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チクタクリターン ~十秒だけ時間を戻せる身代わり令嬢が、孤高にして高嶺の王太子から甘く溺愛されるまで~  作者: 団田図


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第34話 自作自演

 やがて、外の剣戟《けんげき》の音が完全に鳴り止んだ。


「殿下! ご無事ですか!」


 シェルターの蓋が外側から開かれ、光と共にレオンの顔が覗き込んだ。彼の剣には血がこびりついており、息を乱している。


 ユリウスが先に身を起こし、リリアを庇うようにして車内へと出た。

 車内には暴漢が一人倒れ伏しており、完全に息絶えていた。外にいたもう一人の暴漢も、すでにレオンの手によって討ち取られた後だった。


「遅れて申し訳ございません。賊はすべて、私が討ち取りました」


 レオンが片膝をつき、恭《うやうや》しく頭を下げる。

 周囲の騎士たちからは、「さすがはレオン団長だ!」「暗殺を未然に防ぐ、王国一の護衛だ!」と、次々に称賛の声が上がった。

 ユリウスもまた、「見事だ、レオン。お前がいてくれて助かった」と、最も信頼する右腕に向けて労いの言葉をかけた。


 誰もがレオンの英雄的な働きを称え、胸を撫で下ろしている。

 しかし、ユリウスの背後に立つリリアの瞳だけは、氷のように冷え切っていた。


(違う。あの男は、英雄なんかじゃない)


 リリアの脳裏に、十秒前の未来で見たあの光景が鮮明に蘇る。

 暴漢が馬車へ突進してくる直前、レオンがもう一人の暴漢に向けたあの視線。

 リリアは、古書店で読み耽《ふけ》った希少本『他国における軍事心理学と暗殺の流儀』の記述を、自身の記憶と照らし合わせていた。


 本によれば、敵対する者同士が刃を交える際、殺意を持つ者は標的の『目』あるいは『武器』から視線を外さない。

 しかし、レオンのあの時の視線の動きは、明らかに標的を威圧するものではなかった。顎の微かな傾きと、瞳の瞬き。あれは、軍事心理学において『作戦の次段階への移行』を知らせる、共犯者に対する明確なシグナルに他ならなかった。


(レオン様はわざと隙を作り、暴漢を馬車へ向かわせた……。「今だ」と目配せをして)


 なぜ、王太子が最も信頼する騎士団長が、暗殺者と結託しているのか。

 背筋の凍るような悪寒に襲われながら、リリアは一つの恐ろしい仮説にたどり着いた。


 レオンは、自らが暗殺を企て、それを自ら防ぐことで『優秀な護衛』を演じ、ユリウスからの絶対的な信頼を稼いでいるのではないか。そしてあの時、第二王子フェリックスと交わした奇妙な視線……。すべての点と点が、一本の黒い線で繋がった気がした。


 +++


 その日の夜。

 視察先の領主の館に到着し、安全な私室が確保された後。

 リリアは、誰にも聞かれないように扉を厳重に施錠し、ユリウスと二人きりで向かい合った。


「……殿下。信じられないかもしれませんが、どうか私の言葉を聞いてください」


 リリアは真っ直ぐにユリウスの藍色の瞳を見据え、静かに、しかし断固たる声で告げた。


「騎士団長レオン様は、殿下を裏切っています。今日の襲撃は、彼が仕組んだ自作自演です」


「……なんだと?」


 ユリウスは目を見開き、息を呑んだ。

 長年、自身の背中を預けてきた最も信頼する右腕の裏切り。普通であれば「何を馬鹿なことを」と一笑に付されるか、不敬罪に問われてもおかしくない発言だ。


 しかし、ユリウスはリリアの言葉を否定しなかった。


 王宮での毒殺未遂事件で、彼女の『十秒戻る能力』と、その圧倒的な教養に裏打ちされた深い観察眼が本物であることを、彼自身が身をもって知っているからだ。


 リリアは、時間を戻す前に見たレオンの『目配せ』のこと、それが古書店の知識に照らし合わせれば明らかな共犯者への合図であること、そして以前、回廊でフェリックスとレオンが交わした不審な視線のことを、順を追って理路整然と説明した。


 話を聞き終えたユリウスの顔に、底知れない怒りと、それに勝る深い絶望の影が落ちた。


「……そうか。私がこれまで頼りにしていた守護者は、私を欺《あざむ》くための虚像だったというわけか」


 ユリウスは苦しげに顔を歪め、強く拳を握りしめた。その姿は、常に命を狙われる孤独な王太子の痛切な悲しみを物語っていた。


「殿下……」


 リリアはそっとユリウスの大きな手を両手で包み込もうとした。しかし、ユリウスはその手を弱々しく引いて拒み、力なくソファーへと崩れ落ちた。


「すまない、リリア。君の言葉を疑うわけではない。だが……今は少しだけ、私を一人にさせてくれないか」


 絞り出すようなその声には、信じていた右腕に裏切られたという、耐え難い苦痛と絶望が滲んでいた。

 王宮の光の裏で蠢《うごめ》く黒い陰謀。最も信頼していた騎士団長への疑惑が確信へと変わったその事実は、強靭なはずのユリウスの心を深く、残酷に抉《えぐ》っていた。


 リリアは痛む胸を抱えながら、何も言えずに静かに一礼して部屋を後にした。

 残されたユリウスは一人、暗い部屋の中で深い絶望の闇の中へと沈んでいったのであった。

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