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昼飯前 その2

「じゃあてっちゃん、もう答えはわかってるんだね。じゃあさっさと正解して『地の紋章』をゲットしようよ」

「うん。でもちょっと待って」

「え、どうしたの?」

「さっき監督が言っていたように、『VIVANT』の放送時間はONESの練習終了直後、午後9時からだったんだ」

「おう、家に帰りついたらもう放送が始まってるってことだな」

「うん。だからぼくらはリアルタイムで観るのはあきらめて、帰宅したらまず交替でお風呂に入って、晩御飯を食べながら録画された『VIVANT』を観ていた。それでパパはお風呂に入っている間、ずっと『VIVANT』の歌を歌っていたんだ」

「『VIVANT』の歌って?」

「いや、ちょっと待てよ『VIVANT』に歌なんかあったか?」

「そう、もちろんパパが勝手に作った歌だ。でもひょっとしたらあのドラマを観ていた人の中で、パパと同年代の人たちはみんな同じ歌を口ずさんでいたかもしれない。ひょっとしたら監督も……」

 ぼくら4人の視線が南監督に集まった。

「そ、そういえば、わたしも『VIVANT』という題名を見たとき、頭に思い浮かんだフレーズがあります。わたしたちの世代の大部分の人も同じ経験をしたんじゃないでしょうか?」

「か、監督?どんなフレーズなの?」

 南監督は軽く咳ばらいをした後、ちょっと恥ずかしそうに小さな声で歌いはじめた。

「ヴィヴァン・ヴァ・ヴァン・ヴァン・ヴァン、ヴィヴァン・ヴァ・ヴァン・ヴァン・ヴァン」

ああ、これだ。間違いない。パパがいつも歌っていた「VIVANT」の歌だ。南監督は決して歌は上手ではないが、どうしてだろう。なんだか懐かしくて、涙が出てきそうだ。


 気がつくとぼくらは5人で一列横隊になり、両手で交互にお腹を叩きながら歌い続けていた。

「わたしたちが小学生の頃、みんなが観ていた伝説のコメディ番組のエンディングテーマです。哲也君のお父さんも毎週観ていたんでしょうね」

「はい。土曜日の午後8時から9時。パパたちにとっては週末の休みの始まりを告げる番組だったって」

「え、でも休みの始まりだったら金曜の夜なんじゃない?」

「いえ、わたしたちの頃は土曜日の午前中まで授業がありましたから。休みの始まりは土曜日の夜だったのです」

「へえー、土曜日の午前中にも授業があったんだ。わたしも知らなかったな」

「ええ、土曜日のことを『半ドン』と言っていました。語源はよくわからないのですが……」

「みなさん、思い出にひたるのもいいんですけど、もう5分経過しちゃいましたよ」

「げ、もう半分経過しちゃったの?てっちゃん、答えがわかるんだったら、早くホワイトボードに書いちゃってよ?」

「いや、それが……」

「え、どうしたの?てっちゃん」

「読み方はわかるけど、書き方がわかんないんだ。枠の中に入れるのはカタカナじゃなくてアルファベットじゃないと……」

「う、そういうことか……」

「うん『ヴァ』は『VA』しかないと思うんだけど、ヴァンはなんて書けばいいんだろう?」

「ドラマでもフランス語では最後の『T』は読まないって言ってたから……」

「よし、考えてたって正解は出せねえよ。とにかくいろいろ試してみようぜ。まずは……」

 修がマーカーを手に取って「VA VAN VAN VAN」とホワイトボードに書き込んだ。

「お姉さん、これでどうだい?」

「残念、不正解です。残り4分」

「く、やっぱりこれじゃダメか。じゃあ次だ。亜紀ちゃん、ティッシュ出してくれ」

「O.K.」

 修は右手にマーカーを握りしめたまま、左手でティッシュを構えている。

「やっぱりVANのあとに何か文字を付け足さないとヴァンって読まないんだろうなあ。でも『VAN』に該当する枠は3つしかねえ。どうすれば……」

「英語だったら、母音が『O』とか『U』の時も日本語の『ア』に近い読み方になるけど……」

「よし、それだ。どんどん試してみようぜ」

 修がホワイトボードに書き込んだ3箇所の「VAN」の「A」をOに書き換えて再びお姉さんに見せた。

「不正解です。残り3分」

 く、やばいぞもう残り時間が……「VAN」でも「VON」でも「VUN」でもないとすると、ひょっとすると母音ですらないのか?

「ああ、ひょっとしたら……」

 ここまでじっと考え込んでいた慶次君が突然大声をあげた。

「ぼく、居酒屋さんのメニューで見たことがあるような気がする」

「え、居酒屋とフランス語ってなんか関係あったっけ?」

「うん。チェーン店の居酒屋にはビールや日本酒だけじゃなくって、グラスワインを置いているところもあるよね?」

「ああ、そうね。わたしの友達でもワインが好きっていう人は結構多いから」

「うん。ドリンクメニューにローマ字で『VIN』って書いてあって、ぼくその時はなんて読むかわからなかったんだけど……」

「え、まさか『VIN』って書いて『ヴァン』って読むの?」

「う、それはわかんないけど……」

「時間もないことだし、思いついたのをどんどん試していくしかねえよ」

「残り1分です」

 く、間に合うか?あ、何度も書き換えたせいでティッシュが黒くなってなかなか文字が消えないぞ。

「やばい、亜紀ちゃんティッシュもう1枚。く、急いで」

 亜紀ちゃんはポケットティッシュの袋の中に残っていたティッシュを1度に全部抜き出して修に手渡した。

「残り10、9、8、7」

「ああ、なんとか、う、間に合いそうだ。お姉さん、これでどうだ?」

 お姉さんは修が提出したホワイトボードを受け取ると、まずは腕時計に目をやり、その後、枠内に書かれた文字をじっと眺めた。もし「VIN」が不正解だったら、再度挑戦する時間は残っていないはずだ。くっどっちだ。あ、お姉さんがゆっくりほほえんで。

「おめでとうございます。正解です。ぎりぎりだったけど、時間も大丈夫でしたよ。じゃあこれがご注文の『地の紋章』です」

「ありがとうございます」

 ふうう、よかった。パパが言っていた「ダメで元々なんだからよ。相手がどんなすげえゴレイロだったとしても、諦めずにシュートを撃ち続ければ、いつかは決まることもあるんだ」

「なんとかこれで二つ目の紋章も手に入ったな」

 ほっとしたのもつかの間、ぼくらの携帯電話にメッセージの着信があった。

「あ、ぼくは『理解』のスキルを修得したみたいだ」

 そうか「観察」して「推測」した結果を積み上げて「理解」するってことだな。今までは部分的に情報を与えられて、そこから考えないとダメだったけどひょっとして「理解」することができるんなら……

「おれは『鍔迫り合い』のスキルを修得したってよ」

「修、『鍔迫り合い』ってなんだっけ?」

「おお、侍が2人で戦ってる時に、刀の根っこの鍔の部分で押し合うことだな。『鍔迫り合い』で相手の動きを封じ込めながら、自分の体勢をよくするための重要なスキルだよ」

「わたしは『呼び出し』だそうです」

「え、マジシャンが呼び出すって、まさか悪魔召喚ってこと?」

「ははは、まさか。わたしに呼び出せるのは精々ハトか妻くらいのもんですよ」

 悪魔と聞いて、なぜかさっき対戦した和尚さんの顔が浮かんだ。


 慶次君の「事情聴取」のスキルを発動して「ロリッテマスネバーガー」のお姉さんと「よつきや」の店員さんに聞いてみたが「人」の紋章は見たことがないという。

「うーん、またノーヒントかあ」

「行きづまったときは、一度現場に戻ってみるのもいいかもしれませんね」

 南監督の提案に同意して、ぼくらは5人で3階に上がるエレベーターの所に戻り、紋章をはめる場所を観察してみた。

「ん、そういえば……」

「どうしたの、てっちゃん?」

「うん、さっきも気になったんだけど、紋章の少し下の部分」

「ああ、そこが少しへこんでるよね」

「ということは、紋章のこの部分は出っ張ってるってことだよね」

「おう、そうだな」

「まさか、これって、ここが膨らんで……そういえばこのマーク、このラビリンス内で何度もみかけているぞ」

「そうか。そういうことだったんだね。じゃあ地下から2階まで手分けして探そうよ」

「ちょっと待って。これは『人』の紋章だから、『天』と『地』の間、1階にあるんじゃない?」

 うん。それはありえる。いいぞ、亜紀ちゃん。ぼくらは急いで1階に向かい、西の端から順に、三角形のマークがあるところを片っ端から探していった。


「あった。このマークは、外せるぞ」

ぼくらが最初に地下から上がって来てラビリンスに到達したエレベーターの脇で、とうとう見つけた。トイレの入り口にある「男性用」を表す黒いマークの胴体の部分を強く引っ張ると、パコっという音をたてて取り外すことができた。マークを裏返して手でなぞってみると

「うん。間違いない。真ん中の、下の部分がちょっと膨らんでいる」

「そうか、ここが膨らんでいるのは……」

「トイレに行きたいっていう意味だったんだね」

亜紀ちゃんは首を傾げてちょっと不思議そうな顔をしていた。ともかく

「これでパパがいるところに行けるぞ」


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