第28話 夜会での挑発
数日後、王宮のきらびやかな大広間にて、国内外の要人を招いた豪奢な夜会が開かれていた。
シャンデリアの眩い光が降り注ぎ、優雅な管弦楽の調べが会場を満たす中、王太子ユリウスの正式な婚約者として出席したリリアは、周囲からの無数の冷ややかな視線を全身に浴びていた。
「王太子ユリウスの婚約者となったとはいえ、所詮は品性のないメイド上がりですわ」
「ええ、全くです。豪商の養女という肩書きがあろうとも、王宮の空気を汚す成り上がりに変わりありません」
扇子の陰から、ヒソヒソと嘲笑するような声が波のように押し寄せてくる。周囲の王室関係者や古参貴族たちは、リリアの出自を徹底的に軽視していたのだ。
(……大丈夫。殿下のお隣に立つと決めた時から、これくらいの風当たりは覚悟していたわ)
リリアは背筋をピンと伸ばし、表情一つ崩すことなく、優雅に微笑みを浮かべていた。彼女の心には、古書店で蓄積した確固たる知識と、どんな逆境にも動じない強い覚悟が根付いている。
そこへ、取り巻きの令嬢たちを引き連れて、ひときわ派手なドレスを身に纏った高慢な公爵令嬢イザベラが歩み寄ってきた。
イザベラは王妃から直接「あの成り上がり娘に、王宮の厳しさを教えてやりなさい」と扇動された彼女は、この夜会でリリアに目をつけ、大勢の前で恥をかかせようと企んでいたのだ。
「ごきげんよう、リリア様。本日はユリウス様の婚約者として、さぞかし素晴らしい教養をご披露してくださるのでしょうね」
イザベラはわざと周囲に聞こえるような大きな声で言い放ち、リリアをねめつけた。
「わたくし、最近隣国の旧帝国時代の書物を読んでおりましてよ。リリア様ももちろん、あの時代の複雑な思想についてはご存知ですわよね?」
そう言うなり、イザベラは突然、グランデリア王国の公用語ではなく、非常に難解で発音の難しい他国の古い言語を用いて、マニアックな歴史の話題を早口でまくし立て始めた。
周囲の貴族たちが息を呑む。それは、高度な教育を受けた高位貴族でなければ到底理解できない、極めて専門的で難解な単語の羅列だった。メイド上がりの平民が答えられるはずがないと、誰もが冷ややかな笑みを浮かべてリリアの敗北を待った。
だが、リリアの心の中は驚くほどに冷静だった。
(この言語……古書店で店主さんに教わりながら、何度も繰り返し読んだ『古代帝国における、統治機構と権力闘争の歴史』の第三章の内容だわ)
孤児院から毎日古書店に通い、埃にまみれながらも血の滲むような猛勉強を重ねてきたリリアにとって、それはまさに最も得意とする領域であった。
リリアは静かに一歩前に出ると、イザベラよりも遥かに美しい発音と、完璧な文法でその古い言語を紡ぎ出した。
「ええ、存じておりますわ、イザベラ様。その時代の思想は、単なる宗教的対立ではなく、特産品の交易ルートを巡る複雑な経済封鎖が引き金となっておりました。特に……」
リリアは優雅に微笑みながら、イザベラが提示した浅い知識を遥かに凌駕する深い歴史の知識を用いて、次々と完璧に論破していく。
「なっ……!?」
イザベラの顔から、余裕の笑みが完全に消え去った。彼女の浅く広いだけの教養では、リリアの圧倒的で専門的な返答に全くついていけなかったのだ。美しい所作と言葉遣いで反論され、言葉に詰まったイザベラは、ワナワナと唇を震わせた。
周囲の貴族たちも、リリアから飛び出した本物の知識と流暢な外国語に目を丸くし、大きなどよめきを漏らしている。
(このまま引き下がるわけにはいかないわ……! 王妃様からのご期待を裏切れば、わたくしの立場が!)
完全に焦ったイザベラは、手段を選ばず、絶対にリリアが答えられないであろう意地悪な質問を投げつけることにした。
「ふ、ふん! 過去の歴史など、ただ本を読めば分かることですわ! では、この国の最新の国政についてはどうかしら?」
イザベラは勝ち誇ったように胸を反らし、声を張り上げた。
「殿方のヒゲに関する最近下された勅令について、未来の王太子妃であるあなたならば、当然ご存知ですわよね?」
その問いに、リリアは微かに眉をひそめた。
(ヒゲに関する勅令……? そんな法律、どの公文書にも、今朝の新聞にも載っていなかったはずだけれど……)
それもそのはずである。その「ヒゲ税の導入」に関する勅令は昨日できたばかりで、まだ一般には一切周知されていない最新の極秘情報だったのだ。イザベラはこれを、王宮の重要ポストに就いている姉の夫から今朝たまたま聞いて知っていただけであった。




