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運命の令嬢は忘れられた予知夢を映す―ヘルバフォリア王国物語(旧題:夢を映す令嬢と運命の予知夢)  作者: 天麻いち
第一部

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6. 隣にいるということ


 リアが不思議な力を持っていることを知ったのは、私たちが8歳の時だった。


 リアは昔から昼寝が大好きで、私はリアの家に遊びに行くと、よく一緒に昼寝をしては、夜に遊びまわっていた。

 今になって考えるとそれは彼女なりの対策だったと分かるが、当時の私はそこまで考えが至らなかった。だから夜遅くまで起きているというリアの非日常的な生活を少し羨みつつ、一緒に楽しんでいた。



 その日も昼寝をしていると、私は夢を見た。

 悪夢だ。

 自分の身体の倍以上もある蜘蛛が、バサバサと木をなぎ倒しつつ追いかけてくる。

 私は叫びながら必死に走るが追いつかれる。

 大きな四つの目が近づいてきて、蜘蛛は私を食べようと口を開く……。


 というところで私ははっと目を覚ました。体を起こし、少しの間粗く息をついていた。

 ふと気配を感じて隣を向くと、小さく息を切らして余裕のない様子のリアが起き上がっていた。リアも同時に悪夢で飛び起きたんだと気づき、ふっと肩の力が抜ける。

 どんな夢を見たの、と声をかけようとしたそのとき、それは現れた。


 小さな蜘蛛だ。


 天井からツーっと降りてきたその蜘蛛に、私は小さく悲鳴を上げ、後ずさった。

 私は昔から蜘蛛が大の苦手なのだ。

 一方で、リアはそこらの虫ならひょいとつかめる性質だったから、外に出してもらおうと、私はリアを振り返り、言葉を飲み込んだ。


 リアは目を見開き、尋常じゃない様子で震えていた。

 目線の先にあるのは、小さな蜘蛛の目だ。


 そのとき、強い風が木々を揺らした。

 奇しくもその音は、夢で蜘蛛が追いかけてきた音によく似ていた。


 リアは突然つんざくような悲鳴を上げて、暴れ始めた。


 あまりの豹変ぶりに、私はぼうぜんとする。

しばらく動けずにいたが、食べられる、逃げなきゃとうわ言を叫びながら窓のほうへ向かったリアを見て、私はその小さな体に飛びついた。


「だめ!落ちちゃう!」


 いくら叫んでもリアには届かず、私は彼女を引き留めるのが精いっぱいだった。

 互いに叫ぶ私たちに気づいたリアの両親が駆け付けると、あっという間に蜘蛛を取り除いて、リアを落ち着かせたが、私はへたり込んでしまっていた。



 リアの不可解な行動を目の当りにした私には、特別にリアの能力を教えられた。


 リアには『他人の悪夢を見る能力』がある、と。


 それも、悪夢を見ている人と同じ目線で見るので、恐怖や怒りといった感情まで写し取ってしまい、起きても忘れられないのだという。

 だから私の悪夢を見たリアは、小さな蜘蛛をきっかけに悪夢がよみがえり、私の恐怖を思い出してしまったのだ。


 私はこの力のことを聞いて、なんて恐ろしい力だろうと子供ながらに感じた。

 そして、その衝撃からか、私はリアに口を滑らせてしまった。

 そんな力を持っていて怖くないの、と。


 言葉を漏らしてから後悔した。怖いに決まってるのに、苦しいに決まってるのに。私は何を言ってるんだろう。

 しかし、私の心の声とは裏腹に、リアはあっさり、怖くないよと答えた。

 その顔は驚くほど穏やかで、リアの本心に、私は思わず呟いた。


「リアは強いね」


 すると、少し目を丸くしたリアはすぐに答えた。おうちのみんなが助けてくれるから、と。

 そこで言葉を切ったリアは、茶目っ気のある笑顔を私に向けて続けた。


「それに、賢くてかわいい親友も隣にいてくれるしね」


 リアの何気ないこの一言が、私の胸に強く刺さった。

 私はリアが苦しんでいるのに何もできなかった。それでもこの子は私のことを親友だと言ってくれる。隣にいてほしいと思ってくれている。

 そのことが何より嬉しく、悔しかった。



**



 疲れて寝てしまった親友を眺めつつ考える。最近は悪夢が現実に侵食してくることもなかったのに、よほど強い悪夢だったのか。


 私はあのときから置いて行かれてばかりだ。

9歳のときも、私はリアの力を知っていたのに、何もできなかった。

 本当の意味でリアの隣にいることができている人は何人いるのだろう。私だって、親友なのに、リアがこうなるまで口を開けなかった。

 気づいていたのに。

 もしかしたらリアからの拒絶を恐れていたのかもしれない。


 リアは先ほどまでとは打って変わっておだやかな寝顔だ。その顔にかかった髪をかき上げつつ、心の中で強く思う。


 今度こそ、隣にいなければ。


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