朝飯前 その2
「わたしたちのことはもういいから、今度はあなたたちのことを教えてよ」
亜紀ちゃんがなんだか恥ずかしそうにそう聞いた。
「ぼくたち、県外から平峰大学に来てるんですけど、私立大学って授業料がちょっと高いから」
小次郎君があいかわらず少しおどおどとしながら、ゆっくりと話しはじめた。
「あんまり仕送りもたくさんはもらえてなくて、自動車学校に通うお金も自分たちでなんとかしろって言われて……」
「そうか。賞金をもらって、運転免許を取ろうとしてるんだね」
苦学生ってやつか。ぼくは実家暮らしだからあまりお金の心配はしたことがないけど、「金がないからバイトしないと」っていう同級生も少なくはない。
「それで、どうしてもあと1人メンバーが足りなくて悩んでたら、洋一のおじいちゃんが『今は暇だから付き合ってやる』って。おじいちゃん、消されても困るアカウントは1つもないからって」
「いいおじいちゃんだね。さっきの『托鉢』はやっぱりスキルなの?」
「はい。ぼくたち3人は『住職』なんですけど、1つ目のスキルが『お経』で、2つ目のスキルが『托鉢』なんです」
「あとの2人の職業は?」
「2人とも『格闘家』です」
「なんか、地味な組み合わせだなあ。そんなんでよくここまでたどり着いたな」
修はあいかわらず思ったことをなんでも口に出してしまう。悪気はないんだろうけど。
「はい。ぼくたち普段のオンラインゲームなんかでも、序盤はガチガチに防御を固めていくタイプで……攻撃担当も、『格闘家』だったら武器にそんなにお金がかからないんで……」
なるほど、苦学生だけに節約生活がしみ込んじゃってるってことか。それにしてもぼくらのことがよっぽど怖いのか、聞かれたことにはなんでも素直に答えてくれる。チャンスだ。この際だからいろいろと教えてもらおう。
「ちなみに『格闘家』の種目はなんなの?」
「それが、Mサイズの衣装は『テコンドー』しか残ってなくって……」
「う、RPGで『テコンドー』ってのも珍しいわね。で、その人たちとは別行動?」
「はい。スキルの『試し割り』を見世物にして、おひねりを稼ぎに行っています」
「そうかあ。いろいろ苦労してるんだねえ」
「はい。2階に来てからもう3日経つんですけど、どうしても3階に上がれなくて」
「え、3日も?ねえ、どうやったら3階に上がれるの?」
「い、いやそれはぼくの一存ではちょっと……」
「ほーう、いい度胸してるじゃあねえか。ひよっこが一丁前に取引しようってのか?」
修が小次郎君と洋一君の顔面すれすれまで顔を寄せ、下から睨み上げた。
「あ、いや……」
おいおい、仮にも後輩なんだから、もっと優しくしてやろうよ。
「まあまあ、修二君、彼らもいろいろ教えてくれていることですし。仕方ありませんね。それでは情報提供料として、非常食とミネラルウォーターを追加で5人分差し上げるということでいかがでしょう?」
南監督が助け舟を出してあげた。
「ええ、5人分もあげちゃうの?」
「慶次君の分はあとでちゃんと補充しておくから」
「うーん、だったらしょうがないけど?」
その時
「う、なんだ、これ?」
急に温度が3度くらい下がったような気がする。え、鳥肌が……全身が震え、歯がガチガチと鳴りはじめた。
「え、殺気?誰かのスキルなの?」
「あ、やばい。おじいちゃん、落ち着いて」
え、洋一君のおじいちゃんって、このDBの和尚さんだよね。そう言えば、和尚さんは笠を目深に被ったままじっとしているから、まだどんな顔をしているのか確認していない。
と、和尚さんの右手が懐に差し込まれ、ゆっくりと携帯電話を取り出した。和尚さんは無言のまま携帯電話のスイッチを入れ、画面がぼくらに見えるように差し出した。
「あ、充電が切れそうってこと?」
そうか、通話したり動画を観たりしなくても、3日間も充電できなかったらそろそろバッテリーの残量がなくなってしまう。
「なんだよ?情報と交換に充電させてくれってのか?そりゃあ、ちっとばかし虫がよすぎんじゃあねえか?」
う、なんだかさらに温度が……
「しゅ、修二さん、まずいっす。洋一のおじいちゃんを怒らせると……」
「うちのじいちゃん、若いころは鬼とか悪魔とか呼ばれていたらしくって、ほんとにとんでもないことに」
ええっ、確かにDBではあるけど、こんなに静かで穏やかなおじいちゃんが「鬼」とか「悪魔」とかって……
「うん、確かにこの殺気は尋常じゃあないよ。修、やめとこう」
「わ、わかりました。じゃあ3階に上がる方法を教えていただけたら、ここで和尚さんたちの携帯電話を充電して差し上げるということで……」
まあ、電気代はラビリンス持ちだろうし、充電器も使ったからといって減るもんじゃあない。17Sの全員が同意を示すと、温度も元通りになり、体の震えもおさまった。
「じゃあ、じいちゃん、おれ達、哲也先輩たちを案内してくるから、じいちゃんはここで休んでて」
DBの和尚さんはゆっくりと頷いた。
「わたしもここで荷物の番をしています。亜紀ちゃん達4人で3階に上がる方法を教えてもらってきてください」
「うん、わかった。じゃあ、てっちゃん、修、慶次君、行こう」
「ねえ、洋一君、『鬼』とか『悪魔』ってどういうことなの?」
ぼくたちは念のため2人が逃げ出してしまわないように四方を囲んで、3階に上がる中央南側のエレベーターに向かっていた。
「いえ、ぼくもお父さんたちから聞いただけで、実際に見たことはないんですけど……でも何年かに一度、全身真っ黒な衣装を着た人たちがじいちゃんを迎えに来て、そういう時は半年くらい帰ってこなかったり……」
「は、半年も?それってIDBAの活動かなにか?」
「いえ、じいちゃん以外の人たちはみんなやせてたから……多分IDBAとは関係ないです。あと、家の地下にはカギがかかっている部屋があって、ぼくたちは絶対入っちゃダメだって。えっとここを曲がって……あ、あそこ、あのエレベーターです」
遠目に見たところ、なんの変哲もないエレベーターだけど……いやよく見ると
「上とか下とかのボタンがねえな。ん、なんだこりゃ?」
「天・地・人?」
中央南側に1台だけひっそりと設置されたエレベーターの脇には手のひらサイズの紋章のようなものが。
上段の紋章は茶色くて丸い。紋章の右側に「天」と書かれている。
中段の紋章は黄色くて四角い。紋章の右側に「地」と書かれている。
下段の紋章は黒い三角形だ。紋章の右側に「人」と書かれている。上が底辺で、下が頂点になっている、いわゆる逆三角形だ。
さらに近づいてよく見ると、それぞれの紋章は壁を2cmほどの深さで彫り込んで作られている。
「ん、ちょっと待てよ。『天』の紋章は表面が少しでこぼこしてるけど、『地』の紋章の表面はすべすべしてるな」
「うん。それに『人』の紋章。真ん中の少し下の部分がちょっとへこんでるよ」
「これってひょっとして、紋章を探してここにはめ込んだら扉が開くってやつ?」
「ええ、ぼくたちが聞いた情報ではそういうことみたいです」
「紋章って、どこかに隠してあるの?それともボスが持ってるのかな?」
亜紀ちゃんが聞くと
「いや、それはぼくたちにもわかりません。ただ、ぼくたち、2階にきてからはあまりボスとは遭遇していないんです。この3日間、5人で手分けしてあちこち探したり、ほかの参加者に聞いてみたりしたんですけど……」
「そうこうしているうちに、アンも残り少なくなってきて……」
「3日も探して、まだ1つも見つかってないの?」
「はい。残念ながら」
くそ、ノーヒントってことか。まあしかたない。
「じゃあ、一度テントに戻って監督と合流して、ミーティングしよう」
亜紀ちゃんと修が頷いた。
「いや、みんなは先に戻っていて。ぼくは行かなければならない」
え、慶次君。どうしたんだ?またDBが来ているのか?
「ぼく、まだ朝ご飯食べてないんだ。ちょっとフードコートに行ってくるね」




