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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第二章 新たな付喪神

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16/47

16 袋麺

 僕は雨月が昨夜言った言葉を思い出している。

 付喪神は主から遠く離れると人の姿を保てないらしい。

 僕と雨月の場合、今はまだ百メートルくらいしか離れられない。もっと付き合いが長くなれば、人の形を保てる距離も伸びるそうだ。

 

 諸々(もろもろ)を考慮すると、僕が雨月たちを連れて透子さんの家に行くのが一番手っ取り早い。

 その結論に深く息を吐いた。

 透子さんの家に毎夜訪れる妖を想像すると、腹の底から恐ろしい。人の精気を吸うあやかし。そんなものに自分から近寄るなんて、狂気の沙汰だ。

 でもここで知らん顔をしたら、そして透子さんが命を奪われたら、僕は一生苦しむだろう。

 だけど戦うのは僕じゃない。雨月と千歳だ。それが苦しい。


「うちの付喪神と相談してからお返事をするということでよろしいでしょうか」

「いいえ、今の話は聞き流してください。私はまず、打てる手を全て打ちますので」

「透子様、そんな悠長なことを言っているうちにお体が弱ります。統神様、どうか透子様をお助けください」


 ここで「はい」は言えない。返事は保留にした。

 昼休みはそれで終わり、椿さんに「雀がお返事を受け取りに参ります」と言われて解散した。雀が連絡係か。透子さんはスマホを持っていないのだろうか。

 仕事を終え、雨月と千歳を待った。六時を少し過ぎて、雨月と千歳が庁舎前に走ってきた。


「二人ともお疲れ様」

「春人、お前ってやつは!」

「雨月兄さん、人目があります。ここではこらえてください」


 弟分の千歳にそう言われて、目を吊り上げていた雨月がスッと真顔になった。

 帰宅してドアを閉めると、さっそく雨月が怒りだした。


「敵の正体もわからないのに断らなかったな?」

「でも請け負ってもいないよ。雨月たちに聞いてみるって言っただけだ」

「お前の口調は引き受けたいと言っているようなものだったが?」


 そう言われたらそうだったかもしれない。戦うのは僕じゃないのに。


「雨月兄さん、春人さんはオラの願いを聞いて……」

「そうだな。お前は春人の優しさを当てにして、大切な主を巻き込もうとした。お前は人の姿を保ったまま、自分がどれだけ春人から離れられるかわかっているのか?」

「いえ……わかっていません」

「おそらく俺と変わらない。一町ほどだ。つまりお前は自分が助けると言いつつ、強い妖の近くまで春人を連れ出そうとしているんだ」


 雨月の声には本気の怒りがこもっている。千歳が大きな体を縮こめた。


「雨月、そこまでにして。それとね、僕は千歳の話を聞いたから乗り気になったわけじゃない。僕は自分と透子さんのために助けてやりたいと思ったんだ。だけど戦うのは僕じゃなくて雨月と千歳だものね。無責任な対応だった。反省している。ごめんなさい」

「俺は戦いたくないから怒っているのではない。お前は俺を従えたばかりで、強い妖の恐ろしさをわかっていない。俺と千歳が倒されれば、襲われるのは透子だけではない。お前も襲われるんだ」


 そう言って僕を見る雨月の目にはもう怒りがない。切れ長の目には心配と悲しみが浮かんでいる。

 雨月は自分が倒されることよりも、僕が襲われることを恐れている。こんなに僕の身を案じてくれる雨月の気持ちを、僕は芯のところでわかっていなかった。

 その上僕は、雨月がどんな妖より強いと思い込んでいた。「何でもできると思うなよ」と言われたばかりなのに。

 

「僕が愚かだった。この話は諦めるよ」

「待て。そう決めるのはまだ早い。椿と葵から詳しい話を聞いてからでも断ることはできる。透子の話では、手鏡の二人でもどうにか数日は押しとどめることができたらしいからな。俺が案ずるよりは強くないかもしれない」

「椿さんたちから話を聞いてくれるの? でも、あの人たちの家がどこか聞いてない」

「問題ない。夜なのにすずめが来ている。椿の眷属けんぞくだろう」


 そう言われて急いでサッシを開けると、ベランダの手すりで雀が一羽、ちんまりと羽を休めている。

 後ろから来た雨月が雀に向かって話しかけた。


「椿に伝えろ。明日の夜九時、主を連れて沢花さわはな神社に来いと。さあ、行け」


 雀が夜空へ飛び去った。

 雨月、ありがとう。戦うのは雨月なのに、僕は自分が苦しみたくないから透子さんを助けたいと思った。これからは十分考えてから対応するよ。だから僕に呆れても見放さないでほしい。


「俺が春人を見捨てることなどない。安心しろ。お前は心根が優しい。本当は震えあがるほど妖が恐ろしいのに、透子を助けたいと思っている。それが春人の善きところだ」

「うん……。ありがとう、雨月」

「ただ、詳しい話を聞いて引き受けない場合もある。残酷なようだが、俺が命と引き換えにしても守りたいのは春人だ」


 雨月の言葉に、胸がいっぱいになった。


「オラだって春人さんが一番大切です!」

「もちろん千歳のことも大好きだし、大切にするよ」

「春人さん!」

「お前たちのやり取りは毎度暑苦しいな」


 思わずぷはっと笑ってしまった。


「あ、もうこんな時間だ。今夜のごはんは袋麺でいい? 久しぶりに袋入りのラーメンを食べたいんだけど」

「うわあ、ラーメン! オラも食べてみたかったんです! 四代目もラーメンが大好きでした」


 まずは具の準備だ。コップ二杯の水に小さじ一杯の塩を入れて、冷凍庫のシーフードミックスを放り込んで解凍する。

 解凍している間にあり合わせの野菜と冷凍のコーンを炒め、並行して鍋に三人分のお湯を沸かす。僕はこんな感じで時間を逆算しつつ同時進行で料理をするのが楽しい。

 

 八割がた火が通った野菜炒めをお皿に移して、解凍したシーフードミックスの水をキッチンペーパーで丁寧に押さえて取った。こうするとシーフードミックスが断然美味しくなる。お湯が沸騰したから麺を投入。

 シーフードミックスを炒め、野菜炒めを加えて炒め終わる頃には麺もゆで上がっている。器に粉末スープを入れようとしてちょうどいい大きさの器が二つしかないのに気づいた。


「しまった。どんぶりが二つしかないんだった」

「オラ、鍋から食います! 四代目もそうしてました」

「それはあんまりじゃない? 僕がお茶碗で食べるよ」

「千歳がいいと言っているんだから、好きにさせればいい」


 ラーメンにたっぷりの具をのせて、三人で「いただきます」と手を合わせた。


「うんまいです! ラーメンはこんなに旨いもんなんですね」

「お店で食べるラーメンはまた別の美味しさだよ。今度三人で食べに行こう」

「楽しみです! オラ、頑張って稼ぎます!」

「ラーメンは僕がご馳走するよ。そうだ、食後のアイスもあるからね」


 雨月がほんのり嬉しそうな顔をした。雨月はアイスも好きらしい。

 ラーメンの後にカップアイスを食べながら「ねえ、雨月と千歳は眷属けんぞくってのを使わないの?」と聞くと、雨月が「俺は使わない」と即答した。千歳は「オラは持てるなら眷属を持ちたいですけど、今はまだ早いと思っています」という答え。


「春人、俺たちは貯蓄の必要がない。カフェで働くのはお前のそばにいるためだ。俺たちの稼ぎを全部受け取れ」

「ええ? それはいいよ。食費だけ三等分してくれたらいいんだよ。本当なら僕が全部負担したいけど、今の給料だと無理なんだ。お金は持っていても邪魔にならないから、持っていなよ」

「では千歳からは二人前を受け取れ。こいつは予想どおり大食いだ」


 千歳が「オラ、食い過ぎだったですか?」と慌てる姿が可愛くて思わず笑ってしまう。「そんなことないよ」と言うと、しょんぼりしていた千歳が「よかったぁ!」と笑う。無邪気で陽気な大型犬みたいで本当に可愛い。

 雨月と千歳が交代でお風呂に入り、僕たちは眠りに就いた。

 

 明日の夜、雨月は透子さんたちを神社に呼び出してどうするつもりなんだろう。


 

4月6日(月)のできごと

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