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付喪神のいる食卓 ~気弱な僕が"真の主"になるまでの物語~  作者: 守雨
第二章 新たな付喪神

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11/48

11 斧の思い出

 今日は土曜日。以前は週末の休みを家事と映画、読書に費やしていた。

 だけど今日は雨月と暮らすようになってから初めての週末だ。


「雨月、何かしたいことがある?」

「掃除がしたい」

「十分きれいだと思うけど?」

「いや。以前から思っていたが、フロアワイパーとやらで床を撫でるだけなのが気にいらん。水拭きをしたい」

「あ、うん、雨月がやりたいならどうぞ。そうだ、今日は神札しんさつを貰いに行こうか」

「神札は『授かる』と言うのだ」

「はい、そうでした」


 雨月に古いタオルを渡したら、せっせと床を水拭きしている。


「これが終わったらプリンを馳走になっていいだろうか」

「いいよ。今日のプリンは抹茶味だ」

「抹茶味のプリンか」


 雨月が味を想像したらしく、うっすら笑った。僕は暴力的な雨月の色気にたじろいでしまう。

 今日は掃除と買い物、作り置きのおかずを作って過ごした。それから近所の神社に参って魔除御札まよけおふだと書かれた神札を授かり、親子丼の夕食を食べて、今はくつろいでいる。

 ふと、雨月が統神の家でプリンを食べたことがあると言っていたのを思い出した。

 

「雨月が以前に食べたプリンは、幸之助さんが作ってくれたの?」

「いや、作ったのは幸之助のさい多恵たえだ。多恵はポンディングと言っていたな」


 思い出を語るとき、雨月の目はいつも優しい。

 多恵さんは新聞で仕入れたばかりの知識で、自分でも食べたことがない卵プリンを作った。湯飲み茶わんにプリン液を注ぎ、蒸し器で作ったらしい。

 卵と白砂糖を使うのは当時の統神家では贅沢なことで、集落の行事を無事に終えた慰労の品として作られたそうだ。

 

「明日、旦那様に食べていただくの。明日の旦那様はきっと、宿酔しゅくすいだろうから」


 宿酔とは二日酔いのことだと雨月が教えてくれた。

 幸之助さんと主従関係だった雨月は、村の人々にも知られていたという。幸之助さんが妖を一手に引き受けて雨月がそれを斬り伏せるから、村は平穏で人々に感謝されていたと。

 多恵さんはプリン液を蒸している間、雨月にこんなことを言ったそうだ。


「朔には統神の力がないでしょう? あの子はいずれ、それを負い目に思うでしょうね。旦那様が寿命を迎えれば、雨月は刀に戻ってしまう。それでもどうか、朔を見守ってやっておくれ。朔の子に統神の力があったら、その子のしもべになって守ってあげてほしい」

「承知した」

 

 雨月はそう答えたけれど、朔の娘である僕の母さんの薫にも統神の力はなかった。朔じいちゃんはとても気落ちしたらしい。


「お前があの家に戻ってきてくれて、とても嬉しかった。俺はあの世にいる多恵に手を合わせ、『俺は約束を守り、朔の孫のしもべとなったぞ』と報告した」

「いい話だよねえ。でも僕がその話で一番驚くのは、集落の人たちが雨月を付喪神として受け入れていたことだよ。幸之助さんの時代って、明治時代でしょう?」


 雨月が「そうだ」とうなずく。


「バス停の名が『統神』だっただろう? 幸之助の祖父の淳之介も能力を持っていたから、集落の者たちは統神家の力と俺の存在を自然に受け入れていた。それどころか、子が生まれるとあの坂道を上って俺に見せに来たものだ。俺は赤子の頭に手で触れて、その子の無事を祈った。効果はいかほどかわからないが、『雨月様に触れてもらった』と、赤子の親は皆喜んでいた」


 そんな付喪神様に掃除をさせて、僕は罰が当たらないのか。


「問題ない。家の中は清潔にしておかないと、妖が入り込みやすくなる」

「そうなんだ?」

『いい話だぁ。オラ、聞いていて泣きそうです。雨月の兄貴は、慕われていたんですねぇ』

「おい、斧、お前はどうだったんだ。付喪神になれたということは、お前も大切にされたのだろう?」

『大切にされましたけど、オラの周りには付喪神使いはいなかったから……』

「そうだったか」


 少し間が空いて、斧がおずおずと『でもオラ、ひとつだけ自慢があります』と言う。僕が「ぜひ君の話を聞かせてよ」と頼んだら、斧は嬉しそうに話をしてくれた。

 

 斧は今から百三十年前の明治二十九年に作られ、斧を作ったのは元刀鍛冶だったそうだ。

 明治九年に廃刀令はいとうれいが出され、ほとんどの刀鍛冶たちは仕事を失って包丁や農具を作る職人になった。

 この斧を作った人もそんな一人で、腕のいい元刀鍛冶が打った伐採斧は、切れ味鋭いよき斧となったそうだ。

 僕は感心して聞いていたんだけど、雨月は「お前はまだ生まれて百三十年だったか」と言う。

 雨月の言葉が微妙にマウント臭くて、僕はニヤニヤしてしまう。


『オラは親子代々、四代にわたって大切に使ってもらいました。おかげで付喪神になれたんですけど、五代目はオラではなくチェーンソーを選びました。四代目はとても残念がって、何度もオラに『ごめんな』って言ってくれました』


 僕は今、うるうるしている。付喪神と持ち主の話は、何を聞いても刺さるよ。


「あのさ、斧、今から血の契りを交わそうか」

「春人!」

「いいんだ、雨月。僕が主になれば、この斧は人の姿になれる。美味しいものも食べられるし、自分の足で出かけられる。この斧はあんな廃屋で長い年月をひとりぼっちで過ごしたんだ。この斧を可哀想と思い続けるくらいなら、僕は斧の主になる」

『主さまああ! うおぉぉぉん』

「やかましいな。声がでかいぞ!」


 僕は石鹸で手を洗い、テーブルの上に置いた斧と向かい合った。

 この斧で手に少しだけ傷をつけて血をつければいいんだけど、刀鍛冶が打っただけあって本当に切れ味が鋭そうだ。

 ちょっと不機嫌な雨月が「傷は少しだけにしろ。俺のときのように無駄に大きく切るな」と注意してくれた。雨月はぶっきらぼうだけど案外世話焼きさんだ。


「では」と僕が斧の刃に左手を近づけた。仕事に障るから左手の小指の下の、ふっくらしている部分を斧の刃にくっつけて、クッと力を入れた。一センチほどスパッと切れて血の玉が盛り上がり、手首へと伝い流れていく。

 雨月が素早くティッシュを手にして、「切り過ぎだ」と小言を言いつつも傷口を強く圧迫してくれた。


「あれ? 人の姿にならないね」

『主、オラに名前をつけてください』

「あ、そうか。ちょっと待って」


 スマホで「古風な男性の名前」を調べた。雨月が隣で「命名するなら墨をすって筆で書くものだろう?」と言っているけど、勘弁してもらう。僕はふですずりも持っていないもの。


「君を作ってくれた元刀鍛冶の名前は?」

国広くにひろという人だと聞いています』

「では、君の名前は千歳ちとせ国広くにひろだ。千年たっても朽ちないほどの強さを誇る斧っていう意味ね」

『千歳国広……素晴らしい名前をありがとうございます! 主!』


 まばたき一回の間にテーブルの上にあった斧は消えて、若い大男が靴を履いて立っていた。灰色のパーカーに色落ちしたストレートジーンズ、スポーツシューズを身につけている。


「予想はしていたけど、大きいねえ」

「千歳、さっさとテーブルから下りろ」

「はい、兄貴、すんません」


 床に下りた千歳をじっくり眺めた。その間にも雨月が「靴を脱げ」と注意している。靴は一瞬で消えた。

 千歳の身長は雨月より少し低いけど、百八十センチはある。めっちゃ筋肉がついていてたくましい。髪は茶色での色と同じだ。伸ばし気味の髪はパサリと無造作に下ろしている。目が少しタレていて、嬉しそうに笑っている顔は愛嬌たっぷりだ。

 これはまた、女性に騒がれそうな付喪神だこと。


「千歳はその服装なんだね。僕がそういう服装を思い描いていたんだろうか」

「はい! 主の頭の中にある服装です」

「休日の春人の服装だな」

「そう言われたらそうだね。千歳、今日からよろしくね。僕のことは春人と呼んで」

「はい、春人様!」

「春人さん、で頼むよ。じゃ、今日はもう寝よう。いくら明日が休みでも、寝なきゃいけない時間だ」


 付喪神の二人はラグマットの上で並んで眠ることになった。横になってしまえば男三人でも別に狭さは感じない。平日はどうせ僕と雨月が部屋にいないんだし、三人でもいける気がしてきた。

 ベッドから二人を眺めた。ベッド脇の小さなスタンドの光の中、雨月は目を閉じていて千歳は天井に向かって両手を伸ばし、満面の笑みで自分の手を眺めている。

 

 明日の朝食は千歳が初めて食べる食事だ。何がいいかな。


(4月4日)土曜日

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