第6話 裏路地の闇カジノ
ガストンから「楽しい所へ連れて行ってやる」と甘い言葉をかけられた十歳のリリアは、大きな期待よりも得体の知れない不安を抱きながら、彼の後を怯えながらついていった。
大通りの喧騒から遠ざかるにつれて、周囲の空気はどんよりと重く濁っていく。王都セント・グランデの華やかな表側とは無縁の、陽の光さえ満足に届かない裏路地のさらに奥深く。石畳はぬかるみ、道の両脇には行き場のない貧困層が虚ろな目でうずくまっている。
リリアは自分自身もこのどん底の住人であることを自覚していたが、今からガストンが向かおうとしている場所は、さらに深い闇の底であるような気がしてならなかった。
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やがて二人が辿り着いたのは、窓一つないレンガ造りの建物の地下に隠された、重厚な鉄の扉の前だった。ガストンが慣れた様子で合言葉らしきものを告げると、扉が重々しい音を立てて開く。
中へ足を踏み入れた瞬間、リリアの視界と嗅覚に暴力的なまでの刺激が襲いかかった。
そこは、一攫千金を夢見るならず者たちが集う、非合法な闇カジノであった。
天井を覆い尽くすほどの紫煙。むせ返るような安酒の匂い。男たちの怒号と、勝者の狂喜、敗者の絶望が入り交じる異様な歓声。行き交う人々は皆、血走った目をテーブルの上の金貨やカードに向けており、まともな精神状態の者は一人としていないように見えた。
カジノの異様な熱気と、渦巻く欲望の渦に当てられたリリアは、本能的な恐怖で小さな身をすくませた。
(ここは、私がいていい場所じゃない……)
ぎゅっと自分の粗末な服の裾を握りしめ、リリアは縋るような思いで前を歩くガストンを見上げた。
しかし、そこには数日前まで黒板と白墨を使って優しく文字やカードの読み方を教えてくれた「優しいおじさん」の姿は微塵も残っていなかった。
カジノの空気を胸いっぱいに吸い込んだガストンの顔は、完全にギャンブラー特有のギラついた目へと変わっていたのだ。ひどく歪んだ笑みを浮かべ、舌なめずりをしながら熱狂するゲームテーブルを物色するその後ろ姿は、理性を失い、獲物を前にした飢えた獣そのものであった。
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ガストンが目をつけ、荒々しい足取りで陣取ったのは、バカラと呼ばれるカードゲームのテーブルだった。
緑色のラシャが張られたテーブルの周りには、すでに何人かの客がひしめき合い、殺気立った様子で勝負の行方を見守っている。ガストンはその隙間に無理やり体をねじ込むと、大金を稼ごうとする興奮を隠しきれない様子で、背後に隠れるようにしていたリリアを自身の足元へ乱暴に引き寄せた。
「おい、リリア」
突然、リリアの細い腕がギリッと骨が軋むほど強く掴まれた。
「痛っ……おじさん、痛いです……」
「いいか、よく聞け」
苦痛に顔を歪めるリリアの耳元に顔を寄せ、ガストンは地を這うような低い声で囁いた。
「外したらタダじゃおかねえからな」
腕に食い込む指の力と、ガストンの言葉に込められた明確な暴力の気配に、リリアは全身の血の気が引くのを感じた。彼から漂う酒の臭いと汗の匂いが、リリアの鼻腔を突く。
カードの読み書きを優しく教えてくれた時の態度は、すべてこの瞬間のために用意された卑劣な仮面に過ぎなかった。ガストンは最初から、リリアという便利な道具を利用して、この裏路地の闇カジノで大金を稼ごうとしていたのだ。
「返事はどうした。分かったのか? お前のその目で、未来のカードをしっかりと見てくるんだよ」
「……は、はい」
涙目を浮かべて震えながら頷くしかないリリアに対し、ガストンは満足そうに鼻を鳴らした。彼の瞳には、目の前に積み上がるであろう莫大な金貨の幻影しか映っていない。
「俺はここでたんまり稼がせてもらう。一回や二回勝ったくらいじゃ終わらねえぞ。この店の金庫が空っぽになるまで、お前の力で当たりを引かせ続けろ。今日、俺は大金持ちになるんだ」
それは、十歳の少女に向けられた常軌を逸した要求だった。ガストンの歯止めが効かない果てしない欲望の深さに、リリアは絶望感を募らせた。
連続で三回まばたきをして時間を十秒戻す能力は何度も繰り返しても身体的な負担はない。だが、もし一度でも失敗して負けさせてしまえば、この男は間違いなく自分に容赦ない暴力を振るうだろう。
さらにリリアを震え上がらせたのは、テーブルの向かい側に立つカジノのディーラーの視線だった。
大金が動く鉄火場に、似つかわしくない薄汚れた男と、怯えきった小さな少女。不自然すぎる二人の様子を、ディーラーは氷のように冷たい観察眼で見つめていた。
ディーラーはカードを切りながら、背後の暗がりに立つ屈強な用心棒へ向けて微かに顎をしゃくった。用心棒が無言で頷き、腰の刃物に手を当てながら、ガストンたちの背後へじりじりと距離を詰めてくる。
不正やイカサマを働く者は、文字通り裏路地の闇に沈められる。カジノ側の不穏な動きに、血走った目でテーブルを見つめるガストンは全く気づいていない。
身内の大人に脅される恐怖と、カジノの用心棒たちから向けられる無言の殺意。二重の死の危険が、リリアの小さな肩に重くのしかかる。
やがて、ディーラーの滑らかな手つきによって、テーブルの上に最初のカードが伏せて配られた。
息詰まるようなゲームが始まる中、リリアは恐怖に歯の根を鳴らしながらも、生き延びるために、連続で三回まばたきをする準備を固めた。




