第7話 連続勝利
ディーラーが流れるような手つきでカードを配り終える。緑色のラシャが張られたテーブルの上で、運命の勝敗が決まろうとしていた。
「さあ、どっちだ。早く言え」
ガストンが焦燥に駆られた声で、リリアの耳元で急かした。周囲のギャンブラーたちの怒号が飛び交う中、リリアは恐怖に震えながらも、教えられた通りに目を大きく見開き、連続で三回まばたきをした。
パチ、パチ、パチ。――チクタクリターン。
その瞬間、カジノの喧騒がさらに不快な逆再生の音響へと変わり、強烈な浮遊感がリリアの体を包み込んだ。吐き気を催すような感覚と共に、周囲の景色が急速に巻き戻り、時間が十秒前へと遡行していく。
めくられていたカードがディーラーの滑らかな手つきによって山へと戻され、再び配り直す直前の『過去』へと到着する。その直前、リリアは十秒後の未来の世界でめくられたカードの勝敗を、その目にしっかりと焼き付けていた。
「……右側、です」
十秒前に戻った世界で、リリアはガストンの服の袖を弱々しく引き、小さな声で告げた。
「よし、右に全ベットだ!」
ガストンはリリアの言葉を微塵も疑うことなく、手元にあったなけなしの資金をすべて右側の枠へと叩きつけた。周囲の客たちが無謀な賭けだと嘲笑う中、ディーラーが無表情のままカードを開く。
結果は、リリアが十秒後の未来で見た通りの「当たり」であった。
「よっしゃああああっ!」
ガストンは獣のような雄叫びを上げ、テーブルの上に押し出された大量の金貨やチップを両手で掻き集めた。
「すげえぞ、リリア! お前は本当に天才だ! 俺の可愛い宝物だ!」
ガストンは狂喜乱舞し、先ほどまでの「外したらタダじゃおかねえ」という脅しなど無かったかのように、リリアの頭を撫で回してベタ褒めした。
しかし、彼のその称賛の言葉には、リリアという一人の人間に対する温かな愛情は一切含まれていない。それはただ、金を生み出す便利な道具の性能に向けられた、醜い執着でしかなかった。
その後も、ゲームが進行するたびにリリアは『チクタクリターン』を行使し続けた。
何度か当たりを言い当てることで、ガストンの手元には瞬く間に小山のようなチップが積み上がっていった。
「次だ、次! もっと張ったるぞ!」
大金を手にしたガストンは、完全に欲望の虜となっていた。当初は「少し稼いだら帰る」と言っていたはずが、彼の底なしの強欲は留まることを知らない。
連続で時間を巻き戻すという行為は、十歳の少女の身体と精神に想像以上の負担をかけていた。リリアの顔面は蒼白になり、能力の連続使用によるものではなく、緊張とストレスと淀んだ空気により、ひどい目眩と疲労で立っているのもやっとの状態であった。しかし、金貨の輝きに魅入られたガストンの視界には、限界を迎えているリリアの苦しむ姿など全く入っていなかった。
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カジノの異様な熱狂の中、ガストンの手元に大金が次々と積み上がっていく光景を見つめながら、リリアの心に氷のように冷たい感情が広がっていった。
(……ああ、そういうことだったんだ)
狂ったように笑い、チップをかき集めるガストンの横顔を見て、リリアはすべての真実を悟った。
彼が黒板と白墨を用意し、文字の読み書きやカードのルールを優しく教えてくれたのは、決してリリアを家族として愛してくれたからではない。彼女の能力を悪用し、この闇カジノで一攫千金を得るための、ただの『仕込み』だったのだ。
リリアはこれまでの自分の惨めな境遇を振り返った。
幼い頃に両親を亡くして孤児になり、学校にも行かせてもらえず、朝から晩まで過酷な家事でこき使われてきた毎日。ひび割れた手で冷たい水を汲み、床を磨き続けてきた。そして今度は、こんな暗くて恐ろしい地下の闇カジノに連れ込まれ、犯罪の片棒を担がされているのだ。
ふと視線を上げると、ディーラーの刺すような視線と、背後から迫る用心棒たちの殺気が、限界まで膨れ上がっているのがわかった。異常な勝ち方を続けるガストンは、すでにカジノ側から明確な『標的』として見なされている。
もし、このまま勝ち続ければ、裏社会の人間たちにイカサマを疑われ、用心棒たちに裏路地に引きずり込まれて二人とも間違いなく痛い目にあわされるだろう。
逆に、もし自分が疲労の限界を迎えて能力を使えなくなり負ければ、今度は全財産を失って激昂したガストンに殴りいたぶられ、一生搾取される道具として監禁されるに違いない。
(どっちを取っても、この男といたら私は絶対に死ぬ)
明確な絶望が、リリアの脳髄を冷たく貫いた。
ガストンは自分を守ってはくれない。彼は自分を人間だと思っていないのだ。このまま彼の言いなりになっていれば、今日、ここで自分の人生は無惨に終わる。
十歳の無知な少女の胸の奥底で、これまでずっと押し殺されてきた感情が、どす黒い炎となって燃え上がり始めた。
それは、どんな過酷な環境でも死にたくないという、強烈な『生き残るための生存本能』だった。
誰かが助けてくれるわけではない。頼れる大人などどこにもいない。自分の身を守るためには、自分自身の力でこの最悪の状況を覆すしかないのだ。
リリアはギュッと小さな拳を握りしめ、荒い息を整えた。
恐怖で震えていた彼女の瞳から、怯えの色がスッと消え去る。無知なりに覚醒した生存本能が、彼女にある一つの冷酷な決断を下させていた。
ディーラーが新たなカードをテーブルに配り終える。
「おい、リリア。次だ。もう言えるか? まだなら早く未来を見てこいってんだ!」
血走った目で急かすガストンに対し、リリアは静かに目を閉じ、反逆の準備を整えた。




