昼飯前 その1
「慶次とやら、1つだけ教えてくれぬか?」
かっか、課長さんが人間とは思えない冷たい視線で慶次君を睨みつけた。
「え、ぼくに?な、なにかな?」
「その方、なぜ張らなかったのだ?その方の馬鹿力であれば、張り手一発で和尚を吹き飛ばすことができたであろう。まさか誇り高き我が一族に手心を加えたのではあるまいな?」
慶次君は腕組みをしてしばらく考えた。
「うーん、手心を加えたってのとはちょっと違うんだよね」
「ほう、それでは何故じゃ?」
「ほら、ぼくゴレイロだからケガをする訳にはいかないんだ。フットサルのゴレイロって目の前で思いっきりシュート撃たれるでしょ?普通の人は痛いし、怖いから。なかなかゴレイロをやろうって人はいない。だからぼくたちみたいなDBはみんなのために必死でゴールを守らないといけないし、そのためにはまず絶対にケガをしちゃいけないんだ」
そうだ、パパも言っていた。社会人フットボーラーに求められる一番重要な素質は、試合の日にちゃんと会場にこれること。そしてケガをしないことだ。パパも結婚して、姉ちゃんとぼくが生まれてから、忙しくて試合にいけなくなったから仕方なく引退したんだ。
それに中高年の選手はちょっとしたことでアキレス腱を切ったり、肉離れを起こしたりするから、ジョギングやストレッチなど日ごろのメンテナンスが重要になってくる。
「そうであったか。目の前の戦いだけではなくチームのことを考え、張らなかったというわけか」
「うん。ひょっとしたら、このラビリンスでもフットサルの試合があるかもしれない。今、ここには5人しかいないし、ぼくはゴレイロしかできないから……」
そうだ。パパや慶次君はDBだから、ボールがお腹にぶつかっても平然としている。もしぼくがいきなりゴレイロをやれって言われても……できれば遠慮したい。まあ今日は第3ゴレイロの亜紀ちゃんもいるからそんなことにはならないだろうけど……
「相分かった。慶次とやら、疑ってすまなかったな。詫びといってはなんだが、よいことを教えてやろう」
「よいこと?」
「うむ。地の紋章のありかじゃ。地の紋章は、ここフードコートの中にある」
フードコートの中ってことは、丼物と定食の「よつきや」と、ハンバーガーショップ「ロリッテマスネバーガー」のどちらかっていうことか?
「じゃあひょっとして『地』はチーズのことなのかな?」
「うん。『天』は天ぷらだったから、その可能性は十分あるよ」
確かに「よつきや」のメニューには「チーズ牛丼」があるし、「ロリッテマスネバーガー」には「チーズバーガー」がある。
「しょうがないね。両方注文してみればわかるよ。あ、でもその前に」
「ん、慶次君どうしたの?」
「さっき注文したまる天うどんを食べないと。課長さん、まる天うどんまだ?」
「おう、すまねえな、ちょっと待ってくれ」
ぼくらは手分けして「よつきや」のチーズ牛丼と「ロリッテマスネバーガー」のチーズバーガーを買ってきた。ぼくもうどんを食べたばかりだし、亜紀ちゃんたち3人も牛丼セットを食べてしまったところだから、試食するのは慶次君にまかせるしかない。
「どう、慶次君、『地』の紋章は出てきた」
「いや、どっちもおいしいけど、普通の牛丼とチーズバーガーだよ。あ、ちょっと待って」
「どうした、慶次?」
「チーズバーガーのチーズは四角いけど、チーズ牛丼のチーズは細かく裂いたチーズを振りかけているだけだ。怪しいのは、チーズバーガーの方だね」
「そうか、でもこのチーズはどうみても紋章じゃあないな。溶けてとろとろになっちまってるし」
「あ、ひょっとして……」
亜紀ちゃんが急に声をあげた。
「牛丼もそうだけど、ハンバーガーってちょっとしたアレンジに対応してくれるよね?」
「ああ、ピクルスや玉ねぎを抜いたりするやつだな。おれはどっちかというとピクルスも玉ねぎもたくさん入ってる方が好きだけどな」
「きっと特殊な頼み方をしないとダメなんだと思う。ちょっと待ってて」
亜紀ちゃんは小走りでロリッテマスネバーガーに向かい、ハンバーガーを1つ買ってきた。
「はい、てっちゃん。これ食べてみて」
う、うどんを食べたばっかりなんだけど、まあ昨日に続いて慶次君ばかりに食べさせる訳にもいかない。ぼくも少しは協力しないと……
「う、これは?」
「ど、どうですか、哲也君」
「これはハンバーガーじゃないよ。ハンバーグが入ってないじゃないか」
「いや、そうじゃなくって紋章は?」
「いや、紋章も入ってないよ。これじゃただのチーズサンドだ」
「うーん。違ったかあ」
「いや、考え方は間違っていないかもしれません。ただ……いやしかしそれでは……」
お、南監督、なにかいい考えが浮かんだのか?
「まあ、ダメで元々ですから。とりあえず試してみましょう」
ぼくらは南監督の指示に従って5人でロリッテマスネバーガーに向かった。今日の店員さんは20代半ばくらいか。黒髪で眼鏡をかけた真面目そうな雰囲気のお姉さんだ。
「哲也君、時には思い切った行動をとってみることも必要です。失敗を恐れず。いや、失敗から生み出されることだってたくさんあるんですから」
うん、確かにパパも言っていた。「練習ってのは、失敗するためにするんだ。失敗を恐れてたら何もできねえ」って
「お姉さん、チーズバーガーを1つお願いします。ハンバーグとバンズ抜きで。さらに温めなしで」
いや、そりゃあんまりだろう、南監督。ハンバーガーとバンズ抜き?それじゃあハンバーガーじゃなくて、ただのチーズじゃないか。そんなんだったら、わざわざハンバーガーショップで売る必要もない。
「へえ、お客さん、かわったものを注文されるんですね?でもそのメニューはただでは提供できません」
あれ、お姉さんの雰囲気が変わった。え、まさかこれが正解なのか?
「『ただじゃダメ』ってどういうことだよ。おれ達はちゃんとアンを支払うっていってんだよ」
「そのメニューを差し上げるためには、次の問題に答えていただく必要があります」
きた。今度はクイズか。
「上等だよ。じゃあ、さっさと問題を出してくれよ」
「承知いたしました。それでは早速出題いたします」
お姉さんは、カウンターの下からホワイトボードと黒のマーカーを取り出した。
- VIVANT □□ □□□ □□□ □□□ -
「四角い枠の中にアルファベットを入れて、文章を完成させてください。間違えても何度答えていただいて結構です。ただし、制限時間は10分間です。それでは始めてください」
お姉さんは、左腕にはめた腕時計のストップウォッチ機能をスタートさせた。
「え、VIVANTって、わたし達が中学生の頃に放送してたドラマのこと?」
「ええ、日曜の夜。ONESの練習時間とかぶってましたからリアルタイムでは観れませんでしたが、間違いありません」
ああ、VIVANTか。懐かしいな。ぼくも練習から帰って、家族みんなでああでもない、こうでもないって言いながら、録画した番組を観てたのをよく憶えている。パパはあの番組を観ながらいつも……そうか、わかったぞ。この問題を作ったのはきっとパパだ。
「この問題は、パパからぼくへのメッセージだ」
「メッセージだと?おやっさん、なんて言ってんだよ?」
「うん。てつ、いつまでダラダラしてんだよ。早く迎えに来いって」




