最終決戦 その2
「ごめん。修、ちょっと待って」
「ああん、どうした慶次?」
慶次君は若干前かがみになり、両手でお腹の下の方を抑えて……う、よく見ると尋常ではないほど大量の汗をかいている。まさか温度が上がりすぎたのか?
「ぼ、ぼくトイレに……」
「なんだと、慶次。いつもトイレはキックオフ前にすませとけって言ってるだろ」
「ちょっと待ってよ。パパはいつも言ってるよね『DBは食う量がすげえんだから、健康な身体を維持するために排せつも適切に行わなければならない』って」
「くっ、しょうがねえ。慶次、とっととすませてこい」
「ダメだよ。慶次君が便秘になって体調を壊したら、困るのはパパの方だろ?慶次君はパパの大切なパートナーじゃないか。大丈夫だよ。気にせずこころゆくまで排せつしてきて」
「てっちゃん、ありがとう」
慶次君は右手でお腹を、左手でお尻をおさえたまま小走りで2階のトイレに向かった。
「みんな、ごめん。お待たせ」
タオルで手を拭いながら慶次君が戻ってきたのは、それから約15分が経過した時だ。よし、そろそろいい頃合いだ。
「待たせやがって、体が冷えちまうじゃあねえか。とっとと始めようぜ」
「へえ、パパたちは寒いんだ?」
「ああ?どういうことだよ?てつ、寒いのはお前らも……」
「ごめんね、パパ。ぼくらはちっとも寒くないんだ」
ぼくらはタッチラインの外で一斉にコスチュームを脱ぎ捨て、青1色のユニフォーム姿になった。ストッキングもフットサルシューズも、さっきスポーツショップで買いそろえた新品だ。
ぼくらが脱ぎ捨てたコスチュームを床に落とした瞬間、ドサッと重たい音がした。
「な、なんですか、今の音は?」
きよせんさんが慶次君が着ていた警察官の制服を持ち上げるとじゃりじゃりと音を立てる。上着を裏返して背中の部分を見るとそこには
「使い捨てカイロ?ま、まさか」
「武士の第一スキル『温める』だ。いくぜ。最初のターゲットは……」
キックオフの笛と同時に南監督はフィクソのぼくにボールを戻し、相手陣内のペナルティーエリアにゆっくりと侵入した。
パパチームも3-1のマンツーマンディフェンスだ。南監督にはヒロさんがマークにつく。ぼくのマークは太一君、修には松山さん、亜紀ちゃんには虎太郎君がマッチアップした。
「相手の身体が温まらないうちに……」
右アラの修にパスを出すと同時に右サイドに駆け込んだ。修はボールを受けると同時に、ぼくの身体を盾にして、すれ違うようにコート内側にボールを運んだ。
「監督」
いきなりピヴォにグラウンダーで鋭いボールを送った。南監督は自陣を向いてボールを柔らかく足元に収めると、一度右側に体を振って、すぐさま左側にターンした。ひろさんは監督のフェイントにひっかかり、バランスを崩していたが、長い右足を無理矢理に伸ばしてなんとかボールをかき出した。その途端
「あ、ぐうう」
悲鳴とともコートに倒れ込んだ。
「悪く思わないでください。わたしたちは、負けるわけにはいかないんです」
ひろさんの異変を察知したパパが南監督の足元に飛び込むようにしてボールを抑え込んだ。
「くそ、監督やりやがったな」
「だ、大丈夫、まだやれる。軽い肉離れだよ」
「なに言ってんだよ。ひろさんには来シーズンも頑張ってもらわないといけないんだ。こんなとこで無理すんな」
よし、これで数的有利を作り出したぞ。パパがいつも言っていた「年をとるとあちこちの筋肉が劣化して、すぐ肉離れやっちまう。おれたちおっさんには十分な水分補給とウォーミングアップが欠かせねえ」って。
DBのパパは低温にもある程度の耐性を持っている。松山さんと太一君、虎太郎君はまだ若いから、あまり影響はないようだ。寒風の中、いつもと変わらない動きを見せている。人数ではこちらが上回ったとはいえ、まだ油断はできない。
ヒロさんを失ったパパチームは、体格のよい太一君を前線から下げてフィクソのポジションを補った。パパからのスローを受けて、太一君がドリブルを開始する。南監督は守備には加わらず、前線で張ったままだ。
「哲也さん、遠慮しませんからね」
太一君は力任せのドリブルでぐいぐいと押し込んでくる。虎太郎君と松山さんは修と亜紀ちゃんの懸命なディフェンスをかいくぐって、パスラインを構成しようと走り回る。一瞬の隙をつかれて虎太郎君と太一君にワンツーパスを決められた。
「やばい、慶次君頼む」
太一君のダイレクトシュートを、慶次君が足を使ってゴールポストの外に弾き飛ばした。
「よし、ここだ。メンラー・シス・クヤキーニ」
センターサークル付近まで上がったパパが一人でなにやら呟いている。
「な、なんだ?RPGだからって……ここにきて、呪文?」
う、急にパパの周りの温度が上昇した。パパの身体からあふれ出した熱気が陽炎のようにゆらゆらとゆらめいて、空間を捻じ曲げているようだ。
「ち、違う。呪文じゃない。これは……」
「モード開放、脂肪・燃焼」
慶次君のモードを開放するためにはぼくがキーワードを告げる必要があるが、それを一人でやってのけるなんて。しかも慶次君が聞いても反応してしまわないように言葉を入れ替えている。すごい、なんて集中力だ。
「ラーメン、すし、焼き肉……お父さんの好物の大三元が揃っちゃったの?」
「やべえぞ、慶次、おやっさんが上がった」
松山さんがふわりとしたボールを上げたところに、全力で走ってきたパパが飛び込んだ。
「寿司桶ヘッド!」
パパの全体重が乗った重たいシュートがゴール右上隅に一直線に飛んでいく。
「ダアアアアア」
よし。トイレに行って身軽になった慶次君がめずらしく斜めにジャンプして、両手でボールを弾き出した。
しかし、高く跳ね返ったボールは誰も確保することができず、直接タッチラインを割ってしまう。コーナーキックからパパチームのキックインにかわっただけだ。パパがゴールを空けていても、マイボールにできなければ意味がない。このまま強烈なシュートを撃ち続けられたら、いくら鉄壁を誇る慶次くんとはいえ、いつかはゴールを奪われてしまう。
「てっちゃん、こっちもモードを開放しよう。お腹パンチで直接ゴールを狙えば……」
「いや、ダメだ。まだ早い」
慶次君の脂肪燃焼モードは3分間しか続けることができない。対してパパの脂肪燃焼モードを見るのははじめてだ。どれくらい継続するのか見当がつかない。
「でも、1点でも取られたらそれで……」
くっ、せっかく数的有利を作ったのに。虎太郎君と太一君はぼくらより年下だからスタミナには自信を持っている。松山さんは相変わらず冷静なプレイを続け、スキが見当たらない。
「おらあ!」
パパのキックインを逆サイドで受けた松山さんは逆サイドにグラウンダーの早いパスを返した。
「やばい、セカンドポスト」
虎太郎君が素早くボールに飛び込み、慶次君と交錯する。
「コーナーキック」
くっ、またか。
「このままだといつかやられちゃう。何かいい方法は?」
虎太郎君と太一君は縦横無尽に動き回り、目まぐるしくパスラインを再構築する。パパはペナルティーエリアの外側にどっしりと構えてロングシュートを狙っている。パパにはぼくがマッチアップしたが、勢いのついたパパの身体を抑え込む自信はない。
と、その時、主宰の部屋の扉が開いて、色とりどりの衣装をまとった5人の女性が飛び出した。
「なにやってんのよ、哲也。おっさん相手にだらしないわね!」
「ね、姉ちゃん」
「優美、お前、なんで?」
「みんな、スキル全開で行くよ」
タッチラインの5m外に、フリフリのついたミニスカートを装備した地下アイドルが一直線に並んだ。もちろん5人とも上半身には2つずつサッカーボールを装備して、両手にはボンボンをぶら下げている。




