恐怖①
如月先生は途中からニアの受験勉強も見るようになった。
リビングで三人並んで勉強するのは楽しかった。
ニアの受験勉強は大変そうだった。
ニアが解らないところを如月先生が一緒になって考えていた。
シャーペンを顎にくっつけて考える様を見て、それが考えるときの癖なんだと気付いた。
一時間半の勉強時間は毎回あっと言う間に過ぎていった。
「また来るね」とニアは言って、「また、来週に」と如月先生は言った。
玄関で二人を見送って私はリビングに戻った。
「誰だあの男」
気配もなく、突然後ろから声がした。
ギョッとして思わず肩が跳ねた。
私は喜翔の存在に気付くと、ダイニングテーブルに広げた教材をいそいそとかき集めた。
なんでこの時間に喜翔が家にいるんだろう。いつもはいないのに。
心臓がキュッと掴まれたような痛みが走った。頭もお腹も痛い。
「家庭教師よ」
小さくそう答える。
「他の男見てんじゃねーよ!」
喜翔は突然声を荒げて乱暴に壁を殴った。
咄嗟に問題集で顔を覆って壁を作る。怖い。怖いよ。
「俺だけ見てればいいだろ!」
「どういう意味よ」
「お前俺のことが好きなんだろ」
「もう好きじゃないわ。もう私に関わらないで。お願いだから……」
「俺はお前の好きなショウだぞ」
「もう違うわ」
私は教材を抱えて階段に向かった。その行く手を喜翔が阻む。
「これはお前のせいでできた傷だ」
喜翔は乱暴に私の腕を掴み、自分の手首にある大きな赤く膨れ上がった傷跡を私に見せつけた。
「よく見ろよ!なあ!」
「離して!自業自得でしょ。私のせいなんかじゃない」
「なんだと」
「私がつけた傷じゃないわ。あなたが切った傷よ」
喜翔は口を一文字に結んで息を整え、それから恐ろしいことを言った。
「俺はお前が好きだ」
私は何が何だか分からなくなった。
数分前に身につけた復讐の為の学力がどこか遠くへ飛んで行ってしまったような気がした。
「信じられない」
私は小さな声で言った。唇が震えた。
「散々酷いことをしておきながら好きですって?」
「俺はお前の好きなショウで、お前は俺の好きな東雲だ。結ばれただろ、俺たち」
「……気持ち悪いわ」
「なんだと?」
「あなたはショウじゃない。喜翔よ。私を大事にしないし傷つけるばかりで害悪だわ……
私が飛び降りた原因はあなたよ。もう好きなんかじゃない。興味もない。触らないで。
関わらないで。不快よ」
私は精一杯の強がりと勇気を出してそう言うと、喜翔を押しのけて階段を駆け上がった。
「おい!」
喜翔の声が私を捕まえようとする。喜翔が追いかけてくる。
私は振り切るように自室のドアを開けて鍵を閉めた。




