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付喪神のいる食卓   作者: 守雨


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4 一番風呂

 抜き身の日本刀を手に立っている雨月を見て、僕の口から「ヒエッ」という声が出た。こんな声は漫画の中だけだと思っていたけど、現実に出た。


「腰を抜かすなよ?」

「あ、ああ、うん」


 急いで流しに手を置いて体を支えた。迫力があり過ぎて本当に腰が抜けそうだ。


「雨月は日本刀の付喪神つくもがみなのに、なんで更に刀を持っているの?」

「刀も、この身も、この服も、全てが俺だ」

「そういうことなんだ……。恐いからとりあえず刀はしまってよ」

「そんなに怯えるな。怖がりなのはあの頃から変わらないな」


 一瞬で刀が消えた。驚きと恐怖が落ち着くにつれて疑問が浮かんだ。

 平安末期に作られたという雨月は、何人の人を斬ってきたんだろう。戦国時代も潜り抜けてきたなら、五人や十人じゃきかないのだろうか。

 たくさんの人を斬っても、神様にはなれるってことか。


「人間が我らを付喪神と呼んでいるだけで、俺たちは神などではない」

「そうなの?」

「自然や動物、人の恐怖心や呪詛の念があやかしになる。道具に向けられる愛情が百年以上降り積もれば、道具は付喪神になる」

「ふうん」


 鶏肉に軽く塩をしながら雨月を見ると、テーブルを拭いていた。

 僕は雨月との暮らしを楽しみ始めている。

 母さんが亡くなりじいちゃんも亡くなった。父さんは再婚して新しい家庭を築いている。父方の祖父母はいるが、こちらも交流がない。僕は天涯孤独みたいなものだ。

 突然、親指の傷と雨月がつながった。


「もしかして僕の親指の傷、雨月と関係ある? 両親からは何かで指を切っただけと言われていたけど」

「やっと気づいたか。その傷の理由も、親に教えられていないのだな」

「聞いても『なんだったかな』みたいな返事だった」

「料理を終えてから話してやる。包丁を持っているときはそっちに集中しろ」


 今日は地鶏のゴマ味噌焼き、ニラと卵のお味噌汁、ワカメとタコと春雨の酢の物、ズッキーニとツナ缶のナムル、出汁を取った後の昆布と冷凍アサリの佃煮風。

 全部を作り終えてテーブルに並べると、雨月が嬉しそうな顔をする。


「懐かしいな。幸之助が作るキジの味噌焼きにも、ゴマが振ってあった」

「どうぞ召し上がれ。ひいじいちゃんはどんな人だったの?」

「まずは食べていいか?」

「いいよ」


 雨月は目を細めて地鶏の味噌焼きを食べている。そんなに気に入ったのならまた作ってあげよう。

 ニラの卵とじのお味噌汁は「かおるがよく作っていた」と言う。母さんやじいちゃん、ひいじいちゃんのことも知っているから、なんだか本当に親戚のお兄さんみたいだ。平安時代の生まれだけど。


 雨月によると、ひいじいちゃんの幸之助さんは付喪神使いで、あの地区のまとめ役として皆に信頼されていたそうだ。

 だが、朔じいちゃんは付喪神使いの能力を持っていなかった。じいちゃんはとても残念がっていたらしい。そして娘である僕の母さんも能力を持っていないとわかると、じいちゃんは悔しそうだったと。


さくかおるを東京に出したのは婿を見つけるためもあったろうが、ずっとあの集落で生きる以上、一度は広い世間を知った方がいいからだと言っていた。ところが婿になったお前の父は……。いや、やめておこう」

「僕に遠慮しないでいいから、全部教えてよ」


 僕の父の哲也は統神家の能力も雨月の存在も信じなかった。母さんが結婚した頃にはひいじいちゃんは亡くなっていたから、雨月は人の姿になれなかった。そのせいで父さんは雨月の存在を信じなかった。

 じいちゃんは父さんが婿として同居してくれたことを感謝していて大切にしていたけど、生まれた僕に能力があるとわかると、僕に夢中になったそうだ。


 僕が五歳のあの日、じいちゃんは僕と雨月に血の契りを結ばせた。

 血の契りの儀式を、父さんは最初から反対していたらしい。しかも、僕が怖がって手を動かしたために不必要なほどの傷を作ってしまった。


 結構な量の血が流れて僕が大泣きした時点で、父さんがキレたらしい。

 あの山の中の家での不便な暮らしで父さんに不満が積もっていたのもあるだろうと、雨月は言う。

 父さんは激怒して、「こんな家ではもう暮らせない」と言い放ち、母さんと僕を連れてあの家を飛び出したそうだ。


「なるほどね。父さんはスピリチュアル全般、特に霊魂の話が大嫌いだったよ。それにしても、統神の能力の有無をどうやって見分けるの?」

「俺にはわかるのだ。それを知らせるために、俺とその者の間に火のついたロウソクを置く。能力があれば一瞬で火が消える。俺が消すからな」

「へえ……」

「お前は久しぶりに出会った付喪神使いだ。俺は人の姿になってお前に顔を覚えてほしかったが、婿が騒ぐからと朔に止められていた。結局はお前に姿を見せる前に出ていかれたが」


 僕たちが家を去って、おじいちゃんはさぞかしがっかりしたことだろう。

 能力を持っている僕を諦めきれずに、遺言書を書いたのか。


「僕さ、あの家に行かずに売り払おうと思わなくもなかったんだよ。でも、それはじいちゃんに申し訳なくてさ」

「確かに『じいちゃんごめんなさい』と言いつつ家を売り飛ばすと言っていたな」

「や、それはさ、あの時点で僕は何も知らなかったわけだから」

「俺はまた人の姿になれて嬉しい。刀でいるよりずっといい。お前があの家に来てくれなかったら、俺はどこぞに売り飛ばされていた。そしてそのままずっと人の姿にはなれなかっただろう」


 雨月は一度言葉を切り、慈しむような表情で僕を見た。


「お前はいい人間だ。俺を使って憎い誰かを殺そうと思っていない」

「当たり前でしょ! 人を殺すなんて、そんな恐ろしい!」

「当たり前ではない。俺を手に入れ、俺の力を知って人が変わったあるじもいた。俺を使えば確実に憎い人間を殺せるからな」

「そんな命令をされて、雨月は断れないの?」

「血の契りを交わしているから逆らえない」

「そんな……」


 雨月にはそんな過去があったのだろうか。

 だったら血の契りは、付喪神にとってどんな得があるんだろう。嫌な命令にも逆らえないなんて、不公平な契約じゃないか。

 そう思った僕の心の声を、雨月は聞いたようだ。


「いいことはいろいろある。一番は人として暮らせることだ。こうして美味を楽しみ、自分の足で外へ出かけられる。陽の光を浴び、景色を楽しめるし湯にも入れる。お前たち人間が気にも留めないようなことでも、意識を持ってしまった道具にとっては大変な喜びだ」


 雨月はどんな命令に従ってきたんだろう。嫌な命令に従っている雨月を想像したら、胸が痛む。

 

「雨月、お湯を入れてくるから今夜は先に入りなよ。入浴剤も置いておくから好きなだけ使って」

「一番風呂は主が使うものだ」

「いいって。僕が雨月に一番風呂を使ってほしいんだ」


 雨月はまたフッと微笑んで「お前はいい人間だな」と、もう一度しみじみした感じに言う。

 それからまっすぐ僕に向かい、「地鶏の味噌焼き、旨かった。他の料理も旨かった。春人が主でよかった」と言って浴室に向かった。

 お風呂から出た雨月に冷えた麦茶を差し出したら、一気に飲んだ。

 

「服も含めて雨月なら、服を着たままお風呂に入るの?」

「いや。裸になって入る。そのほうが心地いい」


 おっとりと微笑む雨月。

 長い歳月の間には、何人も主が代わったことだろう。嫌な命令もあっただろう。雨月の側で主の命令を拒否することができないなら、僕は彼が嫌がるような命令を出さない。

 雨月は僕にとって唯一の身内みたいなものだ。僕は雨月を大切にする。

 どうか安心してね。



(3月30日)月曜のできごと。

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