第3話 大道芸人
大通りの熱狂を背に、薄暗い裏路地へと歩を進めるリリアの胸の内は、かつてない高揚感で満たされていた。
(三回マバタキをすれば、少しだけ時間が戻る……私に、そんな力が……)
自身の不思議な能力の余韻に浸りながら歩いていると、ふと広場の一角で人だかりができているのを目にした。
陽気な音楽に乗せて、色鮮やかな衣装を着た大道芸人が、三つの木製のカップと赤い玉を使った手品を披露している。彼は観衆を楽しませるために軽快なトークと鮮やかな手つきを見せていた。
「さあさあ、赤い玉はどのカップに入っているかな? そこのお嬢ちゃん、当ててごらん!」
大道芸人は、人垣の隙間から目を輝かせて覗き込んでいたリリアを指差した。
突然の指名に戸惑ったものの、リリアは彼がゆっくりと動かした三つのカップのうち、一番右を指差した。
「残念! 正解は……真ん中でした!」
大道芸人が真ん中のカップを持ち上げると、そこには赤い玉が隠されていた。周囲から温かい笑いと拍手が起こる。
その瞬間、リリアの心に小さな悪戯心が芽生えた。
(時間を戻せば、私だって当てられる!)
パチ、パチ、パチ。
リリアは強く目を閉じ、連続で三回マバタキをした。
強烈な浮遊感と共に周囲の景色が逆行し、時間が十秒前へと遡った。
「さあさあ、赤い玉はどのカップに入っているかな? そこのお嬢ちゃん、当ててごらん!」
十秒前と全く同じ大道芸人の問いかけ。しかし、今度は正解を知っている。リリアは自信満々に、先ほど玉が入っていた「真ん中」のカップを力強く指差した。
「真ん中よ!」
(ふふっ、間違えない、正解のはず……!)
覚えたての能力を使い、得意げに胸を張るリリアの前で、大道芸人はニヤリと笑った。
「おっと、自信満々だね! それじゃあ見てみよう……残念! 真ん中は空っぽだ!」
「えっ……!?」
持ち上げられた真ん中のカップには何もない。大道芸人が左のカップを開けると、そこから赤い玉がコロンと転がり出た。
リリアは目を見開いて硬直した。
(どうして!? さっきの未来では、絶対に真ん中に入っていたのに!)
混乱するリリアだったが、彼の見事な手つきを思い返し、ハッと息を呑んだ。
彼は魔法を使っているわけではない。リリアが「真ん中」を指差した瞬間、彼女を驚かせるために、巧みな手さばきでこっそりと玉を別のカップへ移動させたのだ。
これが大人の使う「手品」、または「イカサマ」と呼ばれるからくり。
そして何よりリリアを戦慄させたのは、自分の選択によって「未来が変わった」という事実だった。
自分が右を選んだ未来と、真ん中を選んだ未来。こちらのアクションが変われば、相手の行動も変わり、結果も変化する。時間は戻せても、全く同じ未来が約束されているわけではないのだ。
「お嬢ちゃん、外れちゃったけど、参加してくれてありがとう!」
大道芸人が優しく微笑み、飴玉を一つリリアの手に握らせてくれた。
甘い飴玉の感触と共に、リリアの小さな掌には、「人は手先で嘘をつける」という手品の概念と、「自分の行動で未来は変えられる」という重大な気づきがしっかりと残されるのだった。
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王族のパレードの凄まじい熱狂から、カビ臭い薄暗い部屋へと戻ってきたリリアの胸の内には、いまだに激しい動悸が渦巻いていた。
彼女の脳裏に焼き付いているのは、馬車の中から下界を見下ろしていた美しい王太子の姿だけではない。自身の身に起きた、あの不可思議な現象の余韻だった。連続して三回マバタキをすることで、世界が歪み、確実に十秒の時間が巻き戻ったという紛れもない事実である。
この時リリアは自分の能力について、大人になれば誰もが持つものなのかと純粋な疑問を抱いていた。世の中の当たり前や社会の仕組みを全く知らずに生きている彼女にとって、この力が特別なものなのか、それとも成長の過程で誰もが自然と身につけるものなのか、判断する術を持たなかったのである。
部屋の隅では、育ててくれている親戚の男であるガストンが、安酒の入ったグラスを傾けながら不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
普段であれば、彼の理不尽な怒りを買わないように、ひっそりと息を潜めているリリアだが、今日ばかりは自分の身に起きた未知の現象に対する不安と好奇心が勝っていた。
彼女は、ガストンに能力の事を全て打ち明け、これは何かと尋ねることにした。この薄暗い部屋の中で唯一の大人である彼なら、この不思議な現象の正体を教えてくれるかもしれないという、無知ゆえの淡い期待があったのだ。
「……おじさん。あの、少し聞きたいことがあるんですが」
リリアはおずおずとガストンに近づき、パレードの最中にマバタキを三回したことで、時間が少しだけ戻ったのだと、震える声で一生懸命に説明した。
しかし、ガストンは最初は彼女の言葉を全く信じず、鼻で笑ってあしらった。
「あぁ? 何を寝ぼけたことを言ってやがる。とうとう頭がおかしくなったか、このガキぁ」
ガストンは苛立たしげに酒をあおり、ひび割れたグラスを乱暴にテーブルに置いた。リリアのように生まれつき特殊な能力を持つ者など、この世界ではおとぎ話レベルの存在であることを、裏社会に出入りする大人の彼は当然知っていたからだ。




