第9戦 その2
「うわ、なんだこの音?」
トイレへと続く廊下に入った瞬間、大音量のロックミュージックのが耳に飛び込んできた。
「あ、あそこ、奥に監督が!なに、やってんだ?」
廊下の中は通常の電灯は消され、色とりどりの光が点滅しながらぐるぐると回転している。
「音も光も携帯電話から出ているみたい。ということは、これも誰かのスキルなの?」
「慶次君、修二君、いいところに。た、助けてください。ボールから目が離せなくなって」
南監督は股割の体勢で腰を落とし、音楽に合わせて体を上下させている。目の前にはサッカーボールが2つ。南監督の顔の動きに合わせて、いや、サッカーボールの動きに合わせて南監督が上下しているのか……
「監督、それ、ボールじゃなくて、おっぱ、いや、ボールということにしておこう」
「哲也君、不思議でしょう?手も足も使ってないのに、ボールが勝手にぽよよーんって。ああ、亜紀ちゃんも。ほら、亜紀ちゃんにもリフティングできますか?ぽよよーんって」
「く、悪かったわね。どうせわたしはちっぱいよ。いくら飛んでも跳ねてもぽよよーんってなりませんよ」
「あらー、監督。お仲間が助けにきてくれたの?」
突然後ろから声をかけられた。慌てて振り向くと、フリルのたくさんついたミニスカートに胸がざっくりと開いた衣装を身に着けた3人の女性が、サッカーボールをゆらしながら近づいてきた。
「ねえ、みんなもわたしたちと一緒にボール遊びしようよ。楽しいよ」
ピンク色の衣装を着た、小柄で髪の毛を二つ結びにした女の子が修のマークについた。
「おう、おれもリフティングにはちっとばかし自信があるぜ」
修は女の子と2人でリフティングをはじめた。
おい、修、さっきみゆきさんのネギをぱくってしたんじゃなかったっけ?ダメだろ、いきなり裏切ったら……
「こっちのお兄さん、たくましいー。すごくいい体してるわね。どう、わたしとボール遊び、してみない?」
慶次君のマークについたのは、パパと同じくらいの身長でガタイのいいお姉さんだ。いや、慶次君と並ぶと小さく見えてしまうが……真っ黒なストレートのロングヘアーで水色の衣装を着ている。
「ぼ、ぼくはゴレイロだから、リフティングは得意じゃないけど、股割だったら何時間でもできちゃうよ」
慶次君は女の子と2人でリフティングをはじめた。
くそ、こうなったらぼくも。ぼくのマークについたのは、小柄で真っ白な衣装を着た明るい茶髪のお姉さんだ。目が切れ長で、ちょっときつそうな顔をしている。ああ、ボールがすでにぽよよーんってしている。
ぼくがふらふらとお姉さんについていきそうになったその時、「ボキボキ、ペキッ」
真後ろからなにかが砕け散るような、不吉な音がした。
「てっちゃーん?」
「は、はい」
「てっちゃんはわたしを1人残して、リフティングなんてしないよね?」
あ、危ないところだった。そうだ。ぼくは中学生のころに、決して亜紀ちゃんを怒らせるようなことはしないと誓いを立てていたんだ。
「う、うん。大丈夫だよ。何があっても、ぼくは亜紀ちゃんを1人にはしない」
「そう。よかった」
ぼくは正気を取り戻した。亜紀ちゃんは正気を取り戻した。
「へえー、わたしたちのスキル『魔性のダンス』に耐えるなんて、やるじゃない。でも、これならどうかな?第2スキル発動『まくらA.G.』!」
茶髪のお姉さんは、ミニスカートをふわりと翻して、ぺたんと座り込んだ。
「うっ」
白い太ももにスポットライトがあたり、妖しく輝いた。この体勢は?
「おいで。ひざ枕してあげる。今日は朝からいろいろあって疲れたでしょ?耳かきがいい?それとも顔のマッサージしてあげようか」
ああ、なんて白くて、すべすべしてそうで、それでいて、あったかそうで、やわらかそうで……だ、だめだ、ああ、吸い込まれる。亜紀ちゃんが後ろからぼくの背広を掴もうとしたが、思わず振り払ってしまった。
「うふふ、いいこと教えてあげようか?わたしたちみんなオーバーパンツなんて履いていないんだよ」
「ええ、だって、職業斡旋所のお姉さんが……」
「ううん、暑いから、脱いじゃった」
ああ、もう、だんだん顔が下がって……だ、だ、あ、れ?」
「てっちゃん、ダメよ。頑張って。ここで負けちゃったら、誰がパパを助けにいくのよ?」
パ、パパ?あれ、この匂いは?なんだか懐かしい匂いが、お姉さんの足の、下の方から……
「サッカー……」
「え、なに、てっちゃん?」
「懐かしい。サッカーの匂いがする」
「何言ってるのよ、てっちゃん。サッカーに匂いなんてあるわけないじゃない。しっかりしてよ」
「違うんだよ。ぼくがサッカーをはじめたばかりの頃、練習から帰ってきた時にパパが嬉しそうに言ったんだ『ああ、懐かしいな。うちの玄関からもサッカーの匂いがするようになったんだな』って。あれは確か夏休みのすごく暑い日で……」
「それって、汗がサッカーシューズにしみ込んで、発酵してたんじゃ?靴がくさいってことじゃないの?」
「ううん、違うよ。これはサッカーの匂いだ。でもなんでこんなところで……」
「ま、まさかそのお姉さんのダンスシューズが?」
「いいや、間違いない。この匂いはサッカーの匂いだ。ぼくの家の玄関の匂いがしみ込んでいるこのダンスシューズは、姉ちゃんのダンスシューズだ!」
「ええ、まさか、ゆ、優美さん?」
「げっ、ばれたか?」
茶髪のお姉さん、いや、メイクとミラーボールの光のせいでわからなかったが、サッカーの匂いがするダンスシューズを履いているのは……小学校に入る前からダンスを始めて、平峰大学を卒業すると同時にダンスチームを結成した、ぼくの、優美姉ちゃんだけだ。
「姉ちゃん、こんなところでなにやってるんだよ?」
姉ちゃんの膝上20cmのところからぼくが叫ぶと、姉ちゃんは正座の状態から脚力だけで素早く立ち上がり、バックステップして間合いをとった。
「ふん、ばれたら仕方ないわね。わたしたちご当地地下アイドル『デンジャラス・ビューティーズ』の知名度アップと活動資金調達のためには、どうしてもこのラビリンスをクリアーする必要があったのよ」
「『デンジャラス・ビューティーズ』?D、B?ってまさか姉ちゃんも」
「そう。わたしたちはみんな、この胸に張り付いたサッカーボールのおかげで、IDBAの認定基準をクリアーしている。だからユニット名にも『DB』を使用することが許されているのよ」
「そ、そうか姉ちゃん、参加者をサッカーボールで誘い込んで……」
「無理やりリフティングをやらせて、ふらふらになったところに勝負を挑んで、アンを稼いでいたのね?」
「でもここにくるまでには、腕相撲とか、しりとりで勝たないといけなかったんじゃあ?ま、まさかそれもサッカーボールで……」
「ふん、人聞きが悪いわね。まあ、たしかに腕相撲の時はちょっとだけサッカーボールで手をはさんであげたりしたけど……支配人さんたちは、可愛い孫のふりをしてちょっと甘えてあげたら、喜んで通してくれたわよ。だから、てつ、あなたたちもお姉ちゃんを助けると思って、ね、お願い」
「だめだよ。ぼくたちだって17Sの運営資金を稼がないと。ぼくたちはここで負けたら失格になっちゃうんだ。それにパパが……」
「あら、そういえば、パパと一緒じゃなかったの?」
「パパは健康診断の時に連れていかれて、ラビリンスのどこかで捕まっているみたいなんだ」
「そう、大丈夫よ。わたしたちがパパもちゃんと助けてあげるから」
ダメだ。姉ちゃんもパパに似て頑固なところがあるから、そう簡単には譲ってくれないだろう。こうなったら……
「勝負だ。姉ちゃん」
「だめ、てっちゃん」
亜紀ちゃんがぼくの右手を捻り上げながら悲鳴をあげた。
「え、亜紀ちゃん?」
「てっちゃんとお姉さんがここで争ってたら、お父さんが悲しむから……てっちゃんの代わりに、わたしがやる」
「あ、亜紀ちゃん……」
「はううううう!」
南監督は悲鳴をあげてへたりこんだ。慶次君と修はまだリフティングを続けている。
「ふうん、わたしと1対1で勝負するっていうの?いい度胸ね。てつの彼女だからって手加減はしないわよ」
亜紀ちゃんは黙って頷いてアプリを開き「1on1」の「一本勝負」を選択した。アプリが問題を読み上げる。
「問題 男性の身体の真ん中で、ぶらぶら揺れ動いているものは何?次の言葉の〇の部分を補って、4文字の言葉を完成させなさい『〇 〇 タ 〇』」
アプリが問題を読み終えると同時に、亜紀ちゃんが力強くボタンを押した。




