第45話 新国王誕生
「何百年も国を支えてきた我が一族が、なぜ歴史もない商人上がりに頭を下げねばならない!? 私の方が剣も、知略も、すべてにおいて上だ! ユリウス、あなたは有能だが、平民に甘すぎる! 私こそがこの国を導く真の支配者にふさわしいのだ!!」
長年溜め込んでいた歪んだ選民思想と、醜い野心が大広間に響き渡る。
その狂気を孕んだ絶叫に対し、騒然とする貴族たちをかき分け、豪商アルバートが静かに、しかし山のような威厳を持って進み出た。
「歴史の上に胡坐をかき、自ら民を豊かにする努力を怠った没落貴族が、よく吠えるわい」
アルバートの太く力強い声が、レオンの狂気をピシャリと打ち据える。
「我々商人は、知恵を絞り、血の滲むような汗を流してこの国の血流を支えてきた。他者を蹴落とし、陰謀で地位を奪おうとする卑劣な者に、真の支配者など務まるものか。誇りを失ったお前たちより、我々の方が新時代の王を支えるにふさわしい!」
その商人の矜持に満ちた一喝に、イザベラをはじめとする古参貴族たちでさえ言葉を失い、押し黙るしかなかった。
完全に追い詰められたフェリックスもまた、顔を真っ赤にして醜い本音を爆発させた。
「いつもお前だ、ユリウス! お前ばかりが父上に認められ、全てを手に入れる! 次期国王の座も、完璧な妃も! 私はただ、自分の正当な権利を主張しただけだ!」
優秀な兄に対する長年の劣等感と嫉妬心が、見苦しい絶叫となって露になる。
しかし、その哀れな声に同情する者は、この華やかな大広間に一人として存在しなかった。王宮の光の裏で蠢いていた陰謀は、今、時を駆ける令嬢の機転と王太子の圧倒的な力によって、完全に打ち砕かれたのである。
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大広間は水を打ったような静寂に包まれていた。
見苦しく絶叫を繰り返す第二王子フェリックスと、地に伏しながらも虎視眈々と反撃の機会を窺う騎士団長レオン。かつて王宮の光の裏で絶大な権力と陰謀を握っていた二人の姿は、もはや見る影もなく無惨なものであった。
玉座からその一部始終を見下ろしていた国王が、玉座の肘掛けをきつく握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。その顔には絶対的な統治者としての冷徹な覚悟を作る一方で、実の息子の裏切りを直視せざるを得ない父親としての深い苦悩と、老いによる色濃い疲労感が刻み込まれていた。
国王は、胸の奥に渦巻く情を断ち切るように、絞り出すような重い息を吐き出した。
「……衛兵。反逆者たるその二人を捕縛せよ」
国王の静かな、しかし威厳に満ちた号令により、王直轄の近衛兵たちが一斉に動き出した。レオンとフェリックスの両腕が屈強な兵士たちによって背手に縛り上げられ、冷たい大理石の床に力ずくで膝をつかされる。
「これが、余の国王としての最後の仕事となる」
国王の声は威厳を保とうとしていたが、どこかひどく掠れていた。王冠の重圧に耐え続けた男の、身を切るような悲痛な決断であった。
「国家転覆を企て、次期国王の命を狙った大罪。いかなる理由があろうとも許されるものではない。両名には、我が国の法に則り、極刑を言い渡す」
言い終えた瞬間、国王の肩がわずかに落ち、その背中は実年齢以上にひどく老け込んで見えた。
極刑という響きに、大広間を埋め尽くす貴族たちの間に戦慄が走った。イザベラをはじめとする古参貴族たちは、完全に顔面を蒼白にして押し黙っていた。絶対的な武力と権威を誇っていたレオンが敗れ、自分たちが担ぎ上げようとしていたフェリックスが処断された今、彼らに反抗する術など残されてはいなかった。ただ、ユリウスとリリアが放つ圧倒的な光と実力の前に、完全に平伏するしかなかったのである。
絶望に顔を歪め、兵士たちに引き立てられていくフェリックスに対し、ユリウスが静かに歩み寄った。
「兄上……っ! 最後まで私を見下すか、この偽善者め!」
優秀すぎる兄に対する長年の劣等感と嫉妬心から、最後まで憎悪の目を向ける弟。しかし、ユリウスの深い藍色の瞳に浮かんでいたのは、勝者の驕りではなく、肉親を失うことへの痛切な悲哀であった。
「お前のその知恵と野心を、私への嫉妬ではなく、共に手を取り国のために使ってほしかった。……さらばだ、我が弟よ」
ユリウスのその静かで重々しい言葉に、フェリックスは目を見開き、やがて糸が切れたようにうなだれた。二人の罪人が大広間から完全に姿を消すまで、誰一人として言葉を発する者はなかった。
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反逆者たちが排除され、澱んでいた空気が一掃された大広間に、再び厳かな静寂が訪れた。
国王が玉座の前に立ち、大きく頷く。
その合図と共に、王宮の楽団が新たな時代を告げるファンファーレを高らかに鳴り響かせた。
澄み切った黄金の音色が、シャンデリアの光を反射して広間全体を祝福の空気で満たしていく。
ユリウスはゆっくりと階段を上り、父親である国王と向き合った。王冠が厳かに譲り渡され、その銀色の髪の上に戴かれる。
「本日、この時をもって、私がグランデリア王国の新たな国王であることを、ここに宣言する!」
ユリウスが高らかに宣言し、堂々たる動作で国王の席へと座る。その絶対的な威厳と神々しいまでの美しさに、居並ぶ貴族たちから地鳴りのような歓声と拍手が巻き起こった。
一段低い場所からその姿を見上げていたリリアの胸には、熱いものが込み上げていた。
十歳のあの日、泥にまみれた裏路地から見上げた眩い光。その光を失わないために、孤独な古書店で血の滲むような猛勉強を重ね、何度も命をかけて『チクタクリターン』を使い続けてきた。
絶望の淵を歩き、震える足で陰謀に立ち向かった日々のすべてが、この瞬間のためにあったのだ。
(全て……終わったのね。ご立派でございます。国王ユリウス様)
すべてが終わったのだという深い安堵と共に、リリアは優しく、そして誇り高く、玉座の上の最愛の人を見守っていた。
ユリウスもまた、歓声に包まれながらも、その視線はただ一人、リリアへと向けられていた。二人の間には、言葉などなくとも通じ合う、対等のパートナーとしての強固な絆が確かに結ばれていた。




