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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第二章 新たな付喪神

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17 沢花神社

 朝ごはんの準備をしながら、不思議に思う。

 雨月はなぜ沢花さわはな神社を指定したのか。深夜に訪れるという妖を、沢花神社に呼び寄せるつもりなのだろうか。

 

 検索しても沢花神社に特に目立った項目はない。

 江戸時代の日照りの夏に、その神社だけは井戸が枯れず、広く周囲の民の命を救ったという言い伝えがあるだけだ。

 なぜ沢花神社に透子さんを呼び出すのか聞いたけど、雨月は「椿と葵から話を聞いてみないとなんとも言えない」と言うだけ。

 雨月は秘密主義だ。それは僕が頼りないひよっこあるじだからなのか。


 ごはん、小松菜と油揚げのお味噌汁、目玉焼きと納豆、味付け海苔の朝食を食べながら、雨月が「待ち合わせは夜の九時だが、俺たちは早めに出発しよう」と言う。それなら今夜は外食だな。牛丼がいい。僕は牛丼を食べると元気が出る気がする。

 仕事に専念して、夕方六時。いつものように集合した。


 三人で牛丼屋さんに入った。雨月はいつものように美しい所作で牛丼を食べ、千歳は「うんまい。なんてうんまいんだろう」と繰り返して、牛丼を豪快にわっしゃわっしゃと二杯食べた。うんうん、おなかいっぱいお食べよ。

 雨月が「だいぶ早いが、行くぞ」と言って先頭を歩き、僕と千歳が後に続いた。


 沢花神社はオフィス街と住宅街の間にあった。東京で育った僕でも知らないような、目立たない神社だ。

 鳥居と狛犬の奥向こうに、一分咲きくらいの八重桜が生えている。幹が太くて古そうな八重桜だ。雨月は一礼して鳥居をくぐり、「春人、手水舎ちょうずやで身を清めるぞ」と言う。三人で手と口を清めると、雨月が八重桜の幹に手を当てて目を閉じた。八重桜に向かって声を出さずに何かをつぶやいている。

 

 つぶやき終わった雨月が、これからの段取りを説明してくれた。雨月が妖と戦うことになった場合、僕は襲われないように身を隠す以外、やることがなかった。身を隠したって無駄な気がするけど、他に僕ができることはない。

 透子とうこさんたちも九時前に来た。雨月は椿さんと葵さんに妖の話を詳しく質問し、三人が答えている。見た目、動く速さ、声を出すのか出さないのか。

 妖は人間よりだいぶ大きく、声を出さず、ゆっくり動くそうだ。


「おおよそ見当がついた。俺が斬ったことのあるたぐいだな。椿と葵は、透子と春人を死守することを役目と心得ろ」

「では、お助けくださるのですか?」

「そうだ」

「ありがとうございます!」

「礼を言うのは、妖を始末してからだ。それから……」


 雨月が作戦を説明したのだけど、聞いたことのない言葉が多い。僕は半分も理解できなかった。

 僕と透子さんは雨月の指示に従って、お賽銭箱と本殿の扉の間に身を隠した。その両側に椿さんと葵さんが立つ。二人の手には手鏡。椿さんの手鏡には赤い椿の花、葵さんの手鏡には緑色の葵の葉が描かれている。

 雨月と千歳は境内の中央に立った。


 二人の持つ手鏡が、ぼんやりと明るく見える。街灯の光を反射しているのかと思ったけど、どう見ても鏡がわずかに発光していた。

 そのままどのくらい時間が過ぎただろうか。シンと静かな境内で、雨月の「来た」と言う声がした。それを聞いて、怖くて鳥肌が立つ。

 これは僕が望んだことだ。僕の付喪神が戦ってくれるんだ。この目で雨月と千歳の戦いをしっかり見届ける。


 少しして、鳥居の向こう側に黒いものが現れた。夜の暗がりの中にいてもなお黒い何か。

 黒いものは鳥居の前で動きが止まり、次に道路の排水溝に入り込んだ。それからすぐに、手水舎の排水溝からモヤモヤと湧き出てきた。すかさず千歳が伐採斧を振りかぶろうとしたけど、「まだだ」と雨月に止められた。雨月は妖が全身を現すまで待つつもりらしい。


 ゆっくり、しかし確実に黒いものは体積を増して、最後はずるりと排水溝から体を引き抜いた。

 背の高さは雨月より少し低いが、胴回りはかなり太い。妖には顔がなかった。子供が粘土を適当にこねて円錐形にしたような形。それが透子さんを求めて辺りを窺っている。動きが妙に人間じみていて気持ち悪い。

 匂いを嗅ぐような動作をしていた妖は、顔のない頭部を僕と透子さんに向けてピタリと固定した。きっと僕も狙われている。思わず身震いをすると、透子さんが僕の手をギュッと握ってくれた。

 

 ビリビリするような緊張感の中、雨月は両手で持った打刀うちがたなで、真っ黒な妖を斜めに斬った、と思ったんだけど。

 ずるりと斜めに滑り落ちた妖の上半身が、ゆっくりと元に戻っていく。ふるふる震えながら元に戻る様子が、濃度の高いゼリーみたいだ。


 続いて千歳が「やっ!」と声を放って斧を振り回し、妖を削り飛ばした。だが飛ばされた黒い塊も、ゆっくりと地面を這って本体に合流する。まるで映画に出てくる液体金属ロボットのよう。

 

 雨月と千歳が繰り返し妖を斬るけれど、妖は元に戻る。そして僕たちの方へとジリジリ近寄ってくる。 

 雨月は切り続け、妖は再生する。それをもう何十回も繰り返している。これではきりがないのでは?

 そう思っていたけど、妖の再生スピードが少しずつ遅くなっているのに気づいた。

 透子さんが「効いているわ」と誰に言うともなくつぶやいた。

 雨月が跳躍して妖を上から縦半分に割り裂いた。続いて千歳が「ふんっ!」と、妖の頭部を削り飛ばす。


「葵!」


 雨月が大きな声を出した。僕の隣に立っていた葵さんが動いた。彼女の手鏡は今やはっきりと光り、その光はスポットライトのように八重桜を照らしている。なぜ八重桜を? と見ていると、八重桜の固く閉じていたつぼみがどんどん膨らみ、みるみる満開になっていく。


 開ききった花は、軸をつけたまま花ごとポタポタと妖の上に落ちた。花が妖に触れると、ジュウッ、ジュウッという音がする。八重桜の花にまみれた妖は、花に触れているところからゆっくり溶けていた。

 千歳に斬り飛ばされた欠片が本体に合流しようとしても、妖の本体にびっしりと貼り付いた花に阻まれ、ずるりと地面に滑り落ちてしまう。


 二人の付喪神が激しく戦っているうちに、一気に開いた八重桜の花が全部落ちた。

 真っ黒な妖と境内の地面が、ぽってりした花で白く染まっている。


4月7日(火)のできごと

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