第9戦 その3
「くっ、しまった。さすが空手家ね。反射神経じゃ敵わないか……」
「よし。いいぞ亜紀ちゃん!」
亜紀ちゃんは最後の確認をするように、ぼくの身体の真ん中をじいっと見つめている。落ち着け、亜紀ちゃん。ぼくの身体の真ん中にあるもので「た」がつくものといったら、ええっと……
亜紀ちゃんはふうっと息を吸い込んだ。
「答えは『ピー玉』よ。あ、あれ、なんで?わたしちゃんと『ピー』って……」
そうか、この状況も撮影されて全世界に配信されているから。不適切な表現は「ピー」されちゃうのか。しかし発言と同時に「ピー」しちゃうなんてすごい技術だ。やっぱりここにもA.I.が活用されているのか。
「ブブブブブ 残念、不正解です」
携帯電話から無機質な音声がなり響いた。
「え、なんで?」
亜紀ちゃんは不満をあらわにして携帯電話に食ってかかった。待て、亜紀ちゃん。それが壊れると今後の活動に支障が……
「チーム17Sは不正解だったため、回答権は『デンジャラス・ビューティーズ』に移ります」
ふ、不正解?やばいぞ。ぼくらは今、資金が10万アンを切っている。ここで負けると失格になって、退場……?
「ふう、あぶない。わたしも『ピー玉』だと思ったんだけど、ええっとじゃあ……」
た、頼むよ姉ちゃん、見逃してくれよ。ちなみに姉ちゃんはダンサー体形で、弟のぼくからみても美人な方だとは思うけど、ちょっときつめの性格が災いしてか、ぼくの知る範囲では男女交際の経験はない。男のことにはあまり詳しくないはずだ。
「ちょっとてつ、頭ん中で余計な個人情報暴露してんじゃないでしょうね?」
くっ、ばれたか?
「てつ、残念だけど、わたしもちゃんと情報収集はしてるんだからね。いい、こういうのを『耳年増』っていうのよ。ま、それはおいといて、男の人の身体の真ん中でぶらぶらしてるものっていったら……ひょっとして『ネクタイ』?」
ネ、ネクタイ?ああ、確かに身体の真ん中でぶらぶらしてるかもしれないけど……
「正解です。これにより、対戦は『デンジャラス・ビューティーズ』の勝利となりました」
「え、正解?じゃあわたしたち……まさか『失格』な、の?そ、そんな」
亜紀ちゃんは今にも泣きだしてしまいそうだ。修と慶次君はまだリフティングを続けている。南監督はミニスカートのお姉さんにひざ枕をしてもらったまま、もう一人のお姉さんに足をマッサージしてもらっている。
「ちょっと待ってよ、運営さん」
え、突然姉ちゃんが携帯電話に向かって怒鳴り声をあげた。
「わたしも『ピー玉』が不正解だっていうから『ネクタイ』なんて答えちゃったけどさ。今時、どれだけの男がネクタイなんてしてると思ってんのよ?」
たしかに。ここにいる17Sの男性メンバーのうち、ネクタイをしているのはマジシャンの南監督だけで、しかも蝶ネクタイだから身体の真ん中でぶらぶらしているわけではない。
「運営さん、あんた今ネクタイ着けてんの?」
「い、いやぼくは夜勤のアルバイトなんで、作業服とTシャツで……」
ええ?あの携帯電話の音声って機械じゃなくて、ちゃんと裏の人がいたんだ。
「今時ネクタイしてるのなんて、政治家とセールスマンくらいなんじゃない?それに比べて、てつ、あんたにもピー玉ついてるでしょ?」
「う、うん多分……」
思わず股間に手をやってしまったが、たしかになにやらぶらぶらしている。あ、ちなみにぼくはトランクス派で、パパはボクサーパンツ派だ。ん、そうなるとパパのは「ぶらぶらしている」には該当しないのか?
「とにかく、誰か責任者に聞いてみてよ」
「わ、わかりました。ええっと今日の当番の副支配人に電話してみるっす。ちょっと、じゃなくて、しばらくお待ちください」
幸運なことに、呼び出し音3回で副支配人が電話に出た。
「ああ、副支配人、夜遅くに申し訳ないっす」
「おお、どうした?こんな時間に。ああ、またさっきの17Sか。で?」
「ちょっと、判定で微妙なところがあって……」
携帯電話から副支配人の声が直接聞こえる。運営さんはいちいちぼくらに説明する手間を省くために、スピーカーモードにしてくれたようだ。
「ああ、今か?いや、もう家に帰って風呂入ったから、ネクタイはしとらんよ。パンツ?だからもう寝るところだから、パンツも履いてないよ」
そうか、副支配人はノーパン健康法を実践してるのか。よし、いいぞ。
「うん、ああ、今ピー玉ぶらぶらだ。うん、ああその問題か。しょうがねえなあ。まあ、そういうことなら両者正解ってことでいいんじゃない?ああ、アン?いいよ、それも両方10万ずつで。どうせあんなもん最後には……ああ、これは言ったらまずかったか。うん、じゃあそういうことで、おれもう寝るから」
「じゃ、そういうことで。どっちも『勝ち』ってことでいいみたいっす」
心なしかほっとしたような運営さんの声が携帯電話から聞こえてきた。
「ああ、よかった」
さすがの亜紀ちゃんも安心して足の力が抜けたのか、ぺたりと地面にしゃがみ込んでしまった。ぼくは亜紀ちゃんがそのまま後ろに倒れてしまわないよう、後ろからそっと背中を支えてあげた。
「ね、姉ちゃん、助かったよ」
「ふん、よかったわね。失格にならなくて。まあわたしたちに10万アンが入るなら、どっちでもいいんだけど」
「お、お姉さん、ありがとうございました」
亜紀ちゃんはまだしゃがみ込んだまま、姉ちゃんに向かってしおらしくお礼を言った。
「ふん、まあいいわよ。それよりてつ、いっこ貸しだからね。もし賞金がもらえたら、4割よこしなさいよ」
くっ、4割か。さすが姉ちゃん、ただで譲るはずはないと思っていたけど、断りづらいぎりぎりのところをついてきた。まあしょうがない、それにどっちにしてもアンは……。
「じゃあ、みんな行くよ。さすがにそろそろ眠くなってきたから、わたしたちもお風呂に入って、って、え、マジ?」
姉ちゃんがデンジャラス・ビューティーズのみんなと立ち去ろうとした途端、携帯電話が振動した。
「あ、わたし……お、お姉さん、もしよかったら、今度の試合、みんなで応援に来てください。わたし、頑張りますから」
亜紀ちゃんは3つ目のスキル「勧誘」を修得していた。って、なんと修と慶次君のリフティングはまだ続いていた。しかも慶次君のリフティングの相手をしているガタイのいい女性は、よく見ると……
「さ、さち子さん」
そう言えばさち子さんはぼくらと同じ平峰大学の学生で、姉ちゃんの後輩ということになる。さち子さんも花火大会でダンスを踊ったりしてたから……
「だって、さち子さんは慶次君と付き合ってて……」
「慶次君、もうちょっとだよ。頑張って」
「うん、さっちゃん、ぼくはまだまだ大丈夫だよ」
確かに股割の状態で体を少し上下するだけのリフティングだったら、カロリーの消費も大したことはないだろう。一方の修は、高校時代にアキレス腱を断裂しているから……
「くっ、くっそ、もう限界だ」
修は、雄たけびとともに床にぺたりと座り込んだ。
「わたし、やっぱり強くておっきい、慶次君が大好きよ。お願い、わたしを逮捕して!」
「了解」
「あ、慶次君、どこにいくの?」
慶次君はさち子さんをお姫様抱っこして連れ去ってしまった。
「ま、まさか慶次のやつ第3のスキルを修得して……」
「警察官の第3のスキル『逮捕』か?」
まあいっか。2人とも大人なんだし。
ぼくらは南監督をむりやり引きずり起こして、ぼくは修に、亜紀ちゃんが南監督に肩を貸して、テントまで歩いて帰った。
「慶次君、さち子さんとなにを食べにいったのかなあ?」




