第4話 トランプでの証明
「本当なんです! 私が三回マバタキをすると、周りの景色が逆戻りして……」
必死に訴えかけるリリアの態度に、ガストンは面倒くさそうに舌打ちをした。
彼は手元にあった、端が擦り切れ酒の染みがついたトランプカードを手に取った。そして、束を適当に切り、裏向きのままテーブルの中央に乱暴に置いた。
ガストンは手元にあったトランプカードを使い、一番上に何があるかをリリアに尋ねた。
「ほう、時間が戻せるってんなら、このカードの一番上が何か当ててみろ。お前が未来を見てから戻ってきたって言うんなら、簡単だろうが」
悪意に満ちた意地悪な質問に対し、リリアは戸惑いながら首を横に振った。
「そ、それが……まだ一回目だからわかりません」
リリアは素直にそう答えた。彼女の能力は未来を予知するものではなく、経過した時間を十秒間だけ遡るものだからだ。まだめくられていないカードの表面など、知る由もない。
その率直すぎる返答に、ガストンは面倒くさがりながらも、一度だけ一番上のカードをめくってリリアに見せた。
「よく見ろ。これがお前が知りたがってる答えだ」
そこには、赤いひし形の記号と、縦に一本の線が引かれたような図形が描かれていた。しかし、学校にも行かせてもらえず、読み書きができないリリアには、その記号が何を意味するのか全く理解できなかった。
「……それは、何というものですか?」
彼女が首を傾げて尋ねると、ガストンは呆れたように大きなため息をついた。そして、マークと数字を口に出して教えた。
「『ダイヤの1』だ。いいか、赤いのがダイヤで、この棒が1だ」
リリアは、マークと数字をガストンに口に出して言ってもらい、その言葉を必死に覚えた。ダイヤの1。頭の中で何度もその響きを反芻し、図柄と結びつける。
「覚えたか? じゃあ、時間を戻してみろよ」
ガストンが嘲笑を浮かべて挑発した瞬間、リリアは連続でマバタキを三回行った。
パチ、パチ、パチ。
次の瞬間、リリアの視界が大きく歪み、吐き気を催すような浮遊感が彼女の小さな体を包み込んだ。
空になったはずのガストンのグラスの中へ、彼の口から酒が逆流していく。テーブルの上に置かれたカードが、まるで見えない糸に引かれるようにガストンの手の中へと戻り、彼の指先が不自然な動きでカードを切る動作を逆再生していく。
リリアは時間を十秒前へと戻したのだ。
ふっと浮遊感が消え、足の裏に固い床の感触が戻った。
時間が戻った後、そこはちょうどガストンがカードの束をテーブルに置き、「ほう、時間が戻せるってんなら、このカードの一番上が何か当ててみろ」と言い放たれた直後の時間だった。
ガストンから再びカードの一番上を問われたリリアは、先ほど覚えたばかりの言葉を思い出し、迷いなく口を開いた。
「ダイヤの1、です」
リリアが正確に答えた瞬間、ガストンの顔から薄笑いが消え去った。
「……あ?」
彼は訝しげに眉をひそめながら、一番上のカードをめくった。そこには、先ほどリリアが見た通り、赤いひし形と縦線――ダイヤの1が描かれていた。
「偶然だろ。ふざけやがって」
ガストンは忌々しげにカードを乱暴に切り直し、再び裏向きにしてテーブルに置いた。
「次は何だ? 言ってみろ」
「まだ一回目なので、わかりません。一度見せてください」
同じやり取りが繰り返される。ガストンがめくって見せたのは他の絵柄のカードだった。リリアはその名称を口に出して教えてもらい、再び三回マバタキをして時間を戻す。
そしてまた、ガストンから問われる前に正確なカードの名称を言い当てた。
正解。
正解。
正解。
何度もカードを言い当てたことで、部屋の空気は次第に異様なものへと変わっていった。最初はリリアの言葉を馬鹿にしていたガストンだったが、こうも連続して未来を知っているかのように言い当てられては、もはや偶然という言葉で片付けることはできなかった。
ガストンは、彼女の能力が事実であると確信した。ありえないはずの魔法のような力が、この惨めな小娘に備わっているのだと。
(こ、この力があれば、大金が手に入るんじゃ? そうだ! このガキを引き取ってよかったじゃねぇか、オイ……! やっと俺にもツキが回って来たぜ!)
カードを言い当てられ続けたガストンの表情が、面倒くさそうな顔から、次第に金ヅルを見つけたギラついた目へと変わっていく。
「……いいか、リリア」
ガストンは突然、ひび割れた声で囁きながら、リリアの細い両肩をガシッと掴んだ。その異常なほどの力強さに、リリアはビクッと小さな体を震わせる。
「お前のその気味の悪い力、絶対に、誰にも言うんじゃねえぞ。もし外の連中に知られでもしたら、お前は気狂い扱いされて、恐ろしい地下牢に一生閉じ込められるんだからな」
「ち、地下牢……」
「そうだ。だが安心しろ。俺はお前のたった一人の家族だ。俺以外の誰にも言わなければ、俺がしっかりとお前を守ってやる。わかったな?」
ガストンの歪んだ口角が微かに上がる。リリアは地下牢という言葉に震え上がりながらも、これまで一度も向けられたことのない『家族として守る』という言葉に、冷え切っていた心がじんわりと温かくなるのを感じた。
「はい……! 誰にも言いません。私、おじさんとの約束、絶対に守ります」
リリアは、彼の言葉の裏に隠されたどす黒い独占欲に気づくこともなく、ただ純粋な信頼を込めて深く頷いた。
彼の瞳に浮かんでいたのは、これまでリリアに向けていたような見下す色ではなく、底知れない強欲と、薄汚い欲望の炎だった。
その異様な熱を帯びた眼差しに、リリアはまだ彼の本性に気づいていなかった。自分が恐ろしい怪物を目覚めさせてしまったのだということに、無知な十歳の少女はまだ気づいていなかったのである。




