第44話 反逆の告発
グランデリア王国の新たなる歴史の幕開けとなる、戴冠式の朝。
王宮の大広間は、天井のシャンデリアが眩い光を放ち、国中が華やかな祝賀ムードに包まれていた。色鮮やかな礼装に身を包んだ貴族たちがひしめき合い、優雅な管弦楽の調べが空間を満たしている。
玉座には威厳に満ちた国王が座り、その周囲にはイザベラら伝統を重んじる古参貴族たちと、アルバートら莫大な財力を持つ新興の豪商たちが居並んでいた。
その熱気の中、第二王子フェリックスと騎士団長レオンは、誰にも気づかれないよう口元に微かな笑みを浮かべていた。
彼らはこの式典の最中、警備が分散される最大の隙を突いてユリウスを暗殺する手はずを整えていたのだ。長年の野望が成就する瞬間を前に、二人の腹の底にはどす黒い歓喜が渦巻いていた。
しかし、新たな王の誕生を祝うファンファーレが鳴り響く直前。
次期国王ユリウスが、突如として玉座の前に進み出たのだ。彼の傍らには、神秘的な光沢を放つドレスを纏ったリリアが静かに寄り添っている。
「父上。そして、集まりし皆様。この佳き日に水を差すことになりますが、王国の根幹を揺るがす重大な反逆行為を告発せねばなりません」
ユリウスの低く、しかし大広間の隅々まで響き渡る声に、人々のざわめきがピタリと止んだ。
彼の氷のように冷たく鋭い視線は、群衆の中に立つフェリックスとレオンを真っ直ぐに射抜いていた。
「フェリックス。そしてレオン。お前たちが結託し、私の命を狙っていたことはすでに露見している」
大広間が、爆発したような凄まじいどよめきに包まれた。
名指しされたフェリックスは一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに鼻で笑い、余裕の態度を作って見せた。
「何を馬鹿な。兄上、戴冠式の極度の緊張で少し混乱しておられるのではないですか? 私と、最も忠実な騎士団長である彼が手を組むなど。もし証拠でもあるというなら、見せていただきたいものですな」
しらばっくれるフェリックスに対し、リリアが優雅な足取りで一歩前へ出た。彼女の手には、蝋の封が解かれた古い羊皮紙が握られている。
「フェリックス殿下。証拠ならば、ここにございます。旧書庫の奥、壁掛け燭台の右下にあるレンガの奥から見つけ出されたものですわ」
その具体的な隠し場所を聞いた瞬間、レオンの顔から完全に血の気が引いた。
だが、フェリックスはまだ高を括っていた。あの誓約書は、複数の言語と軍事規則を組み合わせた複雑な多重暗号で書かれている。素人に読めるはずがないと。
「そんなただの紙切れが何の証拠になる。暗号化された文字など、出まかせで何とでも――」
しかし、リリアは彼の言葉を遮るように、澄んだ声でその内容を完璧に読み上げ始めた。
暗殺の決行日がこの戴冠式であること。計画完遂の暁には、レオン一族の抱える莫大な借金を全額帳消しにすること。そして、新王直属の国軍総司令官への任命を誓約すること。
大広間の全員の前で、古書店で培われた圧倒的な知識によって暗号の法則が論理的に解説され、逃れようのない真実が白日の下に晒されていく。
(これで、言い逃れはできないわ)
リリアの毅然とした告発に、貴族たちは息を呑み、フェリックスはワナワナと唇を震わせて後ずさった。
退路を完全に断たれたと悟ったレオンの瞳に、絶望と共に狂気にも似た暗い殺意が宿った。
(あの女を殺し、紙切れごと燃やせばまだ……!)
レオンは懐に忍ばせていた小型の発火筒に手を伸ばし、凄まじい脚力でリリアへ向かって飛び出そうと筋肉を隆起させた。
証拠隠滅のための、決死の特攻。
彼が動くその直前、殺気の膨張を敏感に察知したリリアは、強く瞼を閉じた。
パチ、パチ、パチ。――チクタクリターン。
強烈な浮遊感と共に視界が歪み、時間が十秒前へと逆行する。
足に大理石の感触が戻ったのは、リリアが暗号の解説を終え、レオンが殺意を宿したまさにその瞬間であった。
彼が動く未来を知っているリリアは、言葉を発するよりも早く、隣に立つユリウスに向けて鋭い視線を送り、小さく頷いた。
ユリウスは、愛するパートナーからの合図の意図を瞬時に理解した。
レオンが懐に手を入れた瞬間、ユリウスは目にも留まらぬ速さで踏み込み、自らの護衛であった男の腕を背後から力強く捻り上げた。
「ぐあッ!」
チャキッ、という金属音と共に、隠し持っていた発火筒が床に転がり落ちる。
「無駄な足掻きだ、レオン。お前の手口は、すべて見透かしている」
ユリウスの冷酷な宣告に、レオンは信じられないものを見るように目を見開いた。
決定的な証拠を押さえられ、武力による証拠隠滅すらも完全に封じ込められた。完璧な護衛を演じてきたレオンの仮面が、ついに音を立てて崩れ落ちたのだ。
「……ああ、そうだ! 私がやった!」
レオンは捻り上げられた腕の激痛も構わず、獣のように吠えた。




