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銃火のオシナー  作者: べりや
終章 東方大演習
121/126

前世

 楽な任務のはずだった。

 ブリーフィングではヘリに同乗して物資輸送の手伝いと現地民との交流と聞かされていた。

 飛行場に駐機されたヘリには青いドラゴンと共に『TANNIN』と印字されたノーズアートが書かれていた。確か、これって海の大きな怪物って意味だったような……。

 ネット小説を読んでいて身に着けた無駄知識から「まぁドラゴンって意味もあるが、皮肉でもきかせてるのか……?」と思いながらパイロットに挨拶をする。なんと女性パイロットだった。

 珍しいなと思いながら手短に作戦要綱を確認し、数分後には部下と共に空の人となった。



「……なんもねーな」



 バラバラと聞こえるローターの音から眼下を見やれば荒涼とした瓦礫と砂漠が広がるばかり。

 国境の町と聞いていたが、こう見ると国境線などと言う線は見えず、ただゴマ粒のような人々の営みが見えるだけだ。

 それなのに地上では肌の色から仕える神の違いから彼らは銃を手に取る。ここはそんな紛争地のど真ん中。



「東雲中尉! あと十分で目的地です」



 インカムから聞こえてきた女性パイロットの声に「降下用意」と反射的に答えてから小銃に黒々としたマガジンをたたき込む。

 と、言っても実包の装填は行わない。

 確かにゲリラのうろつく危険度の高いエリアでの物資輸送任務だが、数日前から行われている国連軍主導の空爆により、その活動も下火になっていると言う。

 それに友軍の無人航空機(UAV)の偵察結果から安全が確保されていると司令部からのお墨付きまでもらっている。故にこうして無人機主力のご時世に有人機の旧式ヘリに乗せてもらえるのだ。

 それでもここが紛争地である事に違いは無い。それなのに実包の装填が『有事』の際だけなのは政治(うえ)が世論に配慮しての事だった。



「危険な目に会うのはこっちだって言うのに……」



 撃つなと言うのは易いが、現場はそうは言っていられない。いくら法律が変わろうと命のやりとりをしているのはこちらなのだから。



「中尉! 何か言われましたか?」

「いや、なんでも無い。それよりちゃんとドアガン握ってろ。落としましたじゃ許さないぞ。もし落としたらヘリから叩き落として拾わせるからな!」

「ひゃー。まさか薬莢の紛失も問題になりますか?」

「そうだな。拾ってきてもらおうか」

「そりゃー無いっすよ!」



 インカムに響く笑い声にふと、心の中に清涼な風が吹くような思いがした。

 俺はこいつらを死なせたくない。だが、任務を遂行も必須だ。

 部下と任務。その板挟み。

 いや、揺れる心はそれだけじゃない。

 俺は国を守りたいと思って自衛軍に志願したと言うのにここはお国の何百里、離れて遠き中東の――。だ。

 廃墟と砂と太陽しか無い辺鄙な場所。こんな所で歩哨に出たり、水道を引いたり、こうして輸送任務に従事する事が本当に国を守る事に繋がるのだろうか? いや、この平和維持活動が無意味だとは思わない。思わないのだが――。



「中尉! 二時方向! 敵影!!」



 パイロットの声にそちらを見れば一目で中古車と分かるトラックの荷台に積まれた重機関銃が目に入った。その周辺には覆面を被った民兵達が自動小銃を乱射している。



「民間人が狙われているようです!!」



 一瞬、躊躇いを覚えるもすぐに「弾込め!」と命令を下しつつ双眼鏡で敵情を確認。トラックを含めて三十人くらいか? ヘリの無線機で空中哨戒中の無人早期警戒機《彩雲》を呼び出す。



『こちらスカイアイ。どうした?』

「トラブル発生。ポイントC(チャーリー)付近にて民兵が民間人を攻撃している。交戦許可を求む」

『了解した。確認したいのだが、そちらは攻撃を受けたか?』

「受けていない。だが、早く頼む! 奴らテクニカルを所持している。早くしないと間に合わなくなる!」

『落ち着け。攻撃を受けている民間人は邦人か?』

「いや、周辺地区に邦人が居るとは聞いていない! それより――」

『状況を確認する。しばし待て』



 突然、無線の交信が途絶えた。

 ふと、機内を見渡すと緊張を滲ませた部下達が俺を見ていた。

 暗い機内に視線だけが光っている。口の中が一気に乾き、冷や汗がわきの下を流れる。

 どうする? 司令部の判断を待っていては間に合わなくなる。だが、交戦規定を無視した場合は? 国際問題は元より下手をすれば支援を受けられずに部下諸とも重機関銃で蜂の巣と言う未来も――。

 ここで命をかけてまで民間人を守るべきか? 部下の命を危険にさらしてまで戦闘に加入すべきか? 故国から何千キロと離れたこの砂漠で命をかけてまで戦うことなのか?



「中尉! やりましょう!」

「………………」

「やらせてください!! こっちにはその力があるんです! 守れるだけの力があるじゃないですか!」

「そうです。ヘリからの航空支援があればゲリラなどすぐにケチらせます!」

「このまま無抵抗な民間人を見殺しになんて出来ません。やらせてください!!」



 決意に満ちた瞳。

 あぁ、なんて俺は愚かなんだ。

 俺は確かに国を守りたいと思って志願した。

 だが、その根底にあるのは人々が安心して暮らせる世界を作りたいと思ったからだ。それに国境の垣根は必要ない。

 俺は、誰かを守りたいと思って軍服を着たんだ。



「分かった。やろう。ヘリの方は無理の無い範囲で支援をお願いしたい」

「了解です。基地に帰ったら良いお酒をおごってくださいよ!」

「任しとけ! よし! 行くぞ!!」

 「おう!」と響く頼もしい声。その声は、二度と集まる事は無かった。




 受付から俺の名前のアナウンスが流れる。それに従って白亜の診療室に入るとゴマ塩頭の医師が人懐っこい笑みを投げて来た。



「やぁ、東雲さん。最近はどう?」

「いえ、特に代わりは――いや、そういう意味じゃ無くて。だんだん、暗い事は考えないようになってきていますし、それに物音に関しても、その、そんなに気にならないと言うか」



 言ってる側から言い訳がましい。眼前に居る白衣の男は相変わらず内面の読みとれない笑みを浮かべて頷くだけだ。



「あの、先生。このカウンセリングも、だいぶ続けていますよね」

「そうだね。だいぶ続いているね」

「あの、そろそろ診断書を書いてもらえませんか? 原隊に復帰したいのですが……」

「原隊に復帰したいんですか、そうですか……。でも、ねぇ」



 医者はカルテに何やら走り書きを行ってから顔をあげた。



「焦る気持ちはわかりますよ。ですがね――」

「早く戻りたいんです! あと何回カウンセリングを受ければ良いんですか!?」



 思わずテーブルに叩きつけた手がすぐに痛みを脳に伝達する。

 もう体も治った。それなのに――。



「落ち着いてください。何も永久に現職に復帰出来ないとは言いません。何者にも時間が必要なのですよ。

 そんなに焦る必要はありません。ゆっくりで良いじゃありませんか」



 いつもこれだ。

 のらりくらりと問答をかわされる。だが、怒った事で心の中のもやもやを吐き出せたせいか、少しだけ倦怠感を覚えた。



「すいません。つい、カッとなってしまって」

「大丈夫です。そういう事もあります。さて、お薬の効き目はどうです?」

「いえ、そんなに効果は無いような気がして……。これって、体が必要としていないから、効かないんじゃ無いんでしょうか?」

「そうかもしれませんねぇ。ただ、念のために別の薬を出しましょう」



 その後、取り留めもないような話をして、俺は診察室を出た。また、次回の予約をして――。

 そして待合室に出て窓の外を見るとそこには老朽化した鉄格子が見えた。心療内科に通うまで病院に鉄格子なんて都市伝説だろうと思っていたのに……。

 そう思いながら待合室のソファに腰をおろす。今日は人が多いから会計まで時間がかかりそうだなと思いつつ何気なくラジオに耳を澄ます。



『本日、自衛軍のキャンプ地であるナントカスタンのソコエルにて自爆テロが起こり、多数の死傷者が出た模様です。現地司令部の発表によれば――』

「物騒な話だな」



 その声の主は俺の隣に座るおっさんだった。週刊誌を広げながらぽつりと呟かれた言葉。

 何気なくその週刊誌に視線を飛ばして、後悔した。

 そこには『法改正後最悪! 自衛軍部隊全滅』と書かれていた。

 そう、俺の部隊は俺を残して全滅した。

 ヘリから降下した瞬間、ホバリング中のヘリにゲリラのRPGが撃ちこまれた。幸い、命中する事は無かったが、危険を覚えたヘリは退避してしまい、戦力の要たるヘリを失ってしまった。そして孤立した俺たちにゲリラの集中攻撃が加わり――。あとは地獄だった。一人、一人と凶弾に倒れて行き、国連の支援が来るまでに俺の部隊は全滅した。俺を残して。


 『悪法による悲劇! 政府は犬死にをどう捉える!?』


 おっさんがページをめくった先に見えた見出し。それが視界に入った瞬間、俺はその雑誌を奪い取ってページを破り捨てた。

 何が犬死にか。

 俺は、俺たちは民間人を守るために戦った。それが犬死にか? 確かに俺たちの戦闘は戦局になんら寄与しないものだった。だがそれを俺は犬死にとは思わない。

 いや、思いたくない。命を投げ出してまで戦おうと覚悟したみんなを、俺は、俺は犬死にとは思いたくない!!



 その後、どうなったのかは覚えていない。たぶん、鎮静剤を打たれて、それから警察と話し合って……。

 これで俺の現役復帰がまた一歩遠のいた。

 俺は早く復帰して、そして――。

 そして?

 そして俺はどうすれば良いんだ。


 こんな公園のベンチに座って原隊に復帰する事ばかり考えて、復帰してどうすると言うんだ。

 さっき書店で買った雑誌には堂々と『自衛軍撤退現実味』と書かれている。

 俺の部隊が戦闘に加入してからゲリラの活動が活発となり、自衛軍にも死傷者の数が増え始めていると言う。

 それに不意に訪れる迫撃砲の砲声や自爆テロに脅かされ、隊員の間にも戦闘ストレス障害が出始めているらしい。

 その上、中にはそんな現実から逃避するためにアルコールに溺れて身を滅ぼした者も居たと書かれている。

 そして遠く離れた故郷では自衛軍の戦闘に対して厭戦ムードが漂う始末。

 現地民をゲリラから守り、ライフラインの復旧を目的にした平和維持活動のはずなのに、出るのは死傷者と批判の声。

 そんな場所に戻って何になると言うんだろう。


 ベンチに投げ出すように雑誌を投げ捨て、残ったハードブックを取り出す。

 最近の愛読書の一冊となっている『米海兵隊が教えるタリバンから命を守る二百のテクニック』だ。

 自衛軍に入るにあたってミリタリーな知識やサバイバル知識は身につけたつもりだが、これは著者の独白も混じっている。

 この著者も戦場に身を投じた者として、何か混迷とする俺に光をもたらしてくれるかもしれない。

 その思いで読み始めた本なのだが、思ったより実践的な話しか書かれてないのが難点だ。

 いや、本格的な匍匐前進のやり方とか火薬の製法とかよりいかに戦場に身をおいたかを知りたいんだけど……。


 そろそろこの本も見切りをつけるか。

 紙面に踊る文字達から視線をあげれば長閑な公園が広がっている。

 遊具で遊ぶ子供。それを見守る親。

 あの空爆を受けた町からは想像もつかないほどの平和がそこにあった。

 俺はこの景色を守りたかったのに。それなのに、俺はこうして病院でカウンセリングを受ける日々。

 どうして? どうしてこうなってしまった。

 この国を守りたいと思ったのに、そこにある平和を守りたかったのに、みんなが笑える世界を守りたかったのに……。



「おじちゃん、どうしてないているの?」



 舌っ足らずな声に振り向けば、ボールを抱えた女の子がジッと俺を見ていた。



「どこかいたいの?」



 ふと、指で頬をなぞると湿っていた。いつの間に……。

 強引に拭って笑うとぎこちないせいか、女の子が引いた。若干ショックを覚える。



「大丈夫。痛くないよ」

「でもないてるよ」



 どうやら、痛いから俺が泣いていると思ってくれたらしい。

 痛くは無い。痛くはないが――。いや、痛い。それでも心が張り裂けそうなくらい痛かった。

 俺は部下を殺した。もし、あそこで司令部の命令を待っていたら部下は死なずにすんだかもしれない。俺が降下を命じなければ部下は死ななかっただろう。


 俺が、俺が殺した。

 俺が殺してしまった。

 俺は、俺のエゴで部下を殺してしまった。


 それでも、民間人を守れた事を誇りにしたかった。いや、言い訳か。民間人を救ったのだからと言う免罪符が欲しかった。

 おまえ達のおかげで民間人は救えたと言われたかった。


 だが、俺たちに浴びせられるのは避難の声とテロの応酬。

 平和のために、誰かの笑顔を守るために戦ったのに報われなかった現実が、むざむざと部下を殺してしまった俺の判断が心を苛む。

 幾多のカウンセリングを受けても、複数の薬を飲んでも後悔を無くす事は出来ない。

 あぁ、かみさま! どうして俺だけ生き残ったのですか!

 この生に何か意味があると言うのですか!?



「おじちゃん?」

「なんでも、無いよ。何でも――」



 止めどなく涙を流す俺に女の子は飽きたのか、それとも気持ち悪くなったのか腕にかかえたゴムボールを蹴りながら走って行ってしまった。

 俺は、あのような子供も守りたかった。

 だが、現実は違う。



「……除隊して、出家でもするか」



 誰かを守るのも、俺のエゴでしかないのなら辞めよう。

 もう山奥に引きこもって部下達の供養に余生を当てよう。

 そう考えてベンチから立ち上がり、公園の出口に足を向ける。

 すると足下をコロコロとボールが転がっていく。それを追いかけるように先ほどの少女が駆けていく。

 俺は何一つ成し遂げる事無く、ただ部下を失い、悲観に暮れて生きる、のか――。


 ボールが車道に出る。それを追う女の子車道に飛び出した。そこにトラックが迫り来る。

 あ、っと思った。思わず脇に抱えていたハードカバーの本が地に落ちる。


 落ち着け。間に合う。女の子の足でも車道をわたりきれる。それにあのトラック以外に車は見えない。その上に距離がある。今からブレーキをかければ女の子が車道に残っても十分間に合う。


 だが、俺の眼前で女の子が足をもつれさせた。そして空挺志願時の視力検査で「余裕で合格」と言われた目がトラックの運転手を捉えた。眠っていやがる。

 もうブレーキをかけても間に合わない。俺が助けに入っても間に合うか――。

 足下に落ちた本と目があった。


『躊躇うな。死に神が笑っている』


 その一説が妙に頭に焼き付いた。

 躊躇っていては、死に神がやってくる。

 このまま全てを諦めて生を浪費して良いのか? そんな生のために部下の命を犠牲にしたのか?

 違う。みんな、みんな人々を守るために戦ったんだ。力無き人々を守るために銃を握ったんだ。

 俺は諦めない。

 例えそれがエゴでも俺は――俺たちは人々の笑顔を守りたかったんだ!



「間に合え!!」



 躊躇いを捨て、俺は車道に飛び出して。そして――。


こんなんでオシナー君の前世編でした。

ぶっちゃけWW2以降の軍制とか良くわかっていない節があるのでご指摘の嵐の予感。


それではご意見、ご感想をお待ちしています。

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