第39話 野望の露見
(必ず、突破口はあるはずよ。彼らの動きを、もう一度、最初から完璧に観察するの)
リリアは再びループを開始した。
ただ逃げるためではない。彼らの僅かな癖、呼吸のタイミング、視線の死角。そのすべてを、古書店の希少本を暗記する以上の執念で解析していく。
そして、五十三回目のループ。
リリアの卓越した頭脳が、ついに一筋の蜘蛛の糸を見つけ出した。
前方の見張りの一人が、左足に重心をかけ直す時、ほんの瞬き一回分だけ視線が下がる癖。
背後の巡回兵が、窓から吹き込む夜風を避けるため、一瞬だけ目を細めるタイミング。
そして、月を隠す厚い雲が流れ、廊下が完全な闇に包まれる、わずか二秒間。
それらすべての要素が、奇跡のように重なり合う瞬間が、ただ一つだけ存在したのだ。
(3,2,1……今!)
時間が戻った直後。リリアは柱の陰から、音もなく床を蹴った。
前方の見張りの視線が下がったコンマ一秒の隙に、壁に沿って滑るように進む。
背後の巡回兵が目を細めた瞬間に、衣擦れの音を消すためにドレスの裾を高く持ち上げ、跳躍するように足を進める。
分厚い雲が月を隠し、廊下の光が完全に失われたその二秒の間に、リリアは彼らの真横を風のように通り抜けた。
「……ん? 今、何か風が……」
「ただの隙間風だろう。気にするな」
見張りたちが首を傾げる背後で、リリアは旧書庫のさらに奥へと続く重い木の扉を、音を立てずにすり抜けることに成功したのだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
暗い階段の踊り場で、リリアは荒い息を吐きながら、その場にへたり込みそうになるのを必死に堪えた。
極限の試行錯誤の末に掴み取った突破口。執念で不可能を可能にした彼女の瞳には、揺るぎない覚悟の炎が燃え盛っていた。
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長い階段を昇りきり、リリアが辿り着いたのは、旧書庫の最奥の部屋の真上に位置する、埃にまみれた薄暗い屋根裏だった。
足音を忍ばせ、腐りかけた木材を避けながら、慎重に腹這いになって進む。
やがて、床板の間に僅かな隙間を見つけ、リリアはそこからそっと眼下を覗き込んだ。
古いカンテラの頼りない灯りに照らされた密室。
そこには、重厚なテーブルを挟んで向かい合う二人の男の姿があった。
「……予定通り、準備は整っているな、レオン」
第二王子フェリックスが、底知れない悪意を含んだ笑みを浮かべて口を開く。
「はっ。殿下の玉座への道は、この私が確実なものといたしましょう」
騎士団長レオンが、主君への忠誠など微塵も感じさせない、野心に満ちた声で応じる。
ユリウスを陥れるための決定的な密談が、今まさに、リリアの目の前で始まろうとしていた。
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(屋根裏の隙間からの視界)
古いカンテラの灯りが揺れる密室で、第二王子フェリックスと騎士団長レオンがテーブルを挟んで対峙していた。
リリアは屋根裏の埃っぽい空気に息を潜め、床板の僅かな隙間から眼下の二人の様子を凝視した。極度の緊張で喉が渇き、心臓の鼓動が耳障りなほど大きく鳴り響いている。
「ユリウス殿下を排除した暁には、約束通り我が家の借金の全額肩代わりと、筆頭公爵への復権を」
レオンの低く野心に満ちた声が、地下室の冷たい石壁に反響する。
「そして……私を『国軍総司令官』に任命していただきたい。殿下は玉座に座ってくださればいい。実務と武力による国の真の支配は、この私が行います」
その不敬極まりない要求に、フェリックスは怒るどころか、面白そうに喉の奥で笑った。
「フッ、強欲な男だ。だが、その圧倒的な力と知略、私の影として存分に振るうがいい」
二人の間で交わされる恐るべき密約。リリアは自身の耳を疑った。王国の平和を守るべき高潔な騎士団長と、次期国王の座を狙う王族が、国を我が物顔で分割しようとしているのだ。
「しかし、兄上も哀れなものだな。自身の命を狙う黒幕が、最も信頼する右腕であるお前だとは夢にも思っていないのだから」
フェリックスの嘲笑に応じるように、レオンもまた冷酷な笑みを浮かべた。
「ええ。これまで殿下が幾度となく襲われた暗殺事件はすべて、私が裏から手を回して刺客を雇った自作自演ですからね」
レオンはさも滑稽なことのように肩をすくめた。
「私が暗殺を企て、それを私自身が未然に防ぐ。ユリウス殿下は、私の見え透いた『優秀なボディーガード』の芝居に完全に騙され、絶対的な信頼を寄せておられる。……あの御方は有能ですが、平民に甘く、人を信じすぎる。上に立つ者としては致命的な欠陥です」
(なんて……なんて卑劣な……っ!)
屋根裏でその言葉を聞いたリリアの胸に、激しい怒りの炎が燃え上がった。




