35 山の美味
美味しい手打ち蕎麦を食べた帰りの車中で、千歳に「産直野菜のお店があったら早めに教えてくれる? 道の駅でもいいよ」と頼んだ。
「お任せください! オラ、目がいいので! 産直野菜と道の駅ですね!」
「俺が助手席に座っているというのに、なぜ千歳に頼む」
「千歳なら張り切って教えてくれそうな気がして」
「オラ、張り切ってお知らせしますんで!」
雨月はちょっと気に入らないようだけど、気にしないことにした。
予想どおり千歳はせっせと野菜の無人販売のお店を教えてくれた。人間には不可能だな、と思うくらい遠くから教えてくれるから車を減速しやすい。
最初の店では水ナスとキヌサヤを買った。
二軒目ではウルイと山ウドと根曲がり竹。
三軒目では春キャベツとジャガイモとパクチー。どれも安くて新鮮。大収穫だ。
「車の旅もいいもんだね。またじいちゃんの家にいくのもいいなあ」
「そうだな。だが次は少し間を開けよう。あの山の神がお前を待つようになっては面倒だ」
「ははっ。まるで僕があの狐にすごく好かれているみたいだね」
返事がないから雨月を横目で見た。雨月は「こいつは何を言っているんだ?」という顔で僕を見ている。あれ? と思ってルームミラーを見たら千歳と目が合った。気まずそうに千歳が目を逸らす。あれあれ?
「千歳? どうかした?」
「ええとですね、ゆんべ、春人さんが寝てからあの狐が来たんです。兄貴は狐を説得するのに苦労していました」
「あれがまた来たの?」
「千歳は口が軽いな」
「すんません、兄貴」
千歳が言うには昨夜、山の神と呼ばれているあの狐が来て、雨月に声をかけたらしい。
雨月が家の外に出て対応し、千歳と小鈴さんは家の中で僕たちを守っていたそうだ。雨月が説明を代わった。
「あの山の神はお前があの家に住むことを願っていた。あの周辺の山を守るために、春人に留まってほしいと言っていたな。山はそれ自体がひとつの命みたいなものだが、そう思う人間はもうほとんどいない。アレはアレで、あの地を大切に思っているのだ」
「なんで僕なの?」
「前にも言っただろう。お前の心はその歳にしては清らかで優しい。そんな人間は貴重だ。心の清い人間にしか、山の神は心を許さない。ましてや春人はあの地を長く守ってきた統神の人間だからな」
「その歳にしてはって、褒めてるんだよね?」
「褒めている。春人は俺の主だ。お前が望まないことは、誰が願っても俺が許しはしない」
うわ、かっこいい。
「俺は今夜の夕食が楽しみだ。注文をつけてすまないが、ウルイは辛子酢味噌で和えてもらえるだろうか」
「いいよ」
「オラ、四代目が好んでいた山ウドの皮のきんぴらを食べてみたいです」
「オッケー」
料理は楽しい。ただこれ、僕が主婦で、「今日は外食で」「お弁当屋さんのお弁当で」「スーパーのお惣菜で」みたいな日が許されなかったら、苦行に変わるんだろうなあ。僕は帰宅が早い部署だけど、子供のお迎えや洗濯物の取り込み、掃除が「やらねばならぬ」となったら、苦痛になると思う。
母さんはどうだったんだろう。僕は母さんが家事をどうこなしていたか、ほとんど覚えてない。目では見ていたはずなのに、心に収めていなかったんだね。もっと母さんの家事を手伝ってあげればよかった。
松千代くんが「父上は笑って受け入れてくださるよ」と死後の世界を信じていたように、僕もあの世で母さんに謝る機会があると思えたら気が楽になるだろうけど。
自分のこととなると、僕はあの世を信じ切れないでいる。雨月や千歳は「あの世」をどう考えているんだろう。
僕のこの思考は雨月と千歳に伝わっているはずだけど、彼らは何も言わない。そんなときは、僕は無理に聞き出さないようにしている。
レンタカーを返して無事に帰宅した。僕は、スマホでレシピを検索しながら、なるべく手間がかからないものを選んで料理を作った。
「できたよ。食べようか」
生の水ナスを厚めに切って粗塩とパルミジャーノの粉チーズとオリーブオイルをかけて軽く和えたたもの、キヌサヤとキャベツのお味噌汁、ウルイの辛子酢味噌和え、ウドの皮のきんぴら。パクチーとソーセージと卵の炒め物。
残りの野菜は明日以降に食べよう。メニューを考えるのが楽しみだ。
雨月はウルイの辛子酢味噌和えを口にして、「統神の男たちは全員これが好きだった」とつぶやく。検索していて知ったけど、ウルイって観葉植物のギボウシのことらしい。あれは食べられるのか。僕も育ててみようかな。
千歳は「ウドの皮のきんぴら、美味しいです! 飯が進みます!」と嬉しそう。車で出かけるのもいいね。こうして食材を仕入れるのも楽しい。
僕は疲れていたらしく、食後は早々眠くなってベッドに入った。松千代君のことがあったし、運転もしたからね。
夜中に喉が渇いて目が覚めたら、二人の付喪神がベランダで空を見上げている。二人は無言のように見えるけど、付喪神同士、言葉を使わずに会話をしているのかもしれない。ちょっと仲間外れの気分を味わいながら二人の背中を眺めていたら、雨月が振り返った。僕と目が合うと、二人とも部屋に入ってきた。
「起きたのか」
「うん。喉が渇いて」
冷たい麦茶を飲みながらそう答えた。
「楽しかったな。松千代と誠一郎が共にあの世に渡ったのは幸いだった」
「うん。僕が付喪神使いになった意味を、ひとつ理解したよ。でも、わからないことがある。なんで統神家の人が捜しても、誠一郎さんのお骨が見つからなかったんだろう」
「誠一郎は憎しみと恨みに憑りつかれ、己が死んだことすら気づいていなかった。だから、自分を探す者は全て敵だと思い込んで逃げ回っていたのだろう」
そうやって誠一郎さんが過ごしてきた歳月を思うと、あまりに哀れだ。
「俺が淳之介や幸之助と一緒に捜し回ったときも、気配はあるのに見つけることができなかった。春人が松千代を洞穴から出してあの場へ連れていったのが功を奏したのだ。お前の人の好さと優しさが、二人を成仏させたのだな」
「松千代君が『統神家は約束を守ってくれた』と言ってくれて、本当に嬉しかった」
すると雨月は珍しくため息をついた。
「俺も嬉しかった。淳之介や幸之助たちにとって、松千代のことは長年の気がかりだった。統神家の先祖たちは今頃、皆で喜んでいるぞ。春人は今回のことで胸を張っていい」
「うん。僕さ、付喪神使いの力を今後も役立てたいと思ったよ」
「そうしてくれ。そしてどうか、長生きしてくれ」
「うん……」
雨月はそう言うと、タンスの上に置かれたお位牌に手を合わせた。お位牌の側面には小さな引き出しがついていて、引っ張り出すと中には薄い木の札が何枚も納められている。木の札には、統神の先祖たちの名前が書かれている。朔じいちゃんのは一番手前だ。
「春人は立派に統神の役目を果たしたぞ」
雨月はお位牌にそう言って微笑んだ。
僕はこの付喪神とこれからも生きていく。じいちゃんたち、見守っていてね。
第一部 ここまで。
明日から第二部です。よかったら下にある★★★★★で評価してくださると、第二部へのやる気が増します。
5月6日(水)の出来事。




