第21話 身代わり令嬢
夜会当日。代役としてパーティーに出るため、普段は地味なメイド服を着ているリリアに対し、アルバートの圧倒的な財力(スポンサー力)が惜しみなく注ぎ込まれた。
客間に通されたリリアを待ち受けていたのは、王都から呼び寄せられた一流の美容師やメイク職人たちであった。
彼女たちは普段、高位の貴族令嬢ばかりを相手にしている。そのため、豪商のメイドが今夜の主役だと聞かされた時、その表情には最初は「メイドのメイクなんて」と少し侮るような色が浮かんでいた。
「いくら大富豪の頼みとはいえ、メイドを王宮の夜会に出られるレベルに仕上げるなんて……」
小声で交わされる職人たちのぼやきを、リリアは静かに聞き流した。彼女は鏡の前の椅子に腰掛けると、背筋をすっと伸ばし、優雅な所作で手を膝の上に重ねた。
「よろしくお願いいたします」
澄んだ声と、無駄のない洗練された動き。メイクを進めるうちに、職人たちの目の色が変わっていった。粗末な環境で育ちながらも、屋敷で清潔な生活を送るようになったリリアの本来の美しい完璧な肌質や骨格に気づいたのだ。それに加え、古書店で培われた気品ある所作が、彼女を本物の貴族令嬢以上に堂々と見せていた。
職人たちのプロとしての魂に火がついた。一流の技術が振るわれ、最高峰のメイクとヘアセットが施されることで、リリアが本来持っていた美貌が極限まで引き出されて完全に化けていく。長く艶やかな髪は美しく結い上げられ、極上の色彩が彼女の顔を彩った。
身支度の一部が終わり、いよいよ衣装への着替えとなった。
恭しく運び込まれてきた衣装として用意されていたのは、以前リリア自身が火傷を負いながら守り抜いたあの『星結びの絹』で作られた最高峰のドレスだった。光の加減で夜空から朝焼けへと色を変える幻の特産生地である。
「さあ、腕を通してくださいませ」
促されるままにドレスを着たリリアは、大きな鏡の前で不思議に首を傾げた。
本来、このドレスはリリアよりも小柄なクロエのサイズで仕立てられていたはずである。しかし、なぜかリリアのプロポーションに完璧にフィットしているのだ。胸元からウエストにかけてのラインは、まるで最初からリリアの身体を採寸して作られたかのように美しい曲線を描いている。
(どうして、こんなにぴったりと……)
不思議に思うリリアの背中で、柔らかく伸縮する素材の感触があった。その瞬間、リリアはドレスの採寸の際に、ゴムの使用をお願いしていたクロエの言葉を思い出した。
『背中の編み上げとウエストのあたりに、伸縮性のあるゴムをうまく使って、サイズを変動できるように作っていただけないかしら?』
当時は成長期の悩みだと思っていたが、そうではなかったのだ。彼女はこうなることを計算していたのだろうか、とリリアは憶測した。
極度の人見知りであるクロエは、自分が夜会に出られないことをずっと前から予感していたのだ。そして、もし自分が着られなかった時は、大好きなリリアにこのドレスを着てもらいたいと願っていた。
クロエからリリアへの深い愛情と信頼が、言葉以上に伝わってくる。このドレスはただの身代わりのための衣装ではない。リリアはそれを「ただの身代わり」としてではなく、「家族からの最高の贈り物」として着る喜びを噛み締めた。
胸の奥が熱くなり、リリアの瞳にうっすらと涙が滲んだ。この思いに応えるためにも、絶対に恥ずかしい真似はできない。リリアは誇り高く胸を張った。
身支度を終えたリリアが客間の扉を開け、姿を現した。
その瞬間、待機していた屋敷の使用人たちは、圧倒的な美しさと気品を纏った彼女を見て、全員が言葉を失い静まり返った。
歩くたびに『星結びの絹』が神秘的な光を放ち、彼女の洗練された所作が、まるで生まれながらの高位貴族であるかのような錯覚を周囲に抱かせる。
豪商の娘であるクロエはドレス姿のリリアを見て、「やっぱり私のお姉様! 世界一可愛い!」と大興奮し、嬉し泣きをした。
「クロエお嬢様のおかげです。この素晴らしいドレス、私の身体にとてもよく馴染んでいますわ」
リリアが優しく微笑むと、クロエはポロポロと涙をこぼしながらリリアの手を強く握りしめた。
屋敷の正面玄関には、王宮へ向かうための豪奢な馬車がすでに用意されていた。
皆の期待と愛情を背に受け、リリアは王宮へ向けて馬車に乗り込もうとする。
ステップに足をかけた直前、アルバートがリリアに声をかけた。
「リリア」
振り返ると、アルバートが優しい眼差しで彼女を見つめていた。
「クロエの代役としてではなく、我が家の誇り高き自慢の娘として楽しんできなさい。私もすぐに別の馬車で追いかける」
血の繋がりなど関係ない。アルバートは本当に、リリアを自分の娘として心から愛してくれているのだ。
「……はい、お父様」
無意識にこぼれ落ちたその呼びかけに、アルバートは相好を崩して破顔した。
リリアは深く一礼し、自信を持って王宮の光の中へ踏み出す後押しを受けた。
車輪が音を立てて回り始め、馬車は王都の中心にそびえる眩い光の世界へ向けて走り出す。
窓の外を流れる景色を見つめながら、リリアはそっと胸元のハンカチに触れた。泥にまみれながら見上げたあの場所へ、今、彼女は自らの足で向かっていた。




