5. 夢と現実の狭間で
6/22 重複していたので修正しました。
「リア、リア!」
サリーの声で飛び起きる。
「全く、うたた寝してる場合じゃないわ。このままじゃ落第よ。ほら、ペンもって」
あの事故以降、一つの悪夢も見ずに二か月が経った。
私が遭ったあの事故は、小さな爆発事故だったらしく、特に人々の口にも上らず忘れ去られていった。
結局、あの夢のことはサリーにはまだ言えていない。サリーは確実に気づいているが、話題に出さないでくれている。
……もうあの悪夢には関わりたくなかった。
「リア! 全然手が動いてないじゃない!」
サリーの声で現実に引き戻される。
「せっかく対策問題作ってあげたんだから、ちゃんと解いてよね」
私はしぶしぶ手を動かし始める。
一週間後にテストを控えた私たちは、テスト勉強に励んでいた。
もっとも、必死になって勉強しているのは私だけである。サリー先生は優秀なので、今回も対策問題を作ってくれて、つまづきがちな私に張り付いて教えてくれている。
ぷりぷり怒っていたサリーは突然悪い顔でにいっと笑った。
「今回一つでも落第だったら、ドルキス・ウィータのケーキセットね」
「げ」
今大人気の高級スイーツ店だ。予約も大変だし、セットで頼んだら二人でいくらするか。考えるだけで、ぶるっと背筋に震えが走った。
私がにわかに必死になって手を動かし始めると、サリーは満足げに何度も頷いていた。
しかし、そんな平穏な日々は、その晩にやってきた悪夢に壊されたのだった。
*
「だりぃー。なんでここまで」
文句たらたらな友に私は答える。
「課題だからな。来たほうがよくわかるだろう」
「俺よく知ってるし。自分の故郷だぞ?」
「残念ながら私はよく知らないんだ。それに、学園から近いほうだしいいじゃないか」
友はへいへい分かりましたよと適当な返事をする。
私は表情を崩すと、すたすたと歩いて行く友を追いかけた。
「おい、置いていくな――」
「しっ」
友は急に立ち止まり、私を鋭く制止した。
その目は何かを探るように一点に固定されている。
「何か、来る」
その言葉に私が構えると、私の耳にも彼の感じた違和感が届いた。ドドドドと遠くから音が近づいてくる。
「氾濫だ」
やけに冷静に響いた自分の声に我に返り、走り出す。
濁った濁流は信じられない勢いで私たちを追いかけてくる。
数秒後には、全力疾走もむなしく濁流に足をとられた。
身体がもみくちゃにされる。
思わず口をあけると、水が流れ込んできた。
息ができない。
ドン。
流れてきた何かが頭を強打し、私は意識を手放した。
目をあけると、柔らかな光が入ってきた。
誰かが私の顔を覗き込んでいる。
「わかるか?」
友の声だ。ゆっくりと声の方を向く。
輪郭がはっきりしてきて、心配そうにのぞき込む顔が見えた。
「ここは?」
かすれた声を出した瞬間、友の奇声が脳点に響いた。
「ったあー! 死んでなかったー!」
大声でぐわんぐわんと揺れる頭を抑えつつ、起き上がる。
どうやらここは避難所のようだ。
「状況は?」
私が聞くと、彼は唇をかみしめ、絞り出すように一言言った。
「見た方が早い」
そう言って立ち上がった友について外に出ると、目の前の光景に私は言葉を失った。
領都全体が浸水していた。
*
はっと目をあける。
悪夢だ。それも前回と似たような感覚がする。
身体の感覚を取り戻そうとゆっくり起き上がると、全身がびっしょりと汗で濡れていた。
相変わらず外はまだ暗い。私の荒い吐息だけが響いていた。
ふと気配に首を回すと、サリーも起き上がり、心配そうにこちらを見ていた。
私はサリーに大丈夫と軽くうなずき、再び横になろうとした。
そのとき、ザーっという激しい音が響いた。
飛び起きると、目の前に濁流が押し寄せてきた。
逃げる間もなく飲み込まれる。
息ができない。
ぱくぱくと口を動かし、浮き上がろうと腕を動かす。
何か聞こえる。
「……!」
サリーの声か。遠のく意識の中で内容のない音のみが耳に入る。
「それはリアの夢じゃない!」
はっきりと聞こえた。
そうだ、これは私の夢じゃない。私の感情ではないのだ。
徐々に息を吸えるようになってきた私に、サリーの静かな言葉がしみわたってくる。
「大丈夫、深呼吸して。ここは寮の部屋。私はここにいるわ」
薄暗い自室が視界に戻ってきた。安心すると、急に眠気が押し寄せてきて、私はそのまま眠りに落ちた。




