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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第三章 付喪神使いたち

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25 翔君と小鈴

 透子さんは小鈴さんの希望を翔君に伝えたほうがいいかどうか答えを下さずに考え込んでいた。

 帰り道、僕が「雨月は小鈴さんの話、どう思っているの?」と聞いても、雨月は腕組みをして答えない。


「オラの意見を言ってもいいでしょうか」

「もちろんだよ、千歳」

「オラは、翔さんに小鈴さんの思いを伝えたらいいと思うんです。オラだって春人さんが近くを通りかかるたびに、『ああ、いいなあ。優しそうなお方だなあ。お仕えしてえなあ』と思っていました。そうしたらある日、雨月の兄貴がしもべになっていて、焦ったんです。早くしないと、オラの出番は金輪際なくなっちまうって思いました」

「んん? 千歳は僕と雨月が一緒に暮らす前から、僕を知っていたってこと?」

「はい! 近くを毎日通っていましたよね」


 確かに僕は、役所への行き帰りに空き家の近くの道を通る。

 黙り込んでいた雨月が会話に参加した。


「お前は山の家で再会した時から優しい精気を放っていた。千歳はそれに気づいたのだろう。おそらくお前と千歳は相性がいいのだ」


 千歳が僕にぺたりとくっついて、「オラだって春人さんと相性がいいと思っていましたから!」と言いつつ猫のようにスリスリと僕に頭をこすりつける。すぐさま雨月が間に入って「やめろ、暑苦しい」と言って千歳を引き剥がした。


「透子は判断を榊原家に委ねると言っていた。俺たちが意見を言うべきではない」

「そうだね。翔君のお母さんがどこまでこの手の話を受け入れるかわからないしね。父さんみたいにこういう話を嫌う人もいるわけだし」


 僕の父さんは、この手の話に強い拒否感を持っていた。だから僕は五歳で血の契りを交わしたのに、二十七歳まで雨月の存在を知らなかった。中学で勉強に脱落し、母さんが亡くなったあの頃に雨月がいたら、僕はもう少し明るい少年時代を過ごしていたんじゃないかな。


「違う。春人の人生は春人が選んで進むものだ。俺がいるいないは関係ない」


 そうだけどさ。母さんが亡くなって父さんに見限られながらひとつ屋根の下で暮らしていたあの頃、なかなかつらかったんだよ。


「春人さん、今はもう、オラがいますから。寂しい思いなんか絶対にさせません。雨月兄さんは春人さんに厳しすぎます」

「甘やかすことが善きことではない。勘違いするな」

「喧嘩しないでよ。僕が甘えたことを言ったのが悪かった。さ、気分を変えよう。夕飯を作るね」


 冷蔵庫の整理を兼ねて、「カレー雑炊チーズ入り」にした。

 この前買った大きな土鍋にベーコン、鶏肉、ニンジン、玉ねぎ、グリーンピース、インゲンを入れて炒めた。そこに出汁を注ぎ、冷凍してあるご飯を投入。カレールーも入れて、火を止める直前にシュレッドチーズをたっぷり投入だ。


「うんまいですねえ。これがカレーライスですか」

「ちょっと違う。そのうち普通のカレーライスも作るね」

「幸之助はライスカレーと言っていたな。朔もライスカレーが大好きで、一人暮らしになってからもライスカレーを作っては、食べ切るまでずっと食べていた」

「今度、じいちゃんのカレーの作り方を教えてね」

「ああ、いいぞ」


 ◇


 昨夜のうちにメッセージを送って事情を伝えたから、昼前には榊原兄弟がうちに来た。


「僕はその小鈴というかんざししもべにしたいです」

「翔は夕べからずっとこう言っているんですが、手放しで喜べないことがあるから皆さんの顔が心配そうなんでしょう?」

「そうだ。俺は小鈴の戦いを見たことがないから、小鈴があやかしを撃退できるかどうかわからない。まずは俺が付喪神使いについて詳しい説明をしよう」


 雨月の話を聞き終えると、翔君が少しむきになった。


「つまり、かんざしじゃ僕を守れないかもってことなんですね。でも、かんざしだからこそいいこともあります。かんざしなら、いつでもどこでもポケットに入れて僕と一緒にいられます。それと、僕の付喪神使いとしての能力が高くなれば、小鈴さんの力も強くなるんですよね?」

「そうだ。互いに高め合う関係になる」

「僕の付喪神使いとしての能力が今どのくらいか、雨月さんはわかりますか?」


 雨月が言い淀んだ。なんでだ?

 しばらくシンとしていた部屋に、やっと雨月の声が響いた。


「とても高い」

「えっ! じゃあ、小鈴さんも強くなるってことですよね?」

「そうだが……。血の契りを交わせば、小鈴は一生離れないしもべになるんだぞ?」

「僕は嬉しいです。小鈴さんは僕のことを気に入ってくれているんでしょう? それがすごく嬉しいです」


 確かにかんざしならポケットに入れて持ち歩ける。それはだいぶ僕とは事情が違うな。うちは日本刀と伐採斧だからなぁ。

 だけど雨月は考え込んでいて、清隆さんも黙り込んでいる。


「翔君、お母さんはなんて言っているの?」

「お母さんは僕がそれで学校に行くなら好きにしていいわよと言っています」

「榊原さん、お母さんはちゃんと状況を理解してますか? 理解していなかったらまずいですよ。翔君はまだ十歳だもの」

「母がとことん理解しているかと言ったら怪しい気がしますが、かんざしの小鈴さんを持ち歩くことで翔が元気になれるならいいと言っています」


 僕は五歳で何も分からないまま血の契りを結ばされたけど、結果には大満足してるんだよねえ。どうしたものかなあ。

 それまで黙っていた千歳が意見を言った。


「榊原家に任せると言われても、やはり透子様に相談したらどうでしょうか。小鈴さんは透子さんの持ち物ですし」

「私もそれがいいと思います。統神君、今から行きましょう。私が連絡します」


 そんな経緯で現在、御物部家に全員が集まっている。透子さんは翔君を見るなり目を見開いた。


「雨月さん、この坊やは、すごいわね」

「はい。確かにこの歳でこれは珍しいと思います」

「オラもすごいと思います」

「椿、あなたはどう思う?」

「これだけ付喪神使いの力が強ければ、小鈴もさぞかし強くなると思います。葵もそう思うでしょう?」

「ええ。いずれ小鈴は私たちより強くなるんじゃないかしら」


 ありゃ。僕と榊原さんが蚊帳の外だ。


「透子さん、翔がどの程度強いのか、兄の私にわかるように説明していただけますか」

「そうだったわね、ごめんなさい。驚いて興奮してしまいました。翔君の付喪神使いとしての力は、かなり強いわ。今の私くらい力があるように思います」


 そんなにか。僕はどうなんだろう。そう思ったのが顔に出たらしい。


「統神さんは元々、付喪神使いの能力が高かったようね。そこに強い付喪神が二人付いたから、統神さんは危険な目に遭うことはあまりないと思うわ」

「僕の能力も高いんですか……」

「ええ。お二人に比べると、私の本来の力は低いんです。高い能力を持つ兄に守られてきました。だから鏡のような戦う力があまりないしもべでもどうにかなっていたの。話を戻しますね。翔さんは付喪神使いの能力がとても高い。本当なら刀や槍の付喪神をしもべにしてやりたいけれど、今はもうこの家にいないから……」


 少し考え込んでいた透子さんが、「ではこうしましょうか」と切り出した。


「まずは小鈴をここに連れてきます。顔合わせをいたしましょう」

「ほんとですか? 嬉しいです! 小鈴さんに会いたいです!」


 葵さんが「小鈴を連れて参ります」と言って、すぐに桐の小箱を手に戻ってきた。透子さんがかんざしを取り出して座卓に置くと、すぐに元気な声が聞こえた。


『透子様、この方が翔様ですね! なんて力が強いお方でしょう!』

「小鈴、はしゃぎ過ぎです。まだ何も決まっていませんよ?」

『お許しください! お会いできたのが嬉しくて、つい』


 透子さんが翔君を見た。


「小鈴は名前に似合わず元気いっぱいの付喪神です。しとやかな若い娘を想像していたら、がっかりするかもしれないわ」

「いえ! 今の言葉だけで僕は小鈴さんが気に入りました」

『翔様!』


 透子さんがかんざしに目を向けたら小鈴さんが静かになった。


「榊原さん、私は翔さんと小鈴が善き主としもべになりそうな気がするけれど」

「私には小鈴さんの声が聞こえないものですからよくわかりませんが、翔が気に入ったのなら、話を進めていいと思います」

「お兄ちゃん、ありがとう!」


 僕は(この勢いで話を進めていいものなの?)と落ち着かない。僕の心配をよそに、透子さんが自分の胸をポンと叩いてこう言った。


「翔君、小鈴と血の契りを交わしますか? 主と僕になってからわからないことがあれば、ここへ聞きに来ればいいわ。毎日来てもいいの。私が翔君の後ろ盾になりましょう」

「ありがとうございます! 今、小鈴さんと血の契りを結びたいです!」

『わあ! 嬉しいです、翔様!』


 あれよあれよという間に話が決まって、透子さんが裁縫箱から針を取り出した。

 血の契りを結んじゃうの? なんで急ぐの? そしてかんざしで指を刺すんじゃないの?


かんざしで血が出るまで刺したら、かなりの怪我になるだろうが」

「あ、そうか。僕のときは二回とも刃物だったからか」


 翔君は渡された針を迷うことなく左手の薬指に刺した。ぽっちりと小さく血の玉が盛り上がる。翔君がそのわずかな血をかんざしにそっと触れさせ、透子さんが小鈴さんを畳の上に置いた。


「血の契りはこれで完了です。小鈴、姿を見せなさい」

『はいっ!』



5月3日 (日)

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