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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第三章 付喪神使いたち

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19/49

19 区役所の不思議人

 僕は今、庁舎の小会議室にいる。副区長と榊原清隆さんの前で、小首をかしげつつ話を聞いているところだ。


「つまり、新年度が始まったばかりで僕は部署替えになるんですね?」

「そうではないよ。榊原君が忙しいときだけ、彼を補佐してほしいんだ。榊原君は曜日や時間に関係なく、地域安全課の仕事で地区の皆さんと話し合うことがあってね。今のままでは榊原君に負担がかかり過ぎるんだよ」

「そうなんですよ、統神君。働き方改革が言われるようになって久しいのに、地域安全課の状況が今のままではまずいんです。私の仕事を手伝ってくれる人を捜していたんですが、君が適任だと私が判断して推薦した次第です」


 なんで僕が? とは聞けない。聞けば藪蛇やぶへびになりそうな予感がする。

 副区長は「休日出勤と時間外の手当てはきっちり出るから。そこは安心してくれたまえ」と言うけど、僕は時間外手当よりも規則正しい生活を望んでいる。雨月と千歳の登場でだいぶそれが揺らいでいるけど、付喪神に加えて榊原さんか。


 規則正しい生活を送りたいという僕の願いは砕け散り、地域安全課の仕事を手伝う話が決まってしまった。席に戻ってしょんぼりしていたら、榊原さんから所内メールが届いた。

 

『先ほどはありがとうございました。

 統神君にご協力いただけることになり、大変嬉しく思っております。

 そうそう、あの空き家は取り壊されました。実はこれまで、取り壊そうとするたびに重機が動かなくなったり、作業員のヘルメットが何個も割れたり、作業用具が壊れたりして、数度にわたって工事が中止になっていました。

 ですが、今回はトラブルもなく、無事に作業が完了しました。

 まるで統神君が厄介ごとの原因を取り除いてくれたかのようでした。もちろん、これは冗談ですよ。

 これからは統神君のお力添えを期待しております。  榊原』


 その冗談は全然笑えないです、榊原さん。やっぱりあの人は雨月と千歳について、何かしら気づいているような。

 思わず「はあぁ」とため息をついたら、隣の席の石原いしはらさんが「どうかしたの?」と聞いてくれた。石原さんは五十代の女性で、いろんな部署を経験しているベテランだ。

 榊原さんの推薦で地域安全部の仕事を手伝うことになった、と石原さんに説明した。


「へえ、榊原氏に気に入られたわけね。彼、この区役所の不思議ふしぎびとなのよね」

「どういう意味ですか?」

「私たちは早くて三年、長くても五年で部署移動になるでしょ? でも榊原氏だけはずっと地域安全課なの。もう七年になるわ」


 石原さんの話では、七年前に道路の拡張工事で区側と地域住民が揉めた。その際に新人の榊原さんがその地区の顔役を説得したらしい。榊原さんは何度も顔役の家に出向いて話し合いを重ねているうちに、顔役に気に入られたそうだ。

 その顔役は「榊原さんが今後も区と区民の話し合いの窓口になってくれるなら」という条件つきで、計画どおりに道路を拡張することに同意したらしい。

 榊原さんの評価は上がり、本人も「この先も地域安全課で区政のお役に立ちたい」と言って今に至るそうだ。


「そんな事情があったとしても、普通はずっと地域安全課のままなんてことはないんだけどね。当の榊原氏は母校の大学で、今も語り継がれるほど優秀な学生だったらしいわよ。なんで学者を目指さないで就職したのかって、周囲の人が驚いたらしいわ。私の甥っ子が同じ大学の後輩なの」

「へえ」

 

 僕は彼を何かのオタクだと思っていたけど、オタクある天才だったか。常人でないのは正解だったわけね。

 帰宅途中で雨月と千歳にその話をしていたら、雨月が咎めるような視線を千歳に向けた。


「俺は榊原のメールで驚いた。千歳、お前は空き家でなんということをやっていたのか。工事の人間を困らせるなど、まるで災いを招くあやかしの所業だ。愚か者め」

「すみませんでした。でもオラ、あの家がなくなったら二度と四代目に会えないと思って、つい」

「つい、ではない。あのようなことは二度とするな。春人に迷惑がかかる」

「はい、もう二度としません。約束します」


 千歳が約束したところで、ラーメン屋さんへ行くことにした。この前、千歳が袋麺を食べながら、何度も美味しいと繰り返していた。だからプロが作るラーメンを食べさせたくなったんだ。家系とさっぱり系、どっちにしようかと考えて、初回はさっぱり系が無難かなと判断した。僕が何度か入ったことがある、醤油ラーメンの店に三人で入った。


 醤油ベースのタレに鶏ガラ出汁だしの透き通ったスープとちぢれ麺。トッピングはチャーシュー二枚、海苔、なると、メンマ、刻みネギ。味玉を追加した。ニカニカと笑いを堪えられない千歳は、レンゲでスープをひと口飲むなり「ほああ、うんまいなあ」と漏らした。それから猛烈な勢いで食べている。雨月は麺を食べて「うん、旨い」とひと言。

 僕たちは店の隅のテーブル席で、他の客から離れていたからリラックスして食べられた。千歳は人前で何を言いだすか、まだ安心できないところがある。混んでいなかったのは幸いだった。


「千歳は重機を動かないようにしたり、ヘルメットを割ったりできるんだね」

「実はオラ、必死に『やめろ!』と思っただけなんです。ああしてやろう、こうしてやろうと思ったわけではないです」

「だとしたら、こいつが興奮したら何をしでかすかわからないな」


 千歳は困り顔で雨月は思案顔。

 そのうち「仕方ない。こいつが己の力を制御できるようになるまでは、おれが監視しつつ教えてやる」と言う。千歳は「すんません、兄貴。お世話をおかけします」と頭を下げた。


「でも、どこで練習するの? 東京にそんな場所があるかなぁ」

「少し離れている間に、東京は以前にもまして人が増えた。場所探しからだな」


 そんな会話をしている間に、雨月はスープを飲み干している。完食まで静かだった。

 千歳はまだ満足していないように見える。「物足りない?」と聞いたら、恥ずかしそうに「はい」と答える。可愛い。弟みたいだ。千歳に炒飯を頼んだが、雨月はいらないと言う。

 追加した炒飯には角切りのチャーシューがたっぷりだ。千歳が炒飯を口に入れてうっとりしている。


 帰り道、手のひら大の妖が二匹、藪蚊やぶかのように僕らの周囲にまとわりついた。千歳が「オラが」と言ったけれど、雨月は「俺がやる」と言って千歳を制止した。千歳は「はい」と返事して、胸の前で持っていた斧を消した。そして雨月の背後にいる僕を守るように、千歳が右隣を歩く。


 周囲には人がいる。多少離れてるとはいえ、雨月はどうするつもりなんだろう。そう思って見ていたら、雨月は歩きながら右腕を素早く動かした。動きが速すぎてどう動いたのかわからない。妖は「キッ」という声を残して消えた。声が聞こえた時には、雨月の右手からすでに刀が消えていた。

 千歳は「ほわあ、さすがです兄貴」と感心している。


 その夜は雨月がカフェの店長にもらったシフォンケーキでお茶を飲んだ。店長は「雨月君と千歳君のおかげで、店が繁盛しているよ」と喜んでいたらしい。


「兄貴はすんごい人気です」

「だろうね」

「でも春人さん、いろんなお客さんに話しかけられてるのに、兄貴は薄ら笑いをするだけで答えねえんです」

「薄ら笑いではない。あれは微笑みだ」


 そのやり取りがつぼに入ってしまって、僕はしばらくクスクス笑いが止まらなくなった。

 夜は穏やかに眠った。我が家にはお札が増えていて、妖は侵入しなくなった。


 

 


4月10日(金)

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