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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第五章 朧(おぼろ)と暮らす日々

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40 レンタカーの男

 険しい顔の雨月に「どうかしたの?」と声をかけた。


「あいつは強い苛立ちと殺意を抱えていた。あんな強い殺意を抱えている人間を見たのは久々だ」

おぼろが食べていたのは殺意なの? うわぁ嫌だなあ。殺意をこぼれさせていたってことは、あの人、何かするつもりなんじゃないの?」

「まさかあいつを止めるつもりか? やめろやめろ。春人が狙われるだろうが。やはり春人には言わなければよかった。俺が悪かった」

 

 雨月はあの男が誰かを襲って殺す前に止められるだろうか。犯人が行動に移してからじゃないと、警察は動いてくれないんだよね。

 なんだったら、僕が接触してもいい。僕が襲われる前に雨月が止めに入るという案はどうだろう。

 

「そんなに上手くいくとは限らないだろうが。だめだ。どうしてもと言うなら、千歳に行かせよう」

「へい、兄貴」

「いやいや、また千歳に僕の代わりをさせるの? あの男が殺意を撒き散らしているなら、千歳が怪我をするかもしれないのに。言い出しっぺの僕がおとりになるよ」

 

 すると雨月は無表情に、千歳は困った顔で僕をじっと見る。


「なにさ」

「春人さん、あの男にオラを傷つけることはできねえです。なんたってオラ、斧なんで」

「そうは言ってもさ、体を蹴られたりして、を折られたらどうするの」


 すると千歳は胸を張って自慢げに答えた。

 

「オラの柄は赤樫あかがしなんです。赤樫は硬くて粘りがあって、強いんです。あんな男に何をされても、折れることはありません」


 そんなやり取りをしている間に、殺意の男性は青い軽自動車を借りて去ってしまった。追いかけることもできず、僕はモヤモヤした気分で家に帰ったのだが。

 

 翌日のニュースでひき逃げ事件が報道されていた。防犯カメラの映像には、ナンバープレートを隠した青い軽自動車が、被害者を撥ねて逃げる様子が映っていた。被害者は幸い命は無事だったものの、骨折の重傷らしい。

 朝食の塩鮭を食べていた雨月が、ひき逃げ事件の防犯カメラ映像を眺めながら、「あの車は昨日のあいつだな」と冷静に言う。


「断言できるの?」

「ああ。車の周囲を、小者の妖が群れをなして飛んでいた」

「飛んでいました。オラも見ました」

「そうだった? 僕には見えなかったな。僕はテレビ越しだと見えないのかも」


 パソコンで同じニュースの映像を見たけれど、やはり僕には見えない。雨月は「そのうち見えるようになる」と言って緑茶を飲んでいる。

 車麩くるまぶとエノキのお味噌汁を飲んでいた千歳も「きっともうすぐ見えるようになりますよ」と慰めるように言って、膝の上にいるおぼろの頭を撫でた。おぼろは口をパクパクしていて、千歳は幸せな気持ちで朝ごはんを食べているようだ。


「いや、僕はそこまで見えるのは遠慮したいな。ドラマや映画で可憐な女優さんや正義派の俳優さんの周りに妖が飛び回っていたりするのは見たくない」


 雨月が「クックック」と笑い出し、千歳は困った顔で僕を見る。

 ともあれ、あの人が犯人だったとして、レンタカーなら返却するときに人をはねた傷が見つかるか。僕が囮になる必要はなくなったけれど、その後もひき逃げ事件のニュースを気にしてチェックした。

 だけど犯人が捕まったというニュースは、五日たった今日も流れない。「僕たちは犯人を知っているのに」という思いが、僕を内側からチクチクと刺激する。

 

 ついに我慢できなくなって、僕は榊原さんとの打ち合わせの席で、ひき逃げ事件のことを持ち出した。なぜなら、他に付喪神と妖が絡む話題を話せる人がいないんだ。榊原さんはうなずきながら話を聞き、助力を申し出てくれた。


「翔のことで統神君には大恩だいおんがあります。手を貸しましょう」

「どうするつもりですか」

「地域安全課は不審者情報などを共有するために、警察の地域安全課の方と定期的に顔を合わせるんです。この伝手つてを利用します」


 学業で天才と言われたこの人は、意外と融通が利くんだな。

 感心している僕を急かして、榊原さんがこの区の警察署に向かう。警察署の地域安全課の担当者は幸い署にいて、僕たちは小部屋に案内された。


「地域安全課の大山おおやまです。榊原さんから統神さんがひき逃げ事件の情報をお持ちだと聞いています」

「はい。五日前、レンタカーを返しに行った際に、青い軽自動車のレンタカーを借りた男性がいたんです。その男性がぶつぶつ独り言を言っていたので『こういう人が車を運転するんだな、恐いな』と思った……というだけの情報なんです。こんな小さな情報なのにお時間をいただいて恐縮です」

「いいえ、どんな情報でもありがたいです」


 大山さんはレンタカーの店の名前と場所、男の外見などを詳しく質問した。

 僕は相手の身長が僕と同じくらいだったこと、三十歳前後だったこと、白いトレーナーにこげ茶のズボンを履いていたことなどを説明した。

 警察にこの手の情報を持ち込むのは初めてだから緊張したけど、丁寧にお礼を言われて情報提供は終った。

 雨月と千歳は警察の向いのコンビニで待機していて、僕たちが警察から出ると合流した。榊原さんの提案で、四人と一匹でパスタのチェーン店に入った。


「大山さんはとてもまじめで誠実な方なんです。他の管轄の事件でしたが、丁寧に聞いてくれたでしょう? それに、地域のご老人宅をこまめに巡回して声掛けしたりして、仕事に手を抜かない人です」

「僕、ぶつぶつ独り言を言っていたなんて嘘をついたけど、あとから警察に怪しまれませんかね」

「今回重要なことは、数多あまたあるレンタカー店の中から、犯人が利用した店を特定できたことです。犯人がぶつぶつ言っていたかどうかじゃありません。店の外で聞いたと言ったんですから、証人はいないわけですし」


 榊原さんて、こんなに話が分かる人だったんだな。ガチガチの正義を振り回す人かと思ってた。

 僕がそう思うと同時に雨月がチラリと僕を見た。何か言いたいらしい。

 全員が食べ終わって、もう店を出ようという頃、榊原さんがこんなことを言う。


「翔が学校に通い続けています。まだ何か言われているんでしょうが、表情が明るくなりました。小鈴さんが同行しているのもあるでしょうが、統神君には本当に感謝しているんです。今後も私で力になれることがあったら、遠慮せずにいつでも頼ってください。今回、統神君に頼ってもらえて嬉しかったです」


 いい人だねえ。僕が最初の頃に偏見を持っていたことを反省しなければ。

 雨月が先に帰っていく榊原さんの後姿を眺めながら、ポンと僕の肩に手を置いた。


「榊原は独特な性格だが、そう悪い人間ではないな。だが俺は春人が心配だ。人が好過ぎる。すぐに人を信用するのは危険だ。かつて俺の主は……。いや、この話はよくないな」

「続けてよ。雨月の主がどうしたの?」


 雨月は僕の顔を見ながら小さいため息をついた。「余計なことを言ってしまった。俺は最近、どうかしている」と僕から視線を外したけれど、僕は話の続きを催促した。結局は雨月が折れて続きを話してくれた。


「俺の主は、心から信頼していた友に裏切られ、俺が同行していたにもかかわらず片腕を失った。その怪我が原因で、主はその後、療養中に息絶えた。相手は幼少の頃から兄弟のように育ち、俺の主が熱を出せば寝ずの看病をするような男だった。それでも自分の息子を人質に取られれば、友を罠にはめるのだ。榊原はそんな人間ではないだろうが、皆が皆、善人ではないことを忘れるな」

「うん……。気をつけるよ」


 雨月みたいに強い付喪神がそばにいても、主が傷つけられることはあるのか。敵は一体何人だったのだろう。雨月が僕から目を離さないのは、そんな過去があったからか。主を殺されて、雨月はどんなに悔しく悲しかったことか。

 その夜、僕が雨月の背中を流そうかと思ったんだけど、「付喪神にはあかがつかないから不要だ」と断られた。そういうものかとがっかりしていたら、雨月が気遣ってくれた。


「では明日、蕎麦をでてくれるか? テレビで見たら食いたくなった」

「そんなことでいいならいくらでも茹でるよ。任せてよ」


 その後、ひき逃げ事件に関して、榊原さんにも情報は入っていないらしい。部外者に捜査の進展を説明しないのが通常だとか。まあ、そうだよね。僕にできるのはここまでだ。あとは警察に委ねるしかない。

 明日の夕飯は蕎麦だ。天ぷらも揚げようかな。


 

 

5月16ー22日(土ー金)のできごと。

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