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銃火のオシナー  作者: べりや
終章 東方大演習
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謁見と前世

 現王陛下の演説後、戦闘は起こらなかった。

 現王陛下は淡々と亜人(エルフ)に命を救われた事、そして王領に来るまでに見た焼け爛れた村々の状況を静かに語り、剣を納めて帰順すると言うのなら処罰を考えると語られた。

 どうもクーデター軍はケヒス姫様のとった焦土作戦について聞かされていなかった者もいたようで、演説の最中から怒声が響いてくる始末。

 とにもかくにも司令部では攻勢は明朝と決議され、警戒しながら野営を行う事が今、決まった。

 司令部を後にしていくタウキナ・ベスウスの将達を見送ってから大きなため息をつくと、額の傷がズキリと痛んだ。



「オシナー様、今日はもうお休みになられては?」



 アウレーネ様の言葉を苦笑しながら「起きている方が楽ですので」と言葉を返すと、困ったようにタウキナの姫君は顔を曇らせた。



「お気持ちはありがたいのですが、休んでいられる暇が無いのです」

「ですが、その傷は――」



 一応、魔法使いに頼んで治癒を施してもらったおかげで出血は止まっているようだ。だが治癒してくれた魔法使い曰く「頭の傷は油断ならない」との事だ。

 前世でも日が経ってから脳出血で亡くなる人がいるとは聞いていたが、それでも目眩も吐き気も無いから特に心配していなかった。



「それに明日の戦は油断なりません。現王陛下の存命が知れ渡った今、陛下に帰順するか、それとも弑するかの二択しかないのですから、下手をすると今日を凌ぐ激戦になるはずです」



 諸侯の抱いていた現王陛下を頂点とする連合王国と言う国家感そのものが揺らぐ中、今までのように陛下に忠誠を誓うか、それとも袂を分かつか……。

 ケヒス姫様にとって選択そのものは後者しか存在しないが、他の諸侯は違う。

 だがもし、ケヒス姫様を現王と諸侯が仰ぐような事が起こればこちらの優位も崩れ去る事に成る。少なくとも明日の会戦を制する事が出来れば中立を守っている諸侯やクーデターに加担している諸侯の中からもこちらへ旗色を変える者もでるだろう。まずは明日の戦だ。



「でしたらどうかお休みください。火器を用いた戦の経験がある者はそう多くありません。

 明日は、今まで経験した事の無いような大戦になるやもしれませんから」

「……わかりまし――」

「それはお待ちください。はい」



 振り返ると天幕の入り口にわざとらしい笑顔を張り付けた宰相閣下が居られた。

 この人も現王陛下と同じく奇跡的な生還を果たし、この戦場に馳せさんじだのだ。



「オシナー殿にお会いしたいと陛下が仰せなのです。はい」

「陛下が?」



 陛下との謁見は何度かあったが、それは軍務卿の付き添いとして同じ空間に居る事こそあったが、個人的な指名は初めてだ。

 ふと、アウレーネ様に視線を向けると、彼女は困ったように肩をすくめた。アウレーネ様の願いとは言え、陛下の勅を無視するような事は出来ない。



「分かりました」



 では、と背を向けた宰相閣下に続いて天幕を出ると綺麗な夜空が広がっていた。最近は目に見えて夜が短くなっているのが分かるようになった気がしていたから軍議の永さを感じる。



「こちらです。はい」



 案内された陛下の天幕の前にはタウキナの歩哨が緊張した顔で立っていた。その前で簡単に身だしなみを整えて声をかけるとすぐに入室の応答が帰ってきた。



「失礼します」



 揺らめく蝋燭の光で満たされた空間は広々としており、さすが王族は野営でも暮らしが違うなと感嘆を覚えた。



「楽にしてよい」



 声の主は上座に据えられたベッドに横になられていた。

 謀略で負わされたであろう怪我のせいか、それともここまでの旅路のせいなのか、その声には演説と違い、力が抜けている。



「そちとこうして話すのは初めてだったな」

「そう、ですね。陛下」



 ケプカルト諸侯国連合王国の国主――ゲオルグティーレ一世。その人は疲れた身を起こすと、枕元におかれた琥珀色の瓶とグラスを持ち上げた。



「そちはドワーフに育てられたと伝え聞いておるが、奴らのように底なしに飲めるのか?」

「はい。酒についてはドワーフ並に飲めます」



 「そうか」と嬉しそうに笑うと陛下は自ら琥珀色の酒をグラスに注ぎ、俺に手渡した。

 受け取って良いものかと背後に居るであろう宰相閣下に確認を取るつもりで振り向くと、そこには誰もいなかった。



「人払いをしてある。ここには朕とそちしか居らぬ」

「そ、そうでしたか。あの、その、では頂きます」



 しどろもどろとしながらグラスを受け取り、中のそれに視線を向ける。

 芳醇な香りが鼻をくすぐり、生唾がこみ上げて来た。



「ノルトランドの物だ。これほどの蒸留酒を作れるのは兄上が広げたケプカルトとは言え、あそこしかない」



 陛下は軽くグラスを持ち上げて「東方の英雄に」とつぶやくように言った。



「国主たる現王陛下に」



 残念ながら緊張で味は分からなかった。とりあえず度数が高い事と喉が焼けるような熱さだけ辛うじて感じ取る。



「おいしゅうございます」

「美味いと言う顔をしとらんぞ。はっはは!」



 楽しげに笑うと陛下は手酌でグラスに並々と酒を注いでいく。いや、これって俺がやんないとまずくない?



「構うな。これくらい一人でやらせろ」

「は、はい」

「そうしゃちこばるな、と言いたいが無理なのであろうな」

「仰せの通りです」

「よい、許す」



 しばし訪れた沈黙。外から篝火が弾ける音が聞こえほどの静けさ。

 居心地の悪さを覚えて「ご、ご用向きは?」と絞り出す。まぁ、酒を飲み交わすためだけに呼ばれたのではあるまい。



「東方解放はそちの悲願であったな」

「その通りにございます」



 東方の解放――それこそ俺が銃を握り、部隊を作った理由。

 そのために俺は東方で、タウキナで、そして西方で戦ってきた。



「なぜなのだ? なぜ東方諸族を助けたいと思った? ドワーフに育てられたからか?」

「それも、あります」



 ふと、ユッタと出会ったあの路地を思い出した。

 それこそ、最初は俺のエゴだった。奴隷と言う存在を許せず、思わず切ってしまった啖呵を皮切りに俺は火器を装備した部隊を作ったのだ。



「最初こそ、自己満足でした。ですが、部隊を作って、共に戦って分かりました。

 ドワーフも、エルフも、そして人間もそう変わりません。戦勝を喜び、仲間の死に悲しみます。

 俺は、そんなみんなを守りたいと思いました」

「同じ人、か。そうだな。朕もよく知る事が出来た」



 現王陛下は唇を湿らせるようにグラスに口をつけ、ゆっくり話始めた。



「橋が落ちたとき、死を覚悟した。運よく水をあまり飲まなかったのは幸いだったが、あの冷水と寒風に、岸に打ち上げられても死の覚悟は変わらなかった。だが、朕はエルフに救われた」



 最初こそ面倒事とエルフは陛下や宰相閣下の事を拒んだ者も居たと言う。だが、それでも連隊を退役した者を中心に陛下達の看病が行われ、そうして快調した。



「兄に次いで王となり、奴隷制を押し進めていた朕がエルフに救われるとは思わなかった。そして、己を深く恥じた」



 奴隷として扱うより兵士として手元に置く方が国益になりそうだと言うことで解放宣言を出した事を恥じたのだ。



「故に、明日の戦は負けられぬ」

「陛下……」



 そう、負けられない。ケヒス姫様はが勝てばあの人は東方諸族を殺すだろう。それこそ殺し尽くそうとするだろう。

 故に、負ける事は出来ない。



「だが、朕の判断は、間違っていたのであろうか」

「いえ、そのような事は――」

「王都の現状を聞いた」

「…………ッ」



 王都はケヒス姫様のクーデターのせいもあり、反亜人の世論が声高に叫ばれている。

 元々、民の間には性急な東方諸族解放に反感を覚える者が多かったが、それが表面に噴出し、それを逆手にケヒス姫様は王宮を乗っ取ったのだ。



「ダメだな。兄上のようには行かぬ」

「陛下……?」

「前王にしてケヒスの実父、クワヴァトラ三世。

 強いお方だった。戦も旨い方だった。政も迷いなく行われる、まさに王と言う方だった。

 まぁ、娘の事では随分と悩まれたようだが」



 陛下は残っていた蒸留酒を一口あおると、「朕は王の器では無い」と言われた。



「今、こうして心が揺れて居る。民の声を無視したくはない。されどエルフの優しさを知ってしまった」

「……俺も、いつも迷っております」



 俺の考えた作戦で死んだ者。俺が連隊を作った事で死んだ者。

 もっと上手くやれたんじゃないのかと思う事が多々ある。



「故に、いつも考えております。考え続けています」

「答えは出たか?」



 黙って首をふると、陛下はゆっくりとうなずかれた。

 このお方も、いつも考えて居られるのだろう。

 高貴な方が俺と同じようにいつも悩んでいる。その事実が知れて、どこか嬉しく思う自分がいる。俺だけでは無かったのか、と。



「考え続けるしかあるまいな」

「はい。ヨスズンさんも、そう言っておられました」



 陛下は「そうか、あいつが」と小さくことぼした。

 しばし沈黙していたが、「兄上の遺言のせいか?」と意味深な事をつぶやいて一気にグラスを空にした。意味こそ推し量れなかったが、俺も一気にグラスをあおった。今度こそ、舌が味を脳に伝達して――。



「……痛ッ」

「どうした?」

「いえ、昼間の戦でおった傷が痛みまして」



 頭に巻かれた包帯をさすると「傷があるのに付き合わせて悪かった」とグラスをおかれた。



「いえ、そのような事は……」

「だが、心が楽になった想いだ。感謝する。そして明日は頼むぞ」

「――御意に!」



 一礼して陛下の天幕を出ると今までそこで待っていたのか、宰相閣下が俺を出迎えてくれた。

 相変わらず内面を押し隠すような笑みに見つめられたせいか先ほど飲んだアルコールが頭から抜けていくような気がする。



「待たれておられたのですか?」



 沈黙に耐えかねてそう訪ねると宰相閣下は小さくうなずかれた。



「えぇ。この度は苦労をかけたようですね、はい」

「確かに……。ですが、ご無事で良かったです」

「いやはや。前王陛下やヨスズン殿に追い返されてしまったようです。

 そろそろ引退だと思っていたのですが、世の中うまくいかないようです。はい」



 引退って……。この人は絶対死ぬまで宰相であり続けるだろうに。



「……おや? 今更になりますが、魔力の気配を感じますね」



 魔力?

 宰相閣下は俺の周囲をぐるりと巡るとすっと俺の頭に向けた。



「あの、何か?」

「誰かの魔法がかかっているようです。はい」

「さっきタウキナの魔法使いに治癒の魔法を施してもらったので、それじゃありませんか?」



 傷をふさぐためにかけられたあの拷問紛いの魔法を思い出すとさらに頭痛が強まったような気がした。



「いえ、治癒の魔法が施された事で鮮明になったと言いますか……。以前に何か、魔法をかけられた事はありますか? はい」

「魔法は無いはず……。あれ? それじゃさっきのが初の魔法になるのか?」



 しばらく宰相閣下は俺に手を伸ばしていたが、考え込むように顎をさすると「私の魔力をかんじます。はい」と言われた。

 いや、宰相閣下に魔法をかけられた覚えなんて――。いや、俺が王都に居る時にこっそりかけられていた――!?

 いや、そんな訳ないか。それだったら宰相閣下自身が知っているだろう。



「ふむ。私は身に覚えが無いのですが……。まぁ、言い機会です。解呪して差し上げましょう。はい」



 解呪? 本当に解呪なの? 魔法を解くと思わせてなにかしら魔法を行使するつもりじゃ――。



「やましい事などありません。はい」

「…………」

「おや、信用されていないご様子」

「貴方の行いを思えば当然じゃありません?」

「なるほど。それもしかり。今の所無害のようですし、放置でも構わないとは思いますが。はい」



 そう言われると気になってくる。

 だが、どうしよう。

 この人に身を任せるのはイヤだし……。そうだ。

 何かあればタウキナのあの魔法使いやシューアハ様を頼ろう。



「それじゃ、せっかくなので」

「分かりました。では――」



 宰相閣下が再び俺の頭に手を向ける。そして何か小さくささやく。

 すると突然、脳内に光が弾けた。

 剣を携えたドワーフと奴隷然とした宰相閣下。優しい両親の面影。迫り来る鉄の馬車。小さな箱に入った動く絵。空飛ぶ鉄の鳥。黒い小銃。緑の軍服。



「……思い出した」

「はい?」

「思い、出しました」



 枷がはずれるように記憶が戻ってくる。

 脳の使われていなかった区画に火が入るような鮮烈なフラッシュバックに思わず胃の中の物が這いあがってきた。



「うぐ」

「おやおや。大丈夫ですか? はい」



 宰相閣下の人を呼ぶ声が遠くで聞こえる。

 だが、記憶と共にあの頃の――。前世の出来事が次々に蘇ってくる。

 あぁ、俺は――。俺は――。



「俺は、東雲押那……陸上自衛軍、中尉」



 思い出した。全てを俺は、思い出した。


今回は場面転換はありませんが、読みにくい等があったらご指摘をお願いしたくあります。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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