決戦
「よし、とっとと3階に上がって、最終ボスを倒しちまおうぜ」
「まあまあ。修二君、そんなに焦らないで。みんなもRPGをプレイする時は、最終ボスの所に向かう前に回復したり装備を整えたりするでしょう?」
「まあ、確かにそうだけど」
「3階に上がる前にスポーツショップに寄ります」
南監督が珍しく強い口調で宣言した。
「え、ここでスポーツショップに行くの?そんなの、ラビリンスをクリアしてからでもいいんじゃあ……」
「いいえ。スポーツショップにはこのタイミングで行っておく必要があるのです」
「うん。わかったよ。みんな、監督の言う通りにしよう」
そうだな。ぼくらはチームなんだから、指揮官の指示にはちゃんと従わないといけない。統率がとれたプレイができないと、チームとしての戦力が半減してしまう。
ぼくらは南監督の指示に従って、綿密にサイズ合わせをした上で装備一式を購入した。さらにそれらの装備を身に着け、その上から各々の職業の衣装を着こむ。
「うう、せっかくの可愛いメイドさんの衣装が……」
亜紀ちゃんがぶつぶつ言っている。確かにミニスカートの下にショートパンツをはいた亜紀ちゃんは、自転車通学をする女子高生のような格好になってしまったが、勝負に勝つためだ。見た目を気にしている場合じゃない。
「よし。これで準備万端です。さあ、行きましょうか」
3階の大部分は屋根のない広大な駐車場になっている。エレベーターを降りた所は、雨風をしのぐためだけに作られたさほど大きくない部屋だった。窓は全てシャッターで閉じられ、室内は薄暗く、外の様子は見えない。
部屋の中心には頑丈そうなローテーブルと、それを囲むように豪華なソファが置かれている。
「思ったより時間がかかっちゃったわね。すっかり待ちくたびれたわ」
エレベーターの乗降口の反対側、1人がけのソファに劇団「たくわんボーイズ」の主宰が座っている。ラビリンスの最終ボスであり、ぼくのパパでもある。長年に渡って脚本家や俳優を務め、役になり切って演じてきた結果、様々な人格が心身に宿り、性別すらも超越してしまった人物だ。主宰からしてみれば、「ぼくのパパ」というのもお芝居の役柄の一つにすぎない。
主宰の今の人格は、お金持ちで上品な女性のようだ。血のように赤黒いドレスを身にまとい、つばの広い帽子をかぶっている。ただし、両足を思いっきり広げ、ふんぞり返って座っている。人格は女性でも体格はパパのままだ。きっと大きなイナリが邪魔をして、足を閉じることができないんだろう。
「なんで、パパを拉致したんだ?」
「ほほほ、しょうがないでしょう。この最終ボスにふさわしい役者は私以外には見当たらなかったのよ。あなたのお父さんが17Sの一員としてラビリンスを攻略してしまったら、自分で自分と戦わないといけなくなっちゃうじゃない。だから、今回あなたのお父さんにはほとんど出番がなかったのよ。これはお芝居の構成上、やむを得ない措置だったの。あなたのお父さんも承知してくれたわ」
「く、そんな理由で。早くパパを返してくれよ。クリスマスまでにパパが家に帰れなかったら、ママは独りぼっちでケーキを食べなきゃならない。そんなの、ママが可哀そうだよ」
「残念ね、哲也君。パパを返して欲しかったら、最後の問題を解いてわたしに勝つしかないのよ。ここはそういう舞台なの。そしてわたしがあなたたちに負けることは、絶対にあり得ない」
「く、なんでだよ。勝負に絶対なんてないはずだ」
携帯電話がメッセージを受信した。よし。「理解」のスキルが発動した。これで最終ボスの能力がわかるはずだ。
「え、これって……そんな」
「どうしたの、てっちゃん?」
亜紀ちゃんがぼくの携帯電話を覗きこんだ。
「最終ボスのスキルは『全知全能』全てのスキルを使いこなし、全ての問題の答えを知っている」
「え、それじゃあぼくたち、勝てるわけないよ」
だから、これまで誰もラビリンスをクリアすることができなかったのか。まあラビリンスの主催者なんだから答えを知っているのも当然と言えば当然なんだけど。でも、ここでぼくらが諦めてしまったらパパが……
「てつ、おれがなんとか時間を稼ぐから、諦めずになにか方法を考えるんだ」
「そうです。最後の最後まで、シュートを撃ち続けてください」
修、南監督。で、でもいったいどうすれば……
「最後の対戦はわたしとあなたたち5人、計6人が参加する早押しクイズ。問題は1問だけ。最後の問題は特別にわたしが読み上げることになっている」
早押しクイズで正解を知っていたら、問題を読み始めると同時に回答ボタンを押して、正解してしまえるじゃあないか?そんなんじゃあ勝ち目はないけど、もともとラビリンスが作ったルールだから、それを覆すことはできない。
でも、じゃあどうすれば……必死で解決策を考えながら、携帯電話を操作して、回答ボタンを表示させた。
「じゃあ最終問題、行くわよ。ふ……」
「ちょっと待ったあ。スキル発動『鍔迫り合い』」
修が主宰との間合いを一気に詰め、携帯電話を刀の鍔に見立てて、主宰の携帯電話を抑え込んだ。相手の身体に直接触れてはいないから、ファールにはならないはずだ。だけど……
「うう、ダメ、ボタンが、押せない」
「くっ、主宰、なんてえ力だ」
現在は別人格が出現しているが、主宰の身体能力はDBのパパと同等なはずだ。日頃からフィクソとの1on1で鍛えているとはいえ、細身の修がパパを抑え込むためには全身の力を総動員するしかない。
「やべえ、あんまり長い時間は抑え込めねえぞ。てつ、早く答えを……」
「い、いや『ふ』だけじゃあ問題がわからない。答えようがないよ」
「そ、そうか。じゃあ、監督、頼む」
「わかりました。スキル発動『呼び出し』」
そうか。そのスキルなら……
南監督がさっき修得した第3スキルだ。1度だけラビリンスの外に電話をかけることができ、電話を受けた相手が代わりにクイズに回答する権利を得る。そのためには……
ワンコールで電話がつながった。
「はい。松山です」
平峰大学の院生で、17Sのメンバーでもある松山さんだ。そして松山さんのもとには
「松山さん、忙しいところすみません。ギリもそこにいますね」
「はい。もちろんです」
「詳しいことは後で説明しますが、1問だけクイズに付き合ってください。問題は今からあちらの女性が読み上げます」
「ねえ慶次君、ギリはクイズにも答えられるの?」
「うん。ぼくはここにくるまで、ギリと一緒にクイズの練習をしてたからね。さすがA.I.だね。ギリは、ぼくなんかよりずっといろんなことを知っているよ」
よし。これだったら主宰に問題を読み上げさせて、松山さんかギリが先に回答することができる。
「じゃあ、主宰。松山さん達に問題を読んであげて」
「く、考えたわね。でも、この問題が解けるかしら」
「大丈夫、まつやまさんとギリならきっとなんとかしてくれるよ」
主宰は修に携帯電話を抑え込まれたまま、しぶしぶ問題を読み始めた。
「2つの集合体『D、A、R、X、L』と『I、K、T、N、S』がある。R=Kのとき、Xは何か答えよ」
「はあ、何それ?わ、わたし、全然わかんない」
「松山さん、問題は聞き取れた?」
「う、うん、ちゃんとメモはとったけど……ええっ?」
「何かの暗号かなあ?じゃあ大丈夫。ギリには世界各国の情報機関が使っている暗号解読ソフトをインストールしてあるから」
「う、すまない慶次。わたしにもわからない」
「え、A.I.のギリにもわからないって……」
修はだったらこんなわけのわからない問題は得意そうだけど、主宰と鍔迫り合いを続けているから携帯電話のボタンを押して回答することはできない。く、くそ、ぼくがなんとかしないと。ようやくパパに会えたのに。集合体?グループのことか……アルファベットはイニシャル?でもイニシャルがDとかRとかXとかって……
「ほほほほほ、どうしたのかしら?わからないの?もう降参する?」
勝ち誇ったように甲高い声で主宰が笑う。
くっ、この問題はパパが考えたんだろうから、息子のぼくがなんとかしないと。ん?そういえばパパが前に言っていたな
「おれたちが高校生のころ、学校の先生はみんな『D』を『でえ』って読んでたんだ」って。
「D」は「でえ」ってことはひょっとして……ああ、きっとそうだ。
「パパ、わかったよ。でも、ぼくにわかるのは半分だけだ。あとは……監督。今日あったことをよく思い出して。そうすればきっと、監督だったらわかるはずだ」




