7. 小さな勇気、大きな一歩
瞼の裏が急に眩しくなり、目が覚める。
寮の部屋に日が差し込んでいる。もう昼頃のようだ。
眩しさに目が慣れるより前に、低い声が響く。
「ローメーリーアー?」
びくっとして恐る恐る振り返ると、怖い顔をしたサリーがカーテンを手に仁王立ちしていた。
「サッ、サルビアさん?」
逆光でも、すごい形相をしているのがわかる。
「忘れたとは言わせないわよ、昨日の晩のこと」
その言葉で昨晩の記憶のかけらが一つずつ私の頭に下りてくる。
私はきゅっと口を閉ざした。
相談すべきなのはわかっている。それでも、巻き込むことはできなかった。私の夢は、人を傷つける。
私の頑なな態度を感じたのか、サリーはため息をつくと、ずんずんとこちらに近づいてきた。
思わずすっと目線を外す。
私の前まで来たサリーは、突然私の顔をぺちっと手で挟んだ。
「にゃっ、にゃにをしゅる!」
顔を挟まれたまま抗議すると、サリーは存外真剣な目をしていた。
「リア」
強制的に目を合わせられる。
「リア」
サリーはもう一度私の名前を呼ぶと、真っ直ぐこちらを見て、言葉をぶつけてきた。
「私はたかが悪夢で傷つくほど柔な女じゃないわ」
その強い視線に圧倒され、目が泳ぐ。
一呼吸おいて、サリーはゆっくりと続ける。
「親友でしょ。隣にいさせて」
覚悟の決まった目だった。
私も意志を持って親友を真っ直ぐ見た。
静寂の中で、にらみ合いは続く。
先に目をそらしたのは私だった。
「わかった」
ぽつりと呟いた私に、サリーはほっとした表情を見せた。
でも……
「しょろしょろはにゃしてくれりゅ?」
ずっと私の頬を挟んだままだったことに気づいたサリーはあわてて手を放したが、私の頬にはサリーの手の跡がくっきりと残ったのだった。
私の話を全て聞いたサリーはゆっくりと口を開いた。
「つまり、予知夢を見たと」
「うん」
「でも、リアの力は、誰かが見ている悪夢をそのまま見るだけだったよね? 予知夢なんて、今まで見たことがないと思ってたけれど」
「うん。入学式の日が初めて」
そうなのだ。私の力は、他人の悪夢をその人と同じ視点で見る能力。だから、私は自分自身の夢を見たことがないし、悪夢ではない、良い夢なども見たことはない。他人の悪夢を見るか、朝まで夢を見ないかのどちらかだ。
「それって、リアの夢じゃないんだよね?」
サリーは確認する。
私の夢は他人の悪夢なので、必ずその悪夢を見ている人がいる。しかし今回の予知夢という新たな現象に、今までの規則に反したことが起こっているのではないかとサリーも思ったようだ。
「うん。私じゃない。話し方とか仕草とか高い身分の男性っぽかったし、知らない男性と一緒にいた。でも、誰のかはわからない」
「昨夜見たのも予知夢なの?」
サリーの疑問に私は考えながら答えた。
「すごく似ているの。夢の質感とか、視点? とか……」
実際にこれ、といった根拠があるわけではない。
「夢ってさ、普通背景がぼやけてたり、急に目の前から人が消えたりとかあるでしょ? そういう『非現実的』な現象が一つもなくて、全部がリアルに見えるの」
本能が警鐘を鳴らしている――これが、この人の未来だと。
「でも、本当にそれが予知夢なら、その対策が第一にすべきことね」
あっさりと私の話を受け入れたサリーにあっけにとられる。
「信じてくれるんだね」
「親友だもの」
何当たり前のこと言ってんの、と言わんばかりの顔に思わず笑みがこぼれる。
そうだった。私の親友はいつでも頼りになるかっこいい子だった。
「しかし氾濫の対策。難しいわね……」
独り言のようなその言葉に私は頷く。不確かな情報をもとに領地中の人に避難してもらうわけにもいかないし、なにしろまだ時間も場所もわかっていない。
「ねえ」
サリーがこちらをうかがうように声をかけてきた。
「エドに相談するのはどうかしら」
「えっそれは……」
私は言葉に詰まる。
サリーは重ねて言う。
「こんな大規模な災害私たちだけでは手に余るし、人手は多いほうが良いでしょう?エドならリアのその力のことも知ってるし。あなたたちもう和解してるんだから、前に進むいい機会だと思うわ」
サリーの言葉が部屋に響く。
その余韻が消えても、私は口を開くことができなかった。
そんな私を見てサリーは一瞬視線を落としたが、少し微笑んで言った。
「ううん。やっぱり何でもない。忘れて」
寂しさと痛みのにじんだその声に、私は自分がずるずると先延ばしにしてきた時間が、サリーにどれだけ負担を与えていたかに気づかされる。
ゆっくり息を吐いて覚悟を決める。
「わ、私、エドガー様に相談しようと思う」
声は情けなく震えたが、私はしっかりと誓うように言葉を紡いだ。
サリーはびっくりしたように目を見開いたが、すぐに満面の笑みを浮かべて力強くうなずいた。




