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朝飯後 その1

「おれも朝飯まだだから、ちょっと慶次に付き合ってくるわ」

「了解」

 ぼくと亜紀ちゃんは2人で紋章をいろいろな角度で撮影し、南監督が待つテントに戻った。


「なるほど、3つの紋章ですか。いかにもRPGらしい演出ですね」

「『天地人』ってどういう意味があるんだろう?」

「わたしも詳しくは知らないのですが、確か戦いに勝つために必要なのは『天運』と『地の利』と『人の和』だとか、そんな感じだったと思います」

「言葉の意味はともかく、これを3つともみつけないと3階には上がれないってことよね」

 左右に首を振りながら、ため息まじりに亜紀ちゃんが呟いた。

 こんなに広いラビリンスの中からあんなちっぽけな紋章を3つも探さないといけないなんて、気が遠くなるな。しかも現時点ではノーヒントだ。

「おいおい、てつ。また考えこんじまって、動きが止まってんじゃねえか?」

「あ、修、慶次君、おかえりなさい」

 う、また修から痛いところを突かれた。

「でも、こんな広いショッピングモールのどこから探せばいいか、見当もつかないよ」

「だからさ、そういう時はダメ元でとにかく動いてみるしかねえんだよ」

「確かにそうですね。失敗してもなにかヒントがつかめるかもしれません」

「じゃあ、修たちはどこから探すか、何か考えがあるの?」

「おう、朝飯食いながら慶次と話してたんだけどよ」

「うん。確かにラビリンスは広いけど、たくさんの参加者がいて、何日も探しているのにまだ見つかってないってことは、きっと普通に探しても見つからないところにあるんだよ」

 だから、それがどこなのかを考えていたところなんだけど。

「『天』って言われておれが思いついたのが『天井』だ」

「て、天井って建物の上にある?それってちょっと安直じゃないか?それに、天井に隠してあるものをどうやって探すんだ?」

「だからてつ、そうやって否定ばっかりしてるから動きが止まるんだよ」

「う、うん」

「あ、ひょっとして電気屋に売っていた……」

「うん、あのドローンが使えるんじゃないかと思って」

「でも、ドローンって普通は上から下を撮影するんじゃないの?天井の近くにドローンを飛ばしても、天井を撮影するのは難しいんじゃ……」

「カメラを一度外して角度を変えるくらいだったら、薬局と電器屋に売っているものでなんとかできると思うんだ」

「てことで、監督。おれ達のアンだけじゃ足りねえから、買い物に付き合ってくれよ」

「わかりました。それで哲也君たちはどうしますか?」

「うーん、『天』が天井だったら……『地』は何を表してるのかなあ?亜紀ちゃん、『地』っていったら何を思い出す?」

「え?『恥』?えーっと、ち、『地区』……じゃなくて『珍』……って、ちょっとてっちゃんみんなの前で何を言わせるのよ?」

 いや、決してそんなつもりじゃあないんだけど……

「そうですねえ『天』が天井なら『地』は地下室というのはどうでしょうか?」

 地下か、そういえばお風呂やトレーニングジムがあったな。

「うん。わかった。じゃあわたしたち2人は地下のお風呂とトレーニングジムを探してみるね」

「よし、じゃあ二手に分かれて探索開始だ」

「正午になったら1階のフードコートに集合して、情報を整理しましょう」

 修も慶次君もパパを助けるために必死で考えて、即座に行動に移してくれている。一人暮らしをしているからかもしれないけど、つい考え込んでしまうぼくと比べると格段に行動力がある。

「見習わないといけないな」

「え、どうしたの?てっちゃん」

「ううん、なんでもないよ。さあ行こう、亜紀ちゃん」

 ぼくと亜紀ちゃんはエレベーターで地下に向かった。

「黄色くて、四角いもの。大きさは手のひらくらい……」

 ぼくらは地下でさらに二手に分かれてそれぞれ男女のお風呂や更衣室を探索した後、合流してトレーニングジムの中を探索することにした。さすがにこんな朝っぱらからサウナに入っている人は……いや、いた。

「あの、くつろいでいるところ申し訳ないんですが……」

「おう、兄ちゃん紋章探しか?」

サウナルームの中には現場作業員風のお兄さんが3人。みんな体格がよく、髭を伸ばしている。金髪の丸坊主と、少し伸び始めたスキンヘッドと、もう一人は頭にタオルを巻いている。

「お兄さんたちもラビリンスの参加者なんですか?」

「おう、おれたちもう5日も紋章探してんだけど、これがなかなかみつかんなくってよ」

 3人とも見た目に反して人懐っこい感じだ。元スキンヘッドのお兄さんがにこやかに答えた。

「え、もう5日も?」

「おう、この風呂ん中もトレーニングジムもすみからすみまで探したんだけどよ」

「え、じゃあここには……」

「うーん、どっか見落としはあるかもしんねえけど。それにおれたち5人とも男だから、もし女湯とか女子トイレにあるんだったら、みつけられるわけねえんだよな」

 あ、それもそうか。ラビリンスに参加する際の性別の組み合わせは自由だから、当然姉ちゃんたちのような女性5人グループも参加している。もし紋章が男風呂にあるんだったら、姉ちゃん達はそこで「詰み」だ。さすがにそんな不公平なことをしていたら動画が炎上してしまう。

「あ、ありがとうございます。お兄さんたちは紋章探さないんですか?」

「5日も探し続けてさすがに疲れちまったよ。まだアンには余裕があるから」

 タオルを巻いたお兄さんが肩のあたりを揉みながら答えた。

「しばらくここでサウナに入ってのんびりして、ラビリンスで年を越すっていうのもいいんじゃあないか?」

 あ、年越し……忘れてた。ぼくらは毎年ママが作った年越しそばを食べながら、家族みんなで歌合戦を見るのが恒例になっている。遊び盛りの姉ちゃんもこの日ばかりは家でじっとしている。決して一緒に初詣に行く彼氏がいないというわけではない。ということにしておこう。

「すみません。お邪魔しました。ゆっくりしていってください」

「おう、気にすんな。まあ頑張れよ」

 お兄さんたちの励ましの声を受けてサウナルームを後にした。探索箇所からお風呂と更衣室、それからトイレの中は除外してよさそうだ。

携帯電話で亜紀ちゃんにぼくの考えを伝え、合流してトレーニングジムの捜索にかかった。手分けしてダンベルやストレッチマットを一つ一つ持ち上げてすみからすみまで確認したが、紋章らしきものは何一つみつからなかった。

さっきのお兄さんたちと同じく捜索を諦めてしまったのか、朝からトレーニングに励んでいる参加者も何人かいた。紋章を探索するぼくらを見ても、事情がわかっているだけに不審に思われることはないみたいだ。

「てっちゃん、わたしさすがにちょっと疲れちゃった」

「うん。ぼくも。慶次君たちは『天』をみつけたかなあ。どっちにしてもそろそろ正午だから、いったんフードコートに行ってみようか」

「うん、そうだね」


 フードコートに到着すると、南監督たち3人はすでにテーブルを囲んで座っていた。みんなひどく疲れた様子で肩や首のあたりをさすっている。

「お待たせ。ぼくらはまだ『地』の紋章はみつけていない。慶次君たちはどう?」

「ごめんね。てっちゃん、ぼくたちもまだ紋章はみつけていないんだ」

「そうか。ドローン作戦はうまくいかなかったの?」

「そ、それが……」

「え、どうしたの?」

「面目ねえ。ドローン作戦はまだ発動してねえんだ」

「まさか、カメラがうまく機能しなかったとか……」

「いや、カメラは上空が撮影できるようになったとは思うんだけど?」

「え、思うって?」

「ド、ドローンは充電しないと使えなかったんだ……」

 なるほど、そういうことか……携帯電話なんかでもそうだけど、新品未開封で店頭に並んでいる商品は、当然充電もされていない。

「しょうがないからドローンを充電器にセットした後、スポーツショップで双眼鏡を買って、目視で天井を探索したんだけど……」

「ああ、上ばっかり見てたら首が痛くなっちゃったのね」

「いてて、そういうことだ。くそ、本当に紋章は天井にあんのかよ?」

 そういえば、もし天井に紋章があったとしても、それをどうやって取ればいいんだろう。

「とりあえずお腹が空いたから、ぼくうどんを買って来るよ」

「そうだね。ちょっと休憩してもう一度作戦を練り直そう。ぼくもお昼はうどんにしようかな?」

 ぼくと慶次君は〇〇うどんに向かった。亜紀ちゃんたちはよつきやの牛丼を食べるようだ。

フードコートの料理は安くておいしいんだけど、今は3店舗しか営業していないのが難点だ。ほかにもお店を探さないと、そろそろ慶次君が飽きてしまいそうだ。


「ねえ、てっちゃん『えび天うどん』のとなりに書いてある『まる天うどん』ってなに?」

「ああ、慶次君は県外から来ているから知らないのか?こっちじゃあ魚のすり身なんかを揚げたものも『天ぷら』って呼ぶことがあるんだ。甘くておいしいよ」

「へえ、そうなんだ。一回食べてみようかな。あれ、今日は販売課長さんがうどん作ってるの?」

「おう、お前らか。まだこんな所をうろちょろしてるのか?わがはいは販売課長であるから、販売に関することであれば、なんでもやらなければならないのだ。人手不足も甚だしいしな。で、お前ら、何が食べたいんだ?」

「ぼく、まる天うどん。大盛で」

「何い、まる天うどんだと?」

 なんだ、販売課長の目が妖しく光っているぞ。それになんだか急に寒気がしてきた。「まる天うどん」に何か問題があるのか?ん、待てよ。まる天って、まさか?いや、たしかに魚のてんぷらは茶色くて、丸い。

「まる天は柔らかいのと固いのと、どっちがよいのだ?」

 え、普通はまる天ってあんまり固くはないと思うけど。やっぱりなんか怪しいな。ここは……

「慶次君、固い方を頼んでみて」

「うん。わかった。かっかっ課長、固いまる天うどんをちょうだい」

 あれ、どうしたんだ慶次君「課長」がうまく言えてないぞ。

「かっかっ課長。ぼくも固いまる天うどんをちょうだい」

 あれ、ぼくもだ。なぜか「課長」と言おうとすると噛んでしまう。寒気がするのとなにか関係あるのか?しかも、店の奥から湯気がもうもうとあふれ出して、販売課長の姿を覆い隠してしまった。いや、これは湯気じゃない。寒気がするのはこの煙のせいだ。ドライアイスか?

「ほほう、どうしても固いまる天うどんが食べたいのだな。後悔してもしらんぞ。出でよ、『デーモニック・ベーシスト、和尚』」

ドライアイスの煙の向こうから、のっそりと黒い衣を着て笠をかぶった和尚さんが現れた。

「どうしても固いまる天うどんが食べたいのなら、和尚と勝負して、見事勝利してみせよ」 

「う、和尚さん、どうして?」

「デーモニック・ベーシストって、やっぱりDBなのか?」


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