ウサギ
ベランダから飛び降りたあの日以来、ニアと私は如月邸にお邪魔して勉強するようになった。
如月邸から家に帰ると一目散に自室に向かい、鍵をかけて椅子に座って勉強したことの復習をした。
如月塾のない日は、ニアと長電話したり、オススメされた漫画や本、雑誌を読んだり、
動画サイトで音楽を聴いたりした。
そんななんでもない一日のことだった。
「お前の部屋のウサギ二羽、どうなったか教えてやろうか」
玄関から入ってすぐの部屋、元は物置小屋で今は喜翔の部屋になっている部屋から声がした。
如月邸から帰って靴を脱いでいた時だった。
「俺が殺してやったんだよ」
私は随分と可愛がっていたウサギのことを長い間忘れていた。
空になったウサギ小屋を見ても何も感じないようにしていた。
あの夢に出て来た二羽のウサギは飼っていたウサギだったんだ。
私はカッとなって喜翔の部屋のドアを開けた。
喜翔はそうすることが分かっていたみたいに一人がけのソファにゆったりと座ってこちらを見ていた。
「最低」
私は吐き捨てるように言った。ミミとキキ、二羽のつがい。
十歳の誕生日にお父さんに買ってもらった私の大事なウサギ。確かミミは妊娠していた。
私の心は壊れていた。もう涙も出ない。
「最低ね。人間の底辺だわ。自分の血縁者だと思いたくない。
私の大事なものを片っ端から壊して、一体私をどうしたいの」
「自分だけのものにしたいんだよ、しの。分かってくれ」
「分かりたくないわ。永遠にあなたのものになんてならない」
死ねばいいんだ、小学生だった私に喜翔は何度もそう言った。
「死ねばいいのよ」
今度は私が言う番だった。
憎悪のこもった目で喜翔を睨みつけて部屋を出た。喜翔は最後まで笑っていた。
何度目かの診察の時、私は告白した。
「先生、私兄から殴る蹴る首を絞めるなどの暴力だけじゃなくて性的な暴力も受けていました。
死ねや殺すなどの暴言も受けてました。多分私が飛び降りたのはそのせいです」
「性的な暴力」と言うのには恥ずかしさが伴ったけど、
主治医には事実を伝えなければならないと思った。
「そうだったんだね。教えてくれてありがとう」
それから主治医は不安を取り除き感情の高まりを抑える薬を出してくれた。
精神状態を落ち着かせる為だ。服薬する薬は多くなっていて、
前よりも心が落ち着いていると感じている。
喜翔が家にいるときは音楽を聴きながら本を読んで現実逃避しているし、
そもそも喜翔は毎日どこかへ出かけているようだった。




