24 蔵の中の付喪神たち
翔君は榊原さんと一緒に帰った。僕の答えに納得したのかしていないのかは、わからない。
僕は付喪神を僕にしたことを「よかった」としか言えなかったけど、あれは本心だ。
それから少ししてゴールデンウィークが始まった。今日は五月二日の土曜日。どこかに出かけたいとは思うけどどこも混んでいるだろうなと迷っていたら、透子さんからお誘いの手紙が来た。『明日、我が家で初夏の味を楽しみませんか』という内容だった。これはぜひ行きたい。透子さんの手料理は、高級な和食店みたいな美味しさなんだもの。それにあの蔵に、もう一度入ってみたいんだ。
「わあ、今日もすごいご馳走ですね」
「料理は私の楽しみなの。おばあさんの道楽に付き合ってくれてありがとうございます」
「そんな、僕こそお招きいただいて嬉しいです。これはほんのご挨拶の品です。お受け取りください」
「まあ、私の好きな色合いだわ」
持ってきたのは紫色を中心に作ってもらった花束だ。雨月が「この前、透子は薄い紫の服を着ていた。多分好きな色だ」とアドバイスしてくれて助かったな。何を買っても透子さんの家にそぐわない気がしていたけど、切り花なら貰っても邪魔にならないもんね。
使用人の女性が次々と料理を運んでくる。どれも食べたことがないものばかりだ。透子さん直筆のお品書きもある。
トリ貝とイカとインゲンの盛り合わせ、豆腐の田楽にソラマメをのせた小鉢、タコとゴボウとカボチャを炊いたもの、ホタルイカとレンコンの天ぷら、タイのお造り、鰻のかば焼きをのせたひと口サイズのごはんが三つ、焼きタケノコに山椒の葉、カステラみたいに甘い卵焼き。
どれもそこそこの量があるけど、本来はもっと少量ずつ出すものかもしれない。男三人で食べるからと多めにしてくれているんだろう。全部食べ終えて熱いお茶を飲む頃には、しっかり満腹になっていた。
千歳が物足りないようなら帰って家でおにぎりでもと思っていたけど、千歳は僕と目が合うとニッカニカしながらおなかを撫でている。
「先日、ご近所の息子さんがいらしてね、統神さんは榊原さんの長男さんと同じ部署になったんですってね」
前置きなく、透子さんが切り出し、「弟さんの話も聞きました」と言う。
透子さんが言うには、傍系の家筋に翔君のような子が生まれることは稀にあると、雨月と同じ説明をしてくれた。
ただ、翔君には引き継ぐべき付喪神がいない。付喪神使いがなんたるかを教える親も、付喪神のことで困ったときに頼れる人もいない。透子さんは翔君に対して、どう対応したものかと迷っているそうだ。
「遠い昔に付喪神使いがいたからといって、なんの知識もない子孫が付喪神を従えても幸せになれるとは限らないんです。それに、道具と人には相性というものがあります。一生縁を切れない僕と相性が悪かったら、主と僕の双方が苦しみます。うちの蔵には主を欲しがる付喪神が大勢いますが、あの蔵に残っているのは戦いに向かない品ばかり。十歳の子供に『どれかを僕として差し上げましょうか?』とは言えなくて……」
蔵に残っている? じゃあ、残らなかった付喪神はどこへ行ったんだ?
「平安の世から物を大切にしてきた我が家ですから、刀や槍、懐剣に弓と、戦いに向く付喪神も多くいました。でも兄が亡くなってすぐに、甥がここに来ましてね。『形見分けを要求する』と言って、武具だけを根こそぎ持ち去りました。甥とその子供たちは付喪神使いではないから……孫とひ孫に期待しているんでしょうね」
「強引に持ち去ったんですか? ずいぶんな話ですね」
透子さんが少し寂しそうな顔になった。
「甥はかなりの金融資産を相続したのですが、この家と土地は蔵の中の品を含めて私が相続しました。兄が生前からそう手配していたんです。甥はそれが腹立たしかったんでしょう。何よりも御物部家に生まれて能力なしというのは……。甥は幼い頃から強い劣等感を抱えてきたから、そんな行動に出る気持ちもわからなくはないの。だから法の場で争う気にはなれませんでした。残っている屏風や櫛、かんざし、硯などの付喪神は、私が大切に保管するのみです」
透子さんが妖に狙われて僕たちを頼ったのは、そういう事情だったのか。
それにしても、付喪神と付喪神使いに相性があったとは。僕は雨月と千歳が大好きだから、相性が悪い主従の組み合わせがあるなんて考えもしなかった。
「統神さんのところの二人は、最良の相性のようにお見受けします。幸せな主と幸せな僕ですわ」
「ありがとうございます」
「俺もそう思っている」
「オラもです。幸せです」
それまで部屋の隅に控えていた椿さんと葵さんが、互いに顔を見合わせて微笑んだ。透子さんたちも幸せな主従関係なんだね。
「あの、透子さん、僕にもう一度蔵を見せていただけませんか」
「ええ、かまいませんよ。何か気になる品がありました?」
「いえ、そうではなく、今日は僕にも付喪神の声を聞かせてもらえないかなあと思って」
「春人、やめておけ」
「心配しなくても大丈夫だよ。何か言われても透子さんのものを欲しがったりしない。そのくらいわきまえている」
「その心配ではない。お前は繊細だから心配しているんだ」
透子さんがクスッと笑った。
「雨月さん、春人さんは大人よ? 好きなようにさせてあげなさい。心配性のお父さんみたいだわ」
「父親などということは……」
「あるよ。雨月は普段から、心配性で過保護なお父さんみたいだからね」
雨月が何か言いたそうな顔で僕を見た。透子さんが立ち上がり、「さ、行きましょう」と言って歩き出す。
こうして僕は再び蔵に足を踏み入れたのだが。付喪神たちは思っていた以上に賑やかだった。
「若様、わたくし、硯の墨泉と申します。どなたかに文を贈るなら、ぜひわたくしにご用命くださいませ。どのような貴人にお渡ししても感心される文をしたためることができまする」
「若様、私は櫛華でございます。どうぞ私をお使いくださいませ。御髪の艶が増し、幾年を重ねようとも、御髪の豊かさを保てます」
「我は屏風の静影でございます。私を枕元に置いていただければ隙間風を防ぎ、安らかで心地よい眠りをお約束いたします」
若様って。今でいう「社長!」みたいな感じかな。
他にも文箱、衣装箪笥、香炉、箱枕などが「今こそ語らん」的な感じにアピールしてくる。笑いそうになったのは、行灯の付喪神だ。
行燈は「私は灯守と申しまして、夜警として優秀でございます。夜通し灯を絶やさず、若様の寝所をお守りいたします。どうぞ私をおそばに置いてくださいませ」と、時代劇の役者のようなことを言う。
笑ったら申し訳ないと思って奥歯を噛み締めてしまった。行燈の夜間警備か。ベランダで雨に打たれたら大変だ。紙がべろべろに剥がれてしまう。
それまで黙っていた雨月が、「小鈴、お前は何も言わないのだな」と棚の上に向かって声をかけた。小鈴って、あのかんざしの名前なんだろうね。すると小鈴さんが返事をした。
「若様には、もう雨月さんがいるではありませんか。斧もいる。私が加わったら三番目の僕でしょう? 雨月さんだけじゃなく、そこの若い斧にも気を遣うことになります。申し訳ありませんが遠慮します。私は……」
そこで小鈴さんは黙り込んだ。
「言いたいことを言っていいのよ、小鈴」
「いいえ透子様。お世話になって大切に守られている身で、言いにくいことですわ」
透子さんが上品に苦笑した。
「そこまで言ったら本音を言ったも同然です。お前にはお仕えしたい人がいるってことね?」
「つい口が滑りました。身の程をわきまえないことです。どうぞお忘れくださいませ、透子様」
「小鈴、もしやあなた、翔君を気に入っているの?」
小鈴さんは答えなかった。当たりなんだろうね。
透子さんは「おやまあ。まだ顔も合わせていないのに」とつぶやいた。
5月2-3日(土-日)のできごと




