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第9戦 その1

「やっぱりどこにも書いていない」

 亜紀ちゃんがシャワーを浴びている間、ぼくはアプリを開いて、ずっと気になっていたことを調べてみた。

「てっちゃん、お待たせ」

「ああ、亜紀ちゃん、早かったね」

 亜紀ちゃんがタオルで髪についた水滴を拭きながら歩いてきた。衣装はメイドさんのままだが、化粧は落として、もう寝る準備ができているようだ。ぼくも後で歯を磨いておかないと。さっきドラッグストアで替えの下着は買ったけど、パジャマは買っていない。どんな格好で寝ようかな?

「うん。軽く汗を流しただけだから。ねえ、てっちゃんはもう眠たい?」

「いや、まだ大丈夫だよ」

「わたしもまだ眠たくない。ねえ、ちょっとお散歩しようよ」

 さっきまでの営業用の派手なメイクもきれいだったが、まだ幼さの残るすっぴんにメイドさんの衣装というのもまた違った魅力がある。

 20時を過ぎて、飲食店以外のほとんどのお店は閉店してしまっている。ほかの参加者も晩御飯を食べたり、お風呂に入ったりと、そろそろ寝る準備をしているのだろう。大通りは閑散としている。まだ照明は落とされてはいないから、屋外の夜の散歩よりは安全だろう。

「うん。わかった。ぼくもちょっと2階の様子を見ておきたいから、ぐるっとひとまわりしてみよう」

 ぼくらは2階でエレベーターを降りると、そのまま東に向かった。2階のおおまかなレイアウトは、中央部の吹き抜けをはさんで南北に大通りが2本配置され、東の端と西の端をつないでいるといった感じだ。

「あ、あれが正さんが言っていた喫茶店だね」

「ほんとだ。亜紀ちゃん、お腹は空いている?」

「ちょっと空いてるけど、夜はあまり食べないようにしてるから」

 うん、DBじゃない人だったらそんなもんだよな。パパは「腹が減ってたら寝れねえ」って言って、夜中でもタマゴかけご飯やラーメンを食べることがあるけど。

「てっちゃんは?何か食べていく?」

「いや、ぼくもさっきラーメン3玉食べてるから」

「ああ、そうだったね。慶次君もラーメン6玉食べてたから、晩御飯は食べなくてもいいのかな?」

「いや、慶次君は修たちとフードコートにでも行ってるんじゃない?」

「そうだね。きっと牛丼の大盛とか食べてるよ」

 本屋、ホビーショップ、眼鏡屋、雑貨屋。どれも今は閉店しているけど、シャッターや看板で大体どんなお店かはわかる。できるだけ配置を憶えておいて、帰ったら南監督に報告しよう。

「てっちゃん、向こうが随分明るいよ。ほかの参加者も何人かきているみたい」

「あれは……たしか正さんが2階にはゲームセンターがあるって言ってた」

「へえ、ゲームセンターか。なんだか賑やかで楽しそうだよ。てっちゃん、行ってみよう」

「うん、ちょっとだけのぞいてみようか」

 

「ああ、やっぱり。ラビリンス限定のものが結構あるよ」

 ぼくらは携帯電話で記念撮影をした後、対戦型のビデオゲームやクレーンゲームの景品を見て歩いた。どのゲームもアプリで決済ができるようだ。メダルゲームに際限なくメダルをつぎ込んでいる参加者もいる。こうやってゲームでアンを増やすこともできるのか……

「てっちゃん、見て、トリがいるよ。あの恰好、お尻ぺんぺんしてるってこと?」

 しりとり対決でお世話になった「しりとりマシーン」のトリだ。手のひらサイズのぬいぐるみがクレーンゲームの景品になっている。お尻をこちらに向けて、なんだか憎たらしい表情をしている。

「ねえ、てっちゃん、ちょっとだけやってみようよ」

「え、亜紀ちゃん、あんなのが欲しいの?」

「うーん。欲しいっていうか、記念というか。ラビリンス限定だから、フリマアプリで高値で売れるかも?」

「そうか。その手もあるな。よし、ちょっとやってみよう。え、2回で1,000アンか。結構高いな」

「大丈夫だよ。対戦の報酬でだいぶ稼いでるし。ほら」

 アプリで確認すると、残高は2人とも15万アン近くあった。

「ほんとだ。これなら少しくらい使っても大丈夫だね。よし、アプリのバーコードをここにピッとしたら……お、回数の表示が『2』になった」

 

「ちょっと、てっちゃん、そこはだめだって!」

「大丈夫だよ、亜紀ちゃん、ほらこうやって……」

 ぬいぐるみの形からいって、重心はおしりの方にあるはずだ。おしりの出っ張った部分をうまく掴むことができれば……

「えっ、ま、待って、もう少し、ん、あ、ああっ」

 狙い通りアームは、トリのお尻をしっかりと掴んで……よし、アームが上がり切った所で発生する「ガクン」という衝撃も乗り切った。あとはゆっくりと取り出し口の真上にスライドして……

「やったー。いきなりゲットだ」

「すごい。てっちゃん、えらい。あれ、てっちゃん、こっちにもトリがいる。よーし、わたしもやってみよう」

 思ったより簡単だったな。この調子だったら、えーと、ポーズや表情が少しずつ違うのが、全部で8種類あるのか?これだったら全種類コンプリートできるかな?

「あれ、てっちゃん、なんか光が変わったよ。あと3回やるとチャンスゾーン突入だって!」

「あ、ぼくのもだ。ええっと、へえ、スーパーチャンスゾーンっていうのもあるみたいだ。アームが掴む力が20%もアップするんだって!」

 こうしてぼくらは底なし沼にずぶずぶとはまり込んでいった。


「やばい、亜紀ちゃん、どうしよう」

 ああ、なんだか足に力が入らないよ。

「うん。みんなに謝るしかない、よ。でも、こんなことしちゃったの、わたしたち2人だけだし。ほかのみんなのアンがあれば……」

「ああ、そうか」

 ぼくら2人はアンの残高をほぼ全て失ってしまったが、南監督や修、慶次君のアンが残っていれば、対戦に負けてもすぐには失格にならない。ああ、でも……。ふう、ため息しか出ないぞ。ぼくらは2人で7種類のトリ合計22体をゲットしたが、最後の1種類がどうしてもゲットできなかった。

 これが「若さゆえの過ち」ってやつか。こんな時パパがいてくれたら、ぼくらを引きずってでも、破局が訪れる前にゲームセンターから強制排除してくれていただろう。


「あれ、てっちゃん、あっちの方からなんか聞き覚えのある声が……」


「ちょっと待て、慶次、そこはだめだって!」

「大丈夫だよ、修、ほらここをこうやって……」

「えっ、ま、待てよ、もう少し、ぐ、うう、うお!」

 ズシンと地響きを立てて、慶次君が床にくずれ落ちた。足元には自動焼きおにぎり製造機「ギリ」をモチーフにした「鬼・ギリ」のぬいぐるみが散乱している。

「ま、まさか……」

「ああっ、てっちゃん、亜紀ちゃん。うう、ご、ごめんなさい」

「まさか、慶次君たちも?」

「もって?まさかお前らもか?」

 鬼・ギリのぬいぐるみを両手に抱えた修が、魂の抜けたような声でつぶやいた。鎧を身に着けた修がぬいぐるみを持っていると、なんだか生首のように見えてしまう。


「ふうう」

ぼくらは大通りをとぼとぼと歩いてテントを設営したイベントホールに向かった。

「修、トラップを仕掛けるって言ってなかったっけ?」

「そのはずだったんだけどよ。糸がなかったから、ドラッグストアに行ってみようってことになって……」

「糸?ああ、足が引っかかると、手りゅう弾が爆発したり、矢が飛んできたりするトラップね」

「ドラッグストアももう閉まっちまってて、しょうがねえからフードコートで牛丼食ってたら、ゲームセンターに行ってみようって話になって……」

 そうか、ぼくらは正さんから情報を引き出していたつもりが、まんまとトラップに誘導されていたのかもしれない。

「もうすぐ着いちゃうよ。監督になんて言って謝ろう?」

「やっちまったもんは仕方ねえ。ありのままを白状しよう。大丈夫だって。ゲーセンに行く前はみんな15万アンくらい持ってたたろ?監督もおんなじくらい持ってるはずだから、負けても一発退場はないって」

 こんな時でも修の発言は前向きだ。ピンチの時には本当に頼りになる。あれ、なんだ?

「みんな、急ごう。テントの方から声が聞こえる」

「え、テントには監督1人しか残ってないはずじゃあ?」

 ぼくらは駆け足でテントに戻った。


「ああ、お父さん、そこはダメです。ちょ、ちょっと待って、ああ……」

 南監督がベッドの上で1人でじたばたしている。どうやらパパと1on1をしている夢でもみているようだ。


「はああ?な、なんてことを……」

「監督、ごめんなさい。わたしが「トリ」が欲しいって言ったから……」

「ぼ、ぼくもラビリンス限定の『ギリ』がどうしても欲しくて……」

 折り畳みベッドに腰かけた南監督の前で、ぼくと慶次君、修はちょこんと正座。亜紀ちゃんだけは少し体を斜めに向けて、体育座りをした。オーバーパンツが見えそうで見えないぎりぎりの角度だ。

「いいですか?そもそもラビリンスに来た目的はチームの運営資金を……いや、まあそのアンもみなさんが協力して手に入れたものだから……」

 やはり南監督にいつもの歯切れが無い。亜紀ちゃんの足元が気になっているようだ。

「しかし、今の状況でもし次の対戦に負けてしまったら、失格ということになって……」

「ああ?ちょっと待てよ」

 修が南監督の話をさえぎった。

「わたし達、ゲームセンターに入った時、確かみんな15万アンくらい持ってたから、それが今はほとんど無くなっちゃったんだけど、監督はまだ10万アン以上持っているんじゃあないの?」

「あ、まさか……」

「そうです。電器屋で充電器などを買ったとき、わたしがまとめてみんなの分を支払ったから……」

 南監督はアプリを開いてアンの残高を表示した。

「8万、8,700アン!」

「ええっと、ぼくらは……く、ダメだ。みんなの分を合わせて9万アンくらいしか残っていない」

「じゃ、じゃあもし次の対戦で負けたら失格ってこと?」

 そ、そんな。確かにぼくらはここまでで1回しか負けていないけど、もし次の対戦相手が強敵だったら……

「まあ、終わったことをどうこう言ってもしょうがありません。わたしはここで少し頭を冷やして、今後の作戦を考えます。みなさんは罰として、こことゲームセンターの間を3往復走ること。哲也君も慶次君も歩いたらダメですからね」

「はい。わかりました」

 ここからゲームセンターまでだと1km近くある。3往復して約5kmと考えても、30分もかかるのか。亜紀ちゃんはせっかくシャワーを浴びたのに、また汗をかいてしまう。そもそも鎧武者とメイドさんと警察官が並んで走るなんて……ギャラリーはあまり多くないけど、ちょっとした見世物になってしまう。まあ、自業自得ってやつだけど……


「監督、終わりました」

 ぼくや慶次君を大きく引き離して真っ先にイベントホールにたどり着いた亜紀ちゃんがテントの外から南監督に告げた。ぼくは最後の方はほとんど歩くようなスピードで、いや慶次君は通常の人が歩くよりもゆっくりとしたスピードだったが、ともかく最後まで走り切った。

「監督、マジですみませんでした。おれ達、もう2度とやらねえから……あれ、監督、寝ちまったの?」


「ふ、ふわーー!、だ、誰か、た……」

 南監督の叫び声だ。あっちは、トイレのある方だ!

 ぼくらは残り少ない力を振り絞って、トイレに向かってダッシュした。


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