さなキャスターを出してくれた。大きな鉢を二人がかりでキャスターに載せた後は翔がゴロゴロと運ぶ。その間、モリネはズボンのポケットの中で動かない。

 鉢を窓辺に置いてから急いでポケットからモリネを取り出し、大鉢の土の上にそっと置いてみた。


「大丈夫? 生きてる?」


 声をかけるとモリネはペンギンのように左右に揺れながら、木の幹まで移動した。それから螺旋(らせん)を描くように回転しながら上の方の枝に登って落ち着いた。


「今日からここがお前のおうちだよ。僕と仲良くしてね」


 モリネがプルプルと震えた。嬉しいのか不機嫌なのかわかりにくいが、翔はいいほうに受け取ることにした。

 その日、翔は何度もモリネを覗き込み、指先で触った。モリネはその都度プルプルと震えている。

 小鈴は翔の部屋でフロアモップをかけたり翔の教科書や参考書を読んだりして過ごした。


 モリネは日当たりがいい枝を気に入ったらしく、そこから動かない。夜、ウンベラータに水を与えると、くるくると幹の周囲を回転しながら降りてきて、濡れた土の上に移動する。


「思っていたよりずっと可愛い」

「可愛いですね」


 小鈴と二人でモリネを眺める。モリネのおかげで、加藤の不愉快な態度のことは忘れていた。


 

6月6日(土)のできごと。

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