最終決戦 その3
姉ちゃんの携帯電話から歌声が流れだした。
「疲れ果て、夢を見失い、膝をつき、うずくまる、そんな夜もあるよね」
あれ、チアリーダーだったらもっとノリノリの曲かと思ったら、立ち上がりは静かな曲調だ。
「でも大丈夫。目覚めたら、食事して、トイレに行ったら、お尻を拭こう。
水を出し、手を洗ったら、そこにはきっと、虹がかかるよ」
お、だんだん盛り上がってきたな。なんだか微妙な歌詞だけど、姉ちゃんが書いたのかな?
「だから顔を上げて、わたしはここよ。勇気をあげる。そう。
We are dangerous beauties. We have naked legs,naked shorts and naked nipples.
And we never wear over pants.oh!」
「おい、太一、今なんて言った?」
「英語だからあんまりわかんなかったけど、多分、オーバーパンツはいてないって……」
「てことは、あの娘たち、みんな生足?」
ギターソロが始まり、姉ちゃん達はスカートをひらひらとはためかせながら激しく踊りはじめた。胸に装備したサッカーボールも縦横無尽に跳ねまわる。
「おい、こっからじゃよく見えねえぞ」
「よし、ポジションチェンジだ」
「あれ、あの2人、急に左サイドに行って……どういうこと」
太一君と虎太郎君は、サイドラインギリギリに走り込むと、しゃがみ込んで音楽に合わせて手拍子を始めてしまった。
「くっ、お前ら試合中に、なにしてやがるんだ?」
パパが怒鳴り声を上げたが、2人の耳には届いていないようだ。やがてふらふらと立ち上がり、サイドラインを踏み越え、姉ちゃん達と一緒に踊りはじめた。よし、チャンスだ。
松山さんはコーナーキックを蹴るのを諦め、ボールの所有権はぼくらに移った。パパは慌てて自陣に駆け戻り、松山さんは前線でプレッシャーをかけ続ける。
「よし。こっちもポジションチェンジだ。監督はフィクソをお願いします。ぼくと亜紀ちゃんが両アラに入るから、修はピヴォに戻って。あ、あれ、修は?」
「てっちゃん、あそこ」
「え、なんで?」
修は虎太郎君と太一君の間のわずかなすき間に走り込み、一緒に踊りはじめてしまった。
「くっ、せっかくのチャンスなのに……げ、もしかして監督も?」
「わ、わたしなら大丈夫です。昨夜は油断して、はしたないところを見せてしまいましたが、うう、神聖なフットサルの試合中にチアリーダーにうつつをぬかすようなことは、ああ」
むう、若干こころもとないが、なんとか正気を保っているようだ。
「きよせんさん、今日はあの2人は出勤してんのか?」
「ええっと、はい。2人ともシフトに入っていますが……」
「よし。すぐにきてもらってくれ。さすがに4対2じゃあ勝負にならねえ」
「承知しました」
きよせんさんはあわてて携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけた。
「あ、あの2人って、まさか……」
「うん。きっとみゆきさんとけいこさんのことだよ」
まずいな。ほんとうは自陣でゆっくりとパスを回して、パパの脂肪燃焼モードが終了してから攻撃するのが理想なんだけど。ぐずぐずしていたら、パパチームに援軍が来てしまう。DBで一流アスリートの2人が参戦してしまったら……パパと連携してなにを仕掛けてくるか予想がつかない。
「しょうがない。監督、亜紀ちゃん、3人でなんとか1点取ろう」
一旦南監督にボールを下げ、ぼくと亜紀ちゃんは両サイドに展開した。
プレッシャーをかけてきた松山さんをかわして、南監督からぼくにパスが入った。亜紀ちゃんはセカンドポストに入る。
「いくぞ」
ぼくは右45度の位置からシュートを撃つと見せかけて、亜紀ちゃんにグラウンダーの早いパスを送った。が、ゴールを守っていたパパが右足を伸ばして爪先でボールを弾き飛ばす。
「くっ、普段のパパだったら今のボールには足が届かないはずなのに」
脂肪燃焼モード中は、反応速度も瞬発力も通常時の20%増しになっている。ただでさえパパからゴールを奪うのは至難の技なのに。でもぐずぐずしていたら、みゆきさんとけいこさんが参戦して、せっかく築いた数的有利が無駄になってしまう。
「はっはー。てつ、楽しいなあ。もっとどんどん撃って来いよ。全部止めてやるぜ」
くっそ、こうなったら。
南監督からのキックイン。亜紀ちゃんは走り込んですぐにシュートを撃てる位置に構えた。松山さんは亜紀ちゃんのマークについている。
「監督、ぼくとパパの間に出して!」
「哲也君、今度こそ」
よし。南監督が正確にぼくとパパの間、中間地点より少しだけぼくに近い位置にボールを転がした。当然パパは飛び出してくる。
一瞬早くボールをおさえたぼくは、右足でボールをなめて一旦体を左に振る。パパが右足を伸ばしてコースをふさぐ。ボールをまたいで右足のアウトサイドでちょこんとボールを右に流す。今度はパパの左足が伸びてきた。
「ここだ」
「甘いな。てつ、今のおれには股抜きなんか通用しねえ」
パパは股抜きを防ごうと、両手両足を広げたまま地面にお尻を押し付けるように滑り込んできた。スプレッドとかエックスブロックとかいわれている体勢だ。スプーンキックで両足の壁を越えようとしても、大きく広げた腕にさえぎられてしまう。
「股抜きじゃあないよ」
シュートコースに柔らかい「いなり」に包まれたパパの2つの「ピー玉」が飛び込んできた。ぼくは、左足を深く踏み込んで、ボールが浮かないように右ひざを少し持ち上げた。縦振りインステップキックだ。
「ま、待て、てつ、早まるな。そこはファールだろう?」
「そんなルール、ないよ。パパ、ママ、ごめんね」
「な、なんでここでママが出てくるんだよ?」
パパはいち早くぼくの殺気に反応して、両手を使って「ピー玉」を防御しようと試みる。だが、パパにしみ込んだゴレイロの本能がそれを許さない。ここで「ピー玉」を防御するために両腕を体の正面にもってくると、体の両脇ががら空きになり、失点に直結する。
「砕け散れ、ピー玉・クラッシュ!」
「う、ぎっ」
激しい衝突音が鳴り響いた。パパは両手で「いなり」をおさえたまま真後ろに倒れ込んだ。
「ど、どこだ?ボールは?」
ぼくは、パパの「ピー玉」を潰すとみせかけて、ボールをコートに思いきり叩きつけていた。ワンバウンドしたボールはパパの頭を超え、ペナルティーエリアの中央付近に着地している。背後で続けざまに、重たいものが地面に落ちた時のような音がした。
「てっちゃんの弾丸シュートが『ピー玉』に、ううっ、想像しただけで吐き気が……」
慶次君が自陣のゴール前で股間を抑えたままうずくまっている。
「哲也君、そのシュートは二度と……」
「う、撃たないでください」
南監督と松山さんまで、股間に両手を挟み込んだまま転げ回っている。くっ、誰か、ボールを……パパが立ち上がる、前に……
その時、小さな影がパパの背後に素早く飛び込んでボールを確保した。そ、そうだ「ピー玉」のついていない、亜紀ちゃんなら、動けるはず。
亜紀ちゃんは、パパに気付かれないように静かにボールを運び、ゴールのど真ん中にそっと蹴り込んだ。
一瞬の静寂の後「ゴ、ゴール。試合、終了」
正さんが片膝をつき、下腹部をおさえたまま、弱弱しく宣言した。ホイッスルを吹く力は残っていないようだ。
「亜紀ちゃん、ぼく、亜紀ちゃんに教えてもらったフェイントで……」
「うん。てっちゃん、殺気のこもった、すごいシュートだったよ」




