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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第三章 付喪神使いたち

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20 御物部家

 沢花神社の夜から十日。マンションの郵便受けに、ふっくらと膨らんだ封筒が届いた。

 上等な和紙の縦型封筒には、墨痕ぼっこん鮮やかに僕の名前。差出人は御物部おんものべ透子とうこさんだ。巻紙の手紙を初めて貰った。

 内容は、先日の妖討伐のお礼と、四月二十六日の日曜日、正午に感謝の会を開きたいが都合はいかが? というお誘いだった。もちろん雨月と千歳も一緒にと。

 

「お金持ちそうだなとは思っていたけど、透子さんの家は松濤しょうとうなのか。松濤って、政治家や大企業オーナーの豪邸が並んでるイメージだけど、透子さんはどういう家柄の人なんだろう。雨月は知ってる?」

「御物部家は平安時代に成立した家だ。承久の乱で京都での後ろ盾を失い、東国へ下向したはず。統神とうがみで最初に俺の主となった惣右衛門そうえもんがその手のことに詳しかった。晩酌しながら、よく話をしてくれた」


 こういうとき、昔に詰め込んだ受験用の知識が役に立つ。

 承久の乱は千二百二十一年。後鳥羽上皇率いる朝廷軍が戦いを仕掛けたものの、北条義時率いる鎌倉幕府軍が勝った。武士が全国支配するきっかけになった戦いだ。


「御物部家は戦闘からは距離を置いていた」

「だから透子さんのしもべが手鏡なのかなあ。とにかくこれは雨月と千歳が主役の会だ。感謝の会、行くでしょ?」

「ああ、訪問しよう。御物部家に収蔵されている品に興味がある」

「オラも行きたいです。春人さんが食べていた透子さんのお弁当、美味しそうでした。店で茶碗を洗いながらよだれが出ました」


 そうだね。あのお弁当は美味しかった。

 さて返事を出さなきゃとボールペンを手に取ったけど、僕は字が下手だし万年筆さえ持ってない。水茎の跡も麗しい手紙の返事を書くのは気が重い。そもそも手書きの手紙なんて、年賀状でさえずっと書いていない。

 

 すると千歳が「春人さん、すずめが来てます」と教えてくれた。ベランダに出ると雀は逃げる様子もなく、僕をじっと見上げている。おとぎ話みたいなこの状況にわくわくする。

 雀に向かって、「透子さんに『喜んでお招きにあずかります』と伝えておくれ」と話しかけると、雀は「チチッ」と返事をして飛び立った。


「千歳、今の見た? 僕の言葉を雀が理解してくれたよ! すごいね!」

「春人さんは付喪神使いですから。椿さんの眷属けんぞくに言葉が通じますよ」

「そういうものなの?」

「はい! 春人さんはすごい力をお持ちですから」


 そうなの? 雨月からは何も聞いてないけど。もうちょっと情報を出してくれないかなあ、僕の付喪神は。



 透子さんの自宅は何かの記念館かと思うほど広くて立派だ。

 東京の一等地なのに庭がとても広い。自然な雑木林に見せかけて手入れが行き届いている木立。掃き清められた小道には白い玉砂利が敷かれている。そこには枯れ葉の一枚も落ちていない。

 椿さんに招き入れられて家に入ると、飴色に磨かれた長い廊下が続いている。

 思わず(僕たちの服装は場違いなのでは?)と弱気になった。僕と千歳はパーカーにジーンズで、雨月は薄手のニットの上から春物のジャケットを着ている。僕もジャケットにすべきだったか。

 案内された部屋の前に、葵さんが立っていた。


「統神様、雨月様、千歳様。ようこそおいでくださいました。透子様がお待ちでございます」

「こんにちは。これをどうぞ。山風さんぷうどうのどら焼きです」

「ご丁寧にありがとうございます。頂戴いたします」


 障子を開けると十六畳の和室だ。大きな座卓と分厚い座布団が敷かれている。透子さんは僕たちが入ると座布団から下りて三つ指をついて迎えてくれた。


「透子さん、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

「お礼を申し上げるのは私のほうです。おかげさまで葵は回復いたしました。ささやかですが、お食事をご用意いたしました。どうぞお楽しみくださいませ」


 透子さんがそう言い終わると、次々に料理が運ばれてきた。

 あんかけの胡麻豆腐、水ナスと蒸した白身魚の小鉢、鮪と鯛と鯵のお造り。料理が好きな僕でも魚は億劫になるから、これはありがたい。金目鯛の焼き物、小ぶりなステーキには黄色のぽってりしたソースがかけられている。

 どれも美味しくて感動しながら食べていたら、葵さんが頭を下げた。

 

「ご心配をおかけしました。おかげさまで無事にこの姿に戻れました。昨夜のうちに、あの八重桜の元に参りました。私と椿が力を注ぎ、再びつぼみをつけたのを確かめました」

「葵さんの体調はもう戻ったんですか?」

「はい、もうすっかり。透子様は強いお力の持ち主なので、おそばにいるだけで私たちも元気になれるんです」


 そこで透子さんが僕に「差し出がましいようですが」と話しかけてくれた。


「統神さんは付喪神使いのことを最近知ったばかりとおっしゃっていましたね。私でわかることでしたら、説明します」

「僕はまだ、何を知らないのかもわからないんです。なので、まずは御物部家のお話を聞かせていただけますか?」

「承知しました」


 そこから透子さんが話してくれたのは、平安時代から続く御物部家の歴史だ。


「御物部家は平安時代に成立した家です。先祖は朝廷に仕えた下級役人で、武功で名を上げた家ではありません。代々、書物や調度品の管理を職務としていました。物を預かり、守るのが役目でした。御物部という姓は、みかどや貴人の御物ぎょぶつを管理していたことに由来します」


 椿さんと葵さんは、うんうんとうなずきながら聞いているけど、平安時代にさかのぼる家柄とは。スケールが大きくてドキドキするよ。


「御物部家には『古いもの、忘れられたものを粗末にするな』という家訓があるんです。なので蔵には、鏡、箪笥、茶道具、掛軸、文箱、筆、硯などが何百年分も保管されています。私も幼い頃から古美術への関心が強く、古書の保存修復法を学びました。今でも古書の修復を頼まれて、細々と働いているんですよ」

「椿さんたちとはいつから主従関係にあるんですか?」

「私が五歳のときに血の契りを交わしましたから、もう六十年以上になります。この二人はもう、頼もしい娘のような、孫のような存在です」


 そこで透子さんは庭に目を向けた。


「この屋敷も、以前は私の兄の景継かげつぐが付喪神と共に守っていましたが、昨年亡くなりまして。兄のしもべは元の槍に戻りました。その槍は事情があってもうここにはありません。寂しいことです」


 対の鏡だけでよくここまで無事だったなと思っていたけど、お兄さんのしもべが透子さんと屋敷を守っていたのか。兄妹きょうだい揃って付喪神使いってのもすごいな。

 透子さんはお酒を勧めてくれたけど、それは辞退した。僕が酔っているときに妖が近寄ってきたら、雨月たちのお荷物になるもの。

 雨月と千歳は無言で食べながら透子さんの話を聞いていたけれど、デザートのわらび餅を食べ終えた雨月が「もしよろしければですが」と口を開いた。


「何かしら? 雨月さんは私の命の恩人ですもの、なんでもおっしゃって」

「こちらに収蔵されている品を、拝見できますか?」

「もちろんです。では今から蔵を見に行きましょうか」

「ありがとうございます」

「椿、葵、先に蔵へ行ってちょうだい」

「はい、透子様」


 二人の付喪神は素早く部屋を出た。


「さあ春人さんたちも一緒に行きましょうか」

「あっ、はい。楽しみです」


 透子さん、雨月、僕と千歳で蔵へと向かう。

 玉砂利の小道を進むと、黒竹くろちくの向こう側に蔵があった。時代劇に出てくるような蔵の扉には大きな南京錠がぶら下がっている。もう鍵が外され分厚い扉も開かれていて、椿さんと葵さんが入り口で待っていた。


「さあ、どうぞ。箱入りのものは、どれでもお好きに蓋を開けてご覧ください」


 雨月が「失礼します」と言って最初に足を踏み入れ、片足だけ蔵に踏み込んだ状態で動きを止めた。僕が「雨月? どうかした?」と聞いても返事がない。雨月が葵さんを見た。葵さんが雨月の目を見ながらゆっくりうなずく。

 二人の付喪神の間に、絶対何かしらの意思疎通があったはずだけど、僕にはそれがどんな意味だったのかわからない。


「雨月、僕も入るよ? いいんだよね?」

「ああ、大丈夫だ。俺がいるからな」


 雨月の声が普段より大きく、発音がはっきりしている。まるで誰かに聞かせているみたいな……。

 

 

4月20日-26日のできごと

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